新年最初の入浴を終え、玄関へ向かうと、山ガールと女子高生達も退場するタイミングだった。
「あ、丁度よかったじゃん」俺に気づいた山ガールが手を振る。
「そうだな」
 彼女達よりしばらく後から銭湯に入ったにも関わらず、出てくるタイミングがほぼ同時とは。やはり女は長風呂である。
 携帯で時間を確認すると、すでに正午を過ぎている。まだ正月らしい事は何もしていない、出来る見込みもないのだが。
「さあ、帰るか」
 そう言って歩き出すと、「待って」と山ガールが言う。
「なんだ」
「女子高生が後ろの方で、また何かやってるんだけど」
 また、とはどういうことなのか。とにかく後ろの様子を窺うと、二人の男性に絡まれていた。俺と山ガールはすぐに状況を察し、頷き合い女子高生のもとへ歩み寄る。
「おーい、なにやってんの?」
 山ガールが声をかけると、金髪の男の方が鋭い眼光を向けてくる。そして、「なんだよ、邪魔するなよ」と言った。
「あれ、でもこの娘、綺麗よね」もう一人の茶髪の男が言う。
 すると、金髪が「確かに」と腕を組み、何かを考え込む。
 嫌な予感がする。どうせ碌でもない事を考えているのだろう。
「おじさん、この娘達の連れ?」金髪が訊ねてくる。
「一応な」
「なにそれ?まあ、とにかくさ。おじさん邪魔だからどっか行っててよね」茶髪が強気に言う。
 山ガールが俺の服の袖を引いて、「あんた、昨日から立て続けに絡まれてるね」と呟く。
 どの口が言っているのか。しかし、その通りである。
「普段の行いが悪いのかな」
「そんな事は無い」
 無い、筈である。
「お前達なあ。冬休み中の大学生か分からんが、年末年始くらい地元に帰って親孝行しろよ」
 たしなめるつもりで言ったのだが、余計に火をつけたらしく、金髪と茶髪の視線が一層鋭くなった。
「はあ?なに偉そうなこと言ってんの。おっさんだって、親孝行できてんのかよ?」
 痛い。
 俺の身なりや素行を見て発言したのか定かでないが、自分の言葉が自分の身に返ってきて突き刺さった。
「自分の言葉で傷つかないでよ。どこかの政治家みたいだよ」山ガールが呟く。
「だいたい何で俺達が余所者だって分かるんだよ」
「それは、言葉の訛りだよ」
「ああ?それって田舎者を馬鹿にしてるよね」
 なぜそうなる。
「お前、出身どこだよ」金髪が声を荒げる。
「俺は杉並だよ、東京の杉並」
「ふざけんなよ」
 どうすればいいのか。
 質問に対して波風立てないよう答えている筈なのに、二人の怒りのボルテージは上がっていき、もはや一触即発である。
 と思った途端、金髪が小さく右腕を曲げ、そのまま俺の顔目がけ拳を振るう。俺は間一髪それを避けた。
 金髪と茶髪は揃って飛びかかってきそうな様子で、もう山ガールと女子高生をナンパする事など忘れているようだ。
「ちょっと、やめてよね。豊、大丈夫なの?」
「まずいだろうな。だけど考えがある」
「何?」
 話している内に、茶髪の拳が飛んできた。
 今度は俺の腹部に命中し、鈍い音をたて食い込む。うう、と声が漏れ、俺は必死になって茶髪の首元へ腕を伸ばす。
 そんな俺の抵抗に気圧されたのか、茶髪は後方へ身を下げる。
 うずくまる俺の背中を山ガールがさする。
「ほんとに、やめてってば」
 山ガールの泣きそうな声を聞いて、少し申し訳ない気分になった。
 女子高生も心配してくれたのか、俺の隣に寄って来ていて、先程、茶髪からかろうじて奪い取ったマフラーを渡し、作戦を伝える。ここから先は賭けだ。
「分かった」そう言って女子高生は傍の裏路地を目がけ小走りで移動する。
 様子を見兼ねて、茶髪が「逃げないでよね」といい後を追いかける。
 女子高生が曲がった裏路地に着いたとき、茶髪の動きが止まった。そして、少しずつ、後方へ下がっていく。
「どうした?」怪訝に思った金髪が茶髪のもとへ歩み寄る。俺と山ガールも後を続いた。
 茶髪の視線の先に立っていたのは、小柄の中年女性だった。
「誰だよ」金髪は首を傾げる。
「あなたこそ、誰なの?」中年女性は言う。そして、茶髪の男をじっと見て、「説明しなさい、タカシ」と続けた。
 茶髪は呆気にとられた様子でポカンと口を開き、「母さん」と一言絞り出した。
「母さんだって?なんでこんなとこに」
「俺が知るかよ」
「それで、どうするんだよ」
「どうするって、どうしよう」
 急に弱腰になった茶髪に対し、中年女性は尚も視線を送り続ける。そんな状況が続き、遂には「やめてくれ、母さん、そんな目で見ないでくれよ」と茶髪が言って、この場から走り去った。
「意味わかんねえよ」取り残された金髪も茶髪の後を追いかけていった。
 二人の姿が消えると、中年女性はマフラーをほどいて、女子高生の姿に変わった。
「賭けは勝ちだったな」
「ねえ、どうしてあいつのお母さんのマフラーだって分かったの?」
「下手とまでは言わないが網目が不揃いだったからな。手縫いの物だって分かったんだよ。年季も入ってる様だし、母親から贈られた物だと思ったんだ。ただ、マフラーを巻くだけで女子高生が変身できるのか分からない、そもそも変身できる基準がまだ曖昧だから、そこは賭けだった」
「なるほど」
 他にも、言葉遣いや話し方などの問題点もあったが、あの状況でそこまで判断する余裕はなかっただろう。女子高生をナンパするときに茶髪が名前を紹介していたらしい事も幸運だった。
「それにしても、女子高生については、すっかり慣れちゃったね」
 確かに、常人ならとても信じる筈の無い彼女の能力について、不審に思うどころか、若者を撃退する手段に用いているのだから、おかしな話である。
「しかし、心配かけてすまなかったな。ありがとう」
「いいよ、水くさい」山ガールが言い、「みずくさい」と女子高生が続けた。
 山ガールと女子高生の事を散々迷惑に思っていたが、経緯はどうあれ二人に借りができてしまったように思い、簡単に撥ね退ける訳にもいかなくなった。
「山ガール、いや、アキコ。帰るぞ」
「そうだね」アキコは分かり易く明るい表情を見せた。
 とにかく今は、家でゆっくり茶でも啜りたい気分だ。処理に困った茶髪から奪ったマフラーを傍の電柱に括り付け三人揃って、この場を後にした。