Neetel Inside ニートノベル
表紙

かわりもの
寂しい人と変わり者②

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 ぬるま湯の悲劇はまだ続く。
 アキコの家を目前にして携帯電話が震えた。着信の内容はバイト先の責任者からの解雇通達だった。
 職場を荒らしたにも拘らず正しい報告をしなかったのだから仕方がない。そもそも報告のしようはないのだが。それに、たとえ職場荒らしがなかったとしても、遅かれ早かれいずれは解雇される筈だったからアキコを特別恨むこともない。
 ないのだが、心の内には苦悩が溜まっていき、ちょっとした問題を引き起こしてしまう。

「顔が暗いよ。気持ちは分かるけどさ」
 資金を得ることが出来ず、挙句に現職まで失う。それだけならいいが、十個以上も歳の離れた少女にそれらを伝え、再び家に泊まらせてもらうことになったのだからプライドはボロボロだ。その翌朝は顔も暗くなる。
「悪いな。だが、ただ落ち込んでいるだけじゃない。既に次の手は考えてある」
「次の手って。そんなに焦らなくてもいいじゃん。ここに泊まる分には構わないからさ」
「そういう訳にも行かない。とにかく、資金を集めなきゃいけない」
「豊。なんか、おかしいよね」アキコがみそかに同意を求めると、みそかはゆっくりと頷く。
「そうか?それより、みそか、おまえに協力してもらいたいんだよ」
「協力?」みそかは首を傾げる。

「ハズレか」
「ハズレダ」南アジア系の男性に姿を変えたみそかがカタコトで言う。
 そして、くねくねと踊り始め、「豊、ナマステ」と呟いた。
「どこで覚えたんだよ」俺は項垂れる。
 河川敷は便利だ。よほど派手な事をしないかぎり、気に留められることもないのでこれ位の作業には持ってこいである。
 元の姿に戻ったみそかは、地面へ無造作に投げられた衣類の山から別の上着を羽織る。
 彼女の全身が膨らんでいく。何度見ても、不思議な光景だ。そして、あっという間に中年男性に変わり、俺は思わず舌打ちをしてしまう。
「また外れか。もう少し選別した方が良いか?」
「ねえ、何がアタリなの?」
「女だ。若い女」
「そう」
 純粋なみそかに対して物騒な言葉を正直にぶつける。こんな時、みそかは深く考えず、追及することもないから楽でいい。
 このままでは埒が明かないため、己の貧しい感性で女性らしい衣類を選び、みそかに渡す。
 これで、いったい何十枚目だろうか。紺色のダッフルコートをみそかに差し出す。彼女も肩が凝ってきたのか、両腕を回してからそれを受け取った。それを見て、流石に小さな良心が痛む。
 だが、彼女がコートを羽織ると、その気持ちはすぐに吹き飛んでしまった。
 みそかは、長髪の20代女性に変化したのだ。
「きた!アタリだ!」
 俺が飛び跳ねると、「やった」と、みそかもつられて飛び跳ねる。
 そして変身したみそかの顔写真を携帯電話で撮影する。やや面長でくっきりした瞳の中々綺麗な女性の姿である。
 まだ一人目だが、達成感で溢れた。
「あ、いた」
 河川敷の斜面の上から声が届いた。丁度良いタイミングで現れたのはアキコだった。
 彼女は荒れた斜面を戸惑うことなく降りてくる。その勇ましい姿はアウトドア系の服装を纏ったアキコに良く似合っていると思った。
 そして、アキコは怪訝な表情で俺が集めた衣類の塊をみつめ、「なに、この服の山は?それに、みそかだよね?誰に変身してるの?」と、俺に尋ねる。
 彼女の問いに対して、有頂天に達した俺は容易く口を切ってしまう。
「その服は、俺が近所のゴミ捨て場からかき集めたんだ。みそかが変身してるのは、この近隣に住む、身分不詳の女性だ。これがアタリなんだよ」
「そう、アタリ」
「二人とも、なに言ってるの?」アキコの顔が引き攣る。
「これが資金集め。つまり商売なんだよ。まず若い女性に変身できる衣類を集めるだろ。そして何人か集まったら、男性向けに女性との出会いを斡旋する仲介業を始めるんだ。専用のホームページなんかを開設してな」
「それって」
「いわば、出会い系サイトだな。勿論、顧客の管理や連絡は俺がする。みそかが誰にでも変身できると言っても、身体は一つだから予定も調整しないといけない、その分人件費は少なくて良いが」
「本気で言ってる?」アキコの顔が強張る。
「勿論、本気さ。まだ準備の初期段階だけどな。そうだ、アキコも登録者になってみないか?」
 すると、アキコが大きく溜息をつく。
「いろいろ、指摘する事はあるんだけど、とりあえず」
「とりあえず、なんだ?」
「ふざけんな!」
 アキコが叫び、間もなくして彼女の拳が飛んでくる。そして吸い込まれるように俺の左頬にヒットする。
 

     


 目を開けると、またみそかが顔を覗いていた。違うのは彼女の背景に青空が広がっている事だ。
「起きた?」
「ああ、すまなかった」
 身体を起こしてから、頭を下げる。
「アキコは?」
「あそこ。石を投げてるけど」
 みそかが指を差した先、橋の下でアキコは河原に散らばる無数の石を使って水切りをしていた。なかなかの腕前で彼女の手から放たれた石は、自分が石であることを忘れたみたいに、水面を飛び跳ねていく。
「アキコ」
 歩み寄って、声をかけると、石を掴んだ彼女の手がピタリと止まった。アキコの鎮まらない怒りによって石を投げる方向が俺に向かうのではないかと不安になる。
「あ、目が覚めたんだ」
「色んな意味で目が覚めたよ。すまなかったな」
「いいよ。もう、大丈夫そうだしね」
「おかげ様でな」
 冷静に善悪の判断ができない程の、ストレスを抱えてしまっていたらしい。彼女の鋭い粛清によって目を覚ますことが出来た。感謝しなければならない。
「二度とないようにするよ」
「もういいって。その時はまた食らわしてあげるからさ」そう言って彼女は拳を握り素振りをしてみせる。
「それより。今朝も話したけど、そんなに焦らなくていいと思うんだよね」
「…そうは言ってもな」
「今の生活を続けていいんだよ。だって私、どちらかと言えば、ヒモ男が好きなんだ」
 それは、どうなんだろうか。

 不要になった衣類の山を如何に処分するか考えた結果。近くのリサイクルショップに古着を投げ込むだけで回収してもらえるボックスがあることを知り、そこへ運んでいった。途中、古着の山を抱えるのに苦戦していると、アキコが手伝うと名乗りあげたので、気が咎めてしまう。
 そしてその帰り道。前を並んで歩くアキコとみそかの背中を眺めていると、背後から「竹ノ内さん」と声をかけられた。
 振り返った先に立っているのは、昨日再会し、信じがたい復縁を報せた宮田茜だった。
「偶然ですね」
 宮田茜は平然とした様子で言う。しかし、本当に偶然だとすれば、大した事である。
「少し、話せませんか?」
「…分かった」
 俺は答えた後、先を行くアキコとみそかに少し遅れることを伝える。
 そして宮田茜は小さな路地へと俺を案内した。
「なあ、宮田。偶然ではないよな?」
 背中を向けたままの宮田はゆっくり振り向いて口を開く。
「よく気がつきましたね。流石は組織の長、というべきですかね」
 組織の長。その言葉を聞き、背筋が冷える。
「宮田、お前は何者なんだ?何が目的なんだ?」
「私は宮田茜ではありませんよ。そこまでは見抜けなかったようですね」
 そう言って彼女は首元のネックレスを外す。その瞬間、彼女の身体が縮んでいく。今では見慣れた現象であり、宮田茜だった人物は見慣れた人物に姿を変えた。
「みそか?」思わず、その名前が零れた。
 俺の目の前に立つ人物は、紛れもない、みそかであった。
 しかし、その人物は首を横に振る。
「いいえ。私は貴方達にとってのみそかではなく、同じ能力を備える者です。そして私とみそかは、妹の遣いである、とでも言っておきましょうか」
 同じ能力というのは変身する能力の事だろう。それでは、みそかは。
 いや、それより、妹の遣い。その言葉の方が問題で、俺は大きな脅威を感じてしまい、体中から汗が染みてくるようだった。
「さて、目的でしたね。今回はただの警告ですよ。私達は常に監視している。いつでも手を下すことが出来るというね」
「みそかが、俺を監視していると言うのか?」
「それは違います。もう少し話をしましょうか」
 そう言って彼女は、外したネックレスをいじり始める。
「察しの通り、本来みそかは貴方を監視するために派遣されたんですが、現在、何らかの異状をきたしているようで監視者としての役割を十分に果たすことは出来ていません。現時点で貴方にとっては何の脅威でもないでしょう」
「じゃあ、監視者は別にいるという事か?」
「まあ、そんな所ですね。あと一つ、私とみそかの持つ変身能力は研究の成果によって齎された能力であるという事です。元はある人々が有する能力なんですが、それは秘密という事で」
「…そうか」
 彼女の言う事には頭が追い付かないが、全く理解できない訳ではなかった。それは、みそかが連れてきた非日常のおかげである。
「みそかとはこれからも仲良くしてくださいね。あと、これ彼女とお揃いですよね」
 彼女は左腕の袖を捲り、金の腕輪をみせつけた。確かに、みそかが左腕に巻いている腕輪と同じ物だった。
「私たちは、この腕輪で現在の姿に変身しているんですよ。つまり私もみそかも本来の姿は別なんですよね」
「それは驚きだが、その姿に変身するために腕輪を巻いている必要はあるのか?」
「その質問には、まだ答えられません」
「ふん。しかし幾らなんでもベラベラと喋りすぎだろう。余裕のつもりなのか?」
「ええ。強者の余裕です。それでは、今日はこれ位で。今後の身の振り方には、くれぐれもご注意を」
 そう言って彼女はネックレスを首に巻き宮田茜の姿に戻り、去っていく。彼女は諸星の監視者という訳だ。
 やはり一筋縄ではいかない。
 それどころか、勝算なんて無いのではないか。そう感じるほどに、宮田茜の姿に化けた刺客の一撃は大きかった。
 アキコには悪いが、やはり焦らずにはいられないようだ。

       

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