Neetel Inside ニートノベル
表紙

かわりもの
寂しい人と寂しい人

見開き   最大化      

「そろそろ立ってください」
 諸星に手を差し伸べる。
「少しは労ってくださいよ」諸星は愚痴る。
 縛り付けた一号の姿を再度見る。やはり妙だ。
 このフロアを一通り周ったが、使用人や構成員は一人もいない。それほどまでに彼が信頼されているのだろうか。
 だとしても他に誰一人として姿を見せないのは、おかしい。
 その時、「遅くなった」と言って、竹ノ内達は現れた。

 傷だらけの諸星と桐谷を見て罪悪感が生まれる。
「大丈夫か?」そんな気の利かない言葉が出る。
「まあ、なんとか。それより、お互い巧くいきましたね」
「ああ」
 しかしなんだろうか。この達成感のなさは。
 得体の知れぬ不安感が勝っているためだろうか。
 それとも、周囲に流されるままで自分自身は何も成していないためだろうか。
 俺はここへ何をしに来たんだろうか。この期に及んでそんな自問自答をする。
「外の様子はどうでした?」
「幸い、誰にも鉢合わせなかった。広い敷地だからか抗争が起きているとは思えない位の静けさだったよ」
「そうですか」
「そろそろ、宗教団体の人も呼びましょうか」
「いや、状況が把握できていない以上、余計な人員は増やすべきではないでしょう」静香が言う。
「なるほど」
「では、奥へ行きましょうか」
 奥。
 そこは本館の最深部にある華族の長、源光成の居室だ。
 静香に拘束されたままの源美咲は、微笑を保ち続けている。彼女の見せる余裕が、俺の不安を煽っているのだ。
「何を笑っているの?」同じ様に感じたのか、静香が言う。些か、彼女らしくもない発言だ。
「静香様の自信に満ちたお顔を見ているとどうしても、です。全てが貴方の思い通りに運んでいるとお思いですか?」
 源美咲が言った。筈である。
 この口調は、言葉選びはなんだ?挑発のつもりなのか?
 不信感は一気に広がり、静香も急に緊張する様子をみせる。
 そして、入口の方から聞き覚えのある足音が聞こえ、全員、そちらへ視線を奪われる。
 現れたのは、みそかだった。
「みそか」桐谷が気の抜けた声を出す。
「よかった。無事だったのか」緊迫した中で、やっと一つ安堵が生まれた気がする。
 だが、そんな想いを一蹴する様に「少しも、良くありませんよ」と静香が言う。
「なんだと?」
「どうして記憶を失っている筈の貴方に本館の位置が分かったの?」
 静香は目に見えて動揺し、額から汗を流す。
 みそかは、普段の笑顔は見せず、口を一文字に結んだままだ。
「答えなさい」静香が感情を抑えて、言う。

 フフ。
 
 不気味な笑い声が聞こえた。小さな声だった。

 フフ。

 同じように繰り返される。
 笑い声の主は源美咲だった。
「どういうつもり?」静香は声を荒げる。
「こういうつもり」源美咲の代わりに、みそかが答えた。
 その瞬間、みそかの姿が、源美咲に変わった。
 
 拘束されている源美咲と、正反対の位置に立つ源美咲。

 何が起きた?
 みそかが源美咲に変身した事は言うまでもない。
 だが、みそかがこのタイミングで何故、源美咲に変身するのか。
 状況がつかめない。
 静香も、入れ替わった二人の姿を交互に見返すばかりだ。
 フフ。と、今度は源美咲に変身したみそかが笑って、話し始める。
「種明かしですよ。貴方達にとっての、『みそか』は源美咲だったんですね。不安に思ってくれたようで、安心です」
 なんだそれは?
「三号、演出は終わりにしましょう」彼女は続けて言う。
 そして、俺達が拘束していた源美咲は、全く知らない女性に変身した。
 その姿を見た静香と桐谷が「三号」と同時に呟く。
 後から現れた「みそか」の正体が「源美咲」で、俺達が拘束していたのが「三号」ということか。
「いつから、そうだったんだ?」疑念が口をついて出る。
「最初からですよ。大晦日に寂れた当直室で出会ったあの日からずっと」彼女は意気揚々と言う。
「ちょっと待って」
 困惑が晴れない中、声を挙げたのは、桐谷だった。
「貴方が身に着けているその腕輪は私達と同類の証、変身能力を得る為の物ですよね?」
 桐谷が問うと、源美咲へ姿を変えた三号は眉間にしわを寄せ、腕輪を外して見せる。
 だが、彼女の身体に変化は起きなかった。
 それは生まれながらにして変身能力を身に宿す唯一の存在。
 源美咲である事の証明だった。

「ただのミスリード。選び抜かれた構成員の割に察しが悪いのね。静香は全て悟ったようだけど」
 美咲の言う通り、静香は腰が抜けたように座り込んでいる。
「桐谷や静香を欺く為に着けていたのか」
「はい。何の工夫もない金の輪っかです。彼女は腕輪の危険性を知っていますから、無闇に腕輪に触れられて、正体を暴かれる事はないと踏んでました。問題は静香を如何に欺くか、でしたが。みそかという存在は竹ノ内さんや桐谷さんを含め信頼を得て人物像を固められたので、そこまで苦労はしませんでした。ちなみに竹ノ内さん達が拘束したのは正真正銘、本物の三号です」
 そこで源美咲は言葉を止める。
 質問でも待っているのか、しばらく沈黙が続く。しかし、誰も次の言葉を発することが出来なかった。
 彼女の言う通り、俺は、みそかに感情移入していた。大きな損失。空虚感。
「何か言う事はありませんか?みなさん、実に都合良く動いてくれましたから何をおっしゃっても構いませんよ」
 この傲慢さこそ、華族の証明かもしれない。
「静香以外、中々理解が追い付かないようなので今の状況を整理して伝えましょうか。まず、貴方達にとって状況は最悪と言えます」
 状況が最悪、というのはどういうことだろうか。ただ拘束が解かれただけでないか。
 せいぜい、みそかに裏切られたショック位だ。
「一つずつ説明していきましょう。最初に貴方達が違和感を持ち始めている周囲の静けさ。この正体は単純です。貴方達が連れてきた、いわゆる同志は全て私達の仲間です」
「どういうこと」桐谷が言葉を返す。
「そのままの意味です。最初の騒ぎは貴方達を欺く為の演出。今は皆仲良く休憩しているのよ」
「じゃあ静香が行く先々で出会った人は、全て、お前が集めた人間だったってことか?」
「そう。一人残らず仕込みです。掌の上で踊らされていたのは静香も同じだったのです」
「ちょっと待ってください」諸星が声を挙げ、「打開策は残っています。まだ仲間はいますよ」と続け、携帯電話を取り出す。
「ああ、貴方達が出会った宗教団体も私の取り巻きですよ」
「そんな」諸星が力なく言う。
「つまり、私が切り捨てられた事も、最初から仕組まれていたんですか?」代わって桐谷が尋ねる。
「そう。言うまでもないですね。諸星和己のもとへ派遣され、後に宗教団体へ拉致されたのも、貴方が体良く華族に切り捨てられたように錯覚させる為の計画だったわけです。その後、桐谷さんを生かしておくことで華族に綻びができていると皆に錯覚させることもできました。諸星和己は本当に良い立ち位置の人間でした」
「私は最初から捨てられていた」桐谷は反芻するように言う。
「ここまで説明した以上言うまでもありませんが、竹ノ内さんが生活を続けられるラインで放置していた事も静香を欺く手段の一つです。実際全て巧く運びましたよ」
「よく分かったが。なぜ、そんな回りくどいやり方なんだ?」俺は尋ねる。
「確かに、他に効率的な方法があるはず。それに、監視のためとはいえ、何故、貴方が直接接近するリスクを冒す必要があるんですか」桐谷も続けて問い詰める。
「単純な理由です。静香を完全に屈服させるためです」
 なるほど。
 彼女の言う通り、それは効果的だったようだ。座り込み、呆然自失とする静香を見て、そう思った。
「竹ノ内さんは気づいていて確信に触れない様にしていますが、静香は最初から貴方を戦力の足しに利用するつもりで、近づき、交際を始めたんですね」
 そう。それが現実だ。
「どこまでも歪んでしまった静香は、華族を転覆させるという方法で私達に自らの能力を誇示したかったんでしょう。そして、変身能力を有する私への劣等感を晴らしたかったんだと思います。結果、あらゆる面で力及ばずでしたが」
 意気消沈した静香を再び見る。
 本当に、そうなんだろうか。すべて、自分の為にやった事なのか。
 この期に及んで、まだ甘い事を考えている。
「さて、話はまだ続きます。この先は静香も知り得ない話になります」
 源美咲は急にトーンを低くして、剣呑な雰囲気を見せる。
 まるでここからが本題とでも言うようだ。
「竹ノ内さん。貴方には、生死を賭けたある選択をしてもらいたいのです」
「なんだそれは?」
「貴方に選択をしてもらうことが、貴方をここまで野放しにしていたもう一つの理由です」
 そう言った途端、彼女の背後から、ぞろぞろと人の群れが現れる。
 全く知らない顔と、静香の連れてきた虚像の同志の顔が並ぶ。
 改めて現実を突き付けられた。
「そんな」諸星が声を漏らす。宗教団体に属していたとされる人間がいるのかもしれない。変身能力など無くても姿を変えることは出来るのだ。
「最早逃げ場はありません。これが所謂、理不尽というものです。竹ノ内さんはすっかり慣れてしまったかもしれませんが」
 確かに、今更、理不尽さに端を発する気持ちは生まれない。
 俺は何をしに来たのか?改めて、自分に問いかける。
「選択肢は二つ。今回の騒動で出会った人間すべてを切り捨て、生きる道を選ぶ。もう一つは、自分の命を犠牲に、他の人間を救う」
「おかしいですよ、そんなの」諸星が言う。
「今は真剣な場面です。言葉に気を付けてください。貴方が最初に死にますよ」
 黙る。
「気を取り直して。前者を選ぶと、静香や桐谷さん他、私達の秘密に触れてしまった人間は犠牲になりますが、貴方の欲する、以前の生活が戻ります。後者は、貴方以外の人間が平穏を得ることが出来ます」
 なんだそれは。
「貴方の望む、平穏が目の前にあります」

 俺は何をしに来たのか。また、同じ自問自答。
 俺の望みは、平穏なのか。
 違う。

 答えは、静香と触れ合った時、既に出ているじゃないか。
「俺は自分を犠牲にするよ」

 そう言った瞬間、源美咲は目を見開く。
 初めて、感情を表出したように見える。
「は?」
「俺は後者を選ぶ。静香たちを助けてくれ」
「分かってますよね?さっきも言いましたが、貴方は静香に利用されていたんですよ?静香は貴方に対して何の情もないのですよ」
「しつこいな」
「な」
「利用したのはお前も同じだろう。それに利用されていたかどうかなんて関係ない。俺はただ、非日常を楽しんでいたんだ。お前達の事情なんて何も関係ない所に俺は居る。今もだって俺は十分楽しませてもらってる。だから静香達を切り捨てる理由は何もないんだよ」
 そうだ。俺が静香との関係を断ち切れなかったのは、非日常という魅力の虜にされたからだ。
 そして、それは今も続いている。みそかやアキコと関係を結んだ理由だって同じだ。
 
「おかしくないですか」
「何を言おうが、俺は後者を選ぶ。何か不都合があるのか」
 今度は、源美咲が黙る。明らかな動揺。
 その動揺は背後の仲間たちにも伝搬していく。

「そこまでにしなさい」
 俺達の立つ。少し奥深くから声が響いた。



「お父様」
 瞬く間に勢いの萎れた美咲が声を絞った。
 廊下の奥、暗がりから二人の影が迫る。
 ゆっくりと姿を現したのは、紳士然とした痩身の男と、以前のみそかと同じ顔をした仕立ての良い着物に身を包んだ少女だった。
「これ以上は、いいだろう」
 奥深くから響いた声の正体は痩身の紳士だったらしい。そしてこの男こそ華族の長、源光成らしい。
 思いの外、小さな身体からは図り知れない力があふれているように感じる。長く、華族の長として君臨してきた故の風格だろうか。
「諸君、最初に詫びさせてもらう。我々の茶番に付き合わせてしまい、申し訳ない事をした」
「茶番?」一体何を茶番だと言うのか。
「我々の目的は、美咲の話した通り静香を改心させること、それは竹ノ内豊を招き、選択してもらうことだった。この選択には、また意味がある。それは、私と美咲の賭け事だった」
「賭け事?」
「その賭けは美咲を改心させるための手段だった。そして、美咲は貴方が前者を選ぶことに賭けた。結果、美咲は負けた。勝負内容は、美咲に華族の長の座を譲る事だ。この賭け事の対象として条件を満たすのは竹ノ内豊しかいなかった」
「俺が選ばれた理由は分かります。しかし、なぜそれが源美咲の改心につながるんですか?そして華族の長の座を譲るというのはどういうことです?」
「貴方が前者を選ぶと美咲が判断したのは、この世に、後者の自己犠牲を選ぶ人間は存在しないと考えているからです。その思考こそが、美咲の人間性の根幹です。だからこそ美咲は華族の長の座を欲したのです」
「そうです」源光成に変わって、源真理亜が話し始める。「元来、華族の長を務めることが出来るのは、男性のみ。しかし、現時点で華族に子息はなく、華族が世襲制である以上、跡継ぎはいない。そこで長女美咲の提案により、しきたりを捻じ曲げ全権限を手に入れる為の賭けを始めたのです」
 何だ、そのふざけた話は。
「その結果、美咲姉様は敗北したんです。この敗北が姉様の根幹を覆し、改心につながると考えているんです」
「まだ、終わってない」源美咲が呟く。
「終わりだ。いや、もうとっくに終わっていたのかもしれないな」源光成は彫刻の様に表情を変えずに言う。
「どういうことです」
「世間にはとうに置いていかれ、代を経る毎に華族の力は薄まっていく。今では身内から、華族崩壊を図る者と、華族の仕来りを捻じ曲げようとする者が居る」
「だけど仕来りを変えなければ、世間との溝は深まるばかりです」
「そうかもしれない。しかし、この国の憲法に縛られない一族の秩序を保つものは、古くからの仕来りだ。秩序を失ったただの集団に一体何の価値があるというのだ」
「…」
「もう、我々はとっくに終わっているのだ」
 それ以上、源美咲が口を開くことはなかった。
 源光成はゆっくりと俺に顔を向ける。
「ふざけるな。と言いたいだろう。しかし、君も我々の領域で我々のルールを破ったことに変わりはない。私達の領域の中での、罰だとは思ってほしい」
 それは、そうかもしれない。受容できてしまうのは、俺もこの領域に染まりつつあるからだろうか。
 この領域は完全に異世界だ。
 何というか、源美咲にも少しだけ。ほんの少し、同情してしまう。
 



 手厚い案内の末に現実世界に戻された。
 夜明けが近い。なんとなく、元日の景色と重ねてしまった。
 横には諸星と桐谷。少し後ろに座り込む事実上絶縁となった静香が立っている。
「結局、死にそびれてしまった」桐谷が拍子抜けの様に言う。
「死ぬつもりだったのか?」
「そんな気持ちもありました。ただ、今はやる事もあります」そういって、一枚のSDカードを見せる。
「なんだそれ」
「一号を退けた後、貴方達が到着するまでの時間にあらゆるデータを拝借しました。一時とはいえ私を一人にするなんて油断が生んだ失敗です。これで華族の打倒を続けます」
「素敵ですね」諸星はこれかもついていくつもりなのか。
「竹ノ内さんは、浮かない顔をして。無事平穏を手に入れて、一段落ではありませんか」
「俺は流されるままだったよ。源光成の言う通り、罰は受け入れるべきだと思う」
「やめてください。そもそも、罰を与えるなんて言う烏滸がましさや理不尽さに反発したわけじゃないですか。そこだけは曲げないでほしいですよ」諸星。
「そうですよ。源静香も、ただ、貴方を利用するためだけに近づいた訳じゃないでしょうし」
 それは、まだ解決しない問題ではある。
「それに流されるままなんてことはありませんよ」
「どういうことだ?」
「キャンプ場で竹ノ内さんが話してくれたじゃないですか。信頼と繋がりは何より強い。それを武器に華族と戦うって」
「ああ」改めて抜き出さされると恥ずかしい言葉だ。
「そして、自らの力のみを過信した源美咲を打破したのは。信頼と繋がりを武器にした貴方だったからだと思います。事実、あの場で、あの選択を出来たのは、貴方だけだったでしょう。だからこそ、源光成は貴方を選んだわけですし」
「それこそ、過信しすぎじゃないか?」
「そうですかね」桐谷は微笑む。
「豊さん、これからどうするんですか?」
「そうだな」
 俺はキーケースを取り出し、二種類の合鍵を眺める。

「行くところは、幾つかある」



 私は負けたのだ。
 神のごとき力なんて持っていないじゃないか。
 いや、そんな力が欲しいわけじゃないことは分かっていた。
 姉様の言う通り、皆に私の事を認めてもらいたかった、その気持ちに間違いはない。
 ただ、それ以上に欲しい物はあったんだ。
 夜が明けそうだ。
 ぼんやり空を眺める。
 一人、目の前に立ち尽くす。
 竹ノ内豊が居る。
「豊さん」
「静香」彼は名前を呼ぶ。
 聞きたくない。
 優しい言葉も、冷たい言葉も。
「歩けるか?」
「しばらくは無理そうです」
「じゃあ、このままでいい。お前の口からききたい。何故、俺に近づいた?」
「姉様から全て聞いたはずです」
「俺の様な何の力もない人間を最後まで連れまわった理由が分からない。源美咲は少しでも戦力の足しにするためだろうとは言っていたが、どうにも腑に落ちないんだ。教えてもらえないか」
 今は、応える気持ちになれない。
 いや、応える権利も立場もない。
「ただ。藁にも縋りたかっただけです」
「そうか」
 彼はそう言い残し、立ち去っていく。

 何もなくなった。

 その現実を突きつけられる。
 認めてくれる人も、居場所もない。
 私が欲しかったものは。また、同じ思考を繰り返す。

 日が昇り始めた。

 影で塗りつぶされていた地面が朝日に照らされ、色を取り戻していく。
 そして、先程まで竹ノ内豊が立っていた場所に何かが煌めいている。
 
 あれは、なんだろうか。
 地に這いずる様にして近づく。

 そこには、私がずっと欲しかった物が転がっていた。
 縋る様に手を伸ばし、年季の入った鍵を握りしめた。

 私はやっと泣くことが出来た。

       

表紙

若樹ひろし 先生に励ましのお便りを送ろう!!

〒みんなの感想を読む

Tweet

Neetsha