寂しい人達とナンパ男達

 新年のご来光は、顔に刺す光を手で遮りたくなるほどの輝きだ。比較的温暖な気候も相まって良い幕開けである。
 それなのに気分が晴れないのは、つれそう二人のせいに違いない。
「ねえ。どこに向かうの?」
「とりあえず駅だ」
 そう言った後、おかしい事に気がつく。
「待て。女子高生はともかく、なぜお前までついてくるんだ?」
「朝から女子高生連れて職質でもされたらどうするつもりなのよ。その娘が上手く釈明してくれると思う?」
「それは」
 その通りかもしれない。
「それにケンイチ達を追い払って、私にあいつ等と関わるなとか言っといて、突っぱねるのは違うんじゃない?」
「…分かったよ」
 とはいえ山ガールの言葉を真摯に受け止めることは出来ず、少しずつ膨らむ不満を引き摺って駅のホームへ着いた。 
「ねえ電車きたよ。乗らないの?」
「降りる駅に急行は停まらないんだよ」
「そう、なんだ」
「馬鹿にしただろ」
「してない。ほら、すぐ次くるよ」
 山ガールに言われ案内を見る。
「準急も停まらない」
「…マジで?」
「…」
 新年早々、妙な悔しさを味わう羽目になるとは。
 山ガールも気を遣っているのか各駅停車が到着するまで沈黙が続いた。その気遣いが逆に腹立たしいのだが。
「そういえばさ。名前聞いてなかったよね」
「俺か、俺は竹ノ内だ。竹ノ内豊」
「なんだか聞き覚えのある名前だね。ユタカって呼んでいい?
「ああ」
「じゃあ、豊の出身は?」
「なんでそこまで教えなきゃいけないんだ」
「別にいいじゃないそれぐらい。神秘性でも持たせたいの?」
 全く、とんだ面倒に出会ってしまったものだ。一体いつまで不運が続いてしまうのか。
 渦中の女子高生は呑気にうたた寝し、車体の振動に合わせて首を揺らしていた。


「苦学生みたいな部屋だね」
 山ガールが俺の住まいである築20年の四畳半を眺めた最初の感想がそれだった。
「おい、山ガール。お前はいちいち文句を言わないと気が済まないのか」
「いやあ、悪いね。昔から口が悪いって叱られてるんだけどね。特にお兄ちゃんから。あとさ、私、山ガールじゃなくてアキコだからね。昨日も言ったけど」
「分かったよ。じゃあ早速、これからどうするか決めようか」
「話し合うなら近くの喫茶店でも良かったんじゃないの?」
「誰が、金を出すんだ?俺はほぼ一文無しだ。何もないこの部屋をみろ、真冬なのにコタツや暖房だって置いてないだろ」
「…そう」
 山ガールはしょげた様子をみせる。なんだその反応は。
「まあ、お茶くらい淹れてやるよ」
「ありがとう。お詫びになるか分からないけど、私がやるよ」
 彼女がそう言うので、場所を指示すると、テキパキと作業を始めた。
 俺が苦言ばかり挙げるからか、部屋の文句を言う事は無くなった。
 しかし、先程から変な気遣いばかりして、大人なのか子供なのか、性格が良いのか悪いのか、今一掴めない奴である。手際よく作業を進める彼女の後ろ姿を眺め、そう思った。
「出来たよ」
 急須と湯呑、足りない湯呑の数をガラスのコップで合わせ、丁寧にお盆に乗せて運んできた。
「意外と食器は揃ってるね」
 山ガールが腰を下ろしテーブルにお茶を並べ終えた後、ふたたび挙動不審に辺りを見渡し始めた。
「また文句があるのか?」
「そうじゃないけど。あとで掃除しようか?これもお詫びに」
 まったく掴めない奴だ。溜息を一つして、財布の中から小銭を取り出し山ガールの前に置いた。
「なんだよこれ」
「この部屋に風呂は無い。途中に銭湯があっただろ、二人で行ってこい」
「急に、なんだよ」

 屋根から伸びる細長い煙突、煤けた灰色の壁。煙突の先からはモクモクと白い煙が立ち上っていく。その景観をじっと眺める女子高生は妙に愛らしく、丸い頬をつまんでしまいたくなった。
「あいつ、甲斐性無しに見せて意外とやるよね。格好つけてるのかもしれないけど」
「あいつ?」
「豊だよ」
「ああ」
「貧乏なようで、身なりはきちんとしてるしね。あのコートとか、相当値が張ると思うけど」
「コート…」
 絡みづらい。
 しかし、銭湯というのは元日から営業しているのか。元日に平気で休んでいる百貨店は見習うべきだ。そんなだから斜陽業界だと罵られるのだ。
 それにしても、銭湯というのは初めてだ。入ってすぐに、番台と呼ぶのだろうか、受付の窓口があり、二人分の支払いを済ませ女性浴場への暖簾をくぐった。
 先客は無く、もしかすると元旦の一番風呂かもしれない。よく分からないが景気が良い気がして、気分が良くなり女子高生に声をかけようとしたのだが、彼女は隣にいなかった。
「あれ、どうしたの?」
 女子高生は少し後方で立ち止まり、壁に貼られたポスターを眺めている。
「この人」
「ああ、源 美咲だね」
「みなもと?」
「日本に唯一残る貴族の娘だよ」
「貴族」
「そう。正確に言うと本国唯一の華族、その娘かな。貴族の括りなら、天皇陛下の皇族もあるし」
「ふうん」
「その一族の何代目かの娘で、三人姉妹の長女だったかな?華族なんていう大層なネーミングがあるのに去年まではモデルの活動をしていて、目立ちたがりなのかもね。本人も雇う側もいろいろ問題がありそうだけど、よく活動できたと思うよ。突然活動を辞めて、理由の憶測が週刊誌で色々取り上げられたけど、結局、真相は分からずじまいだったんだよね」
「へえ」
「華族の陰口を言うと、華族の関係者に連れていかれるって、子供の頃言われてたなあ。まあ、こんな話興味ないよね。早く行こうか」
 冷えた体をさっさと温めてしまいたい。女子高生を催促して脱衣スペースへ移動する。
 パタゴニアのフリースを脱いだ時、お兄ちゃんの事を思い出して、また少し涙が出た。こうして、すぐに立ち直ることが出来ているのは、何となく分かっていたことであるからだろうけど、やっぱり悲しい。
 情けない所を見られてはいないかと、視線を移すと、あっという間に一糸纏わぬ姿に変わったが女子高生が立っていた。
「良い脱ぎっぷりだね」
「そうかな」
「しかし、分かってはいたけど貧体だね」
 意地悪く言って、わざとらしく胸を張る。
「だけど」私はそう言って、頭から爪先まで満遍なく眺める。変態か。
「スタイルは良いのね、めちゃくちゃ肌白いし」
 女子高生の小さな愛嬌顔を見て、ふたたび頬をつまみたくなる。いや、もうつまんでいた。
「痛いけど」
「ごめん」
 私もさっさと服を脱いだ。

「お兄ちゃん、露天風呂っていいね。金星がいつもより綺麗に見える」
「本当だな。発明した人は偉大だ」
「大きくなったらお家に露天風呂作ってよ。それで毎日、星をみようよ」
「毎日は飽きるかもなあ」
 湯船に漬かり思考がぼやけて、つい昔の出来事に浸ってしまった。
 ああ。銭湯も良いな。
 銭湯と温泉の違いは何だったか。一度グーグルで検索した気がするけど、忘れてしまった。
 何気なく傍に座る女子高生をみると、なにやら手首の辺りをいじっていた。
「何やってんの?」
「取れない」
「見せて」そう言って、女子高生の左手を取る。
 彼女の言う通り、手関節より少し前腕よりの所に金の輪がピッタリと巻かれている。ネックレス等の様な繋ぎの部分はない。
「これに関して、なにか覚えてないの?」
「うん」
 太ったせいで結婚指輪が抜けなくなる、みたいな事だろうか?これの場合は骨の出っ張りに引っかかっている様にも感じるが。
「取れそうにないね」
「ありがとう」


 新年最初の入浴を終え、玄関へ向かうと、山ガールと女子高生達も退場するタイミングだった。
「あ、丁度よかったじゃん」俺に気づいた山ガールが手を振る。
「そうだな」
 彼女達よりしばらく後から銭湯に入ったにも関わらず、出てくるタイミングがほぼ同時とは。やはり女は長風呂である。
 携帯で時間を確認すると、すでに正午を過ぎている。まだ正月らしい事は何もしていない、出来る見込みもないのだが。
「さあ、帰るか」
 そう言って歩き出すと、「待って」と山ガールが言う。
「なんだ」
「女子高生が後ろの方で、また何かやってるんだけど」
 また、とはどういうことなのか。とにかく後ろの様子を窺うと、二人の男性に絡まれていた。俺と山ガールはすぐに状況を察し、頷き合い女子高生のもとへ歩み寄る。
「おーい、なにやってんの?」
 山ガールが声をかけると、金髪の男の方が鋭い眼光を向けてくる。そして、「なんだよ、邪魔するなよ」と言った。
「あれ、でもこの娘、綺麗よね」もう一人の茶髪の男が言う。
 すると、金髪が「確かに」と腕を組み、何かを考え込む。
 嫌な予感がする。どうせ碌でもない事を考えているのだろう。
「おじさん、この娘達の連れ?」金髪が訊ねてくる。
「一応な」
「なにそれ?まあ、とにかくさ。おじさん邪魔だからどっか行っててよね」茶髪が強気に言う。
 山ガールが俺の服の袖を引いて、「あんた、昨日から立て続けに絡まれてるね」と呟く。
 どの口が言っているのか。しかし、その通りである。
「普段の行いが悪いのかな」
「そんな事は無い」
 無い、筈である。
「お前達なあ。冬休み中の大学生か分からんが、年末年始くらい地元に帰って親孝行しろよ」
 たしなめるつもりで言ったのだが、余計に火をつけたらしく、金髪と茶髪の視線が一層鋭くなった。
「はあ?なに偉そうなこと言ってんの。おっさんだって、親孝行できてんのかよ?」
 痛い。
 俺の身なりや素行を見て発言したのか定かでないが、自分の言葉が自分の身に返ってきて突き刺さった。
「自分の言葉で傷つかないでよ。どこかの政治家みたいだよ」山ガールが呟く。
「だいたい何で俺達が余所者だって分かるんだよ」
「それは、言葉の訛りだよ」
「ああ?それって田舎者を馬鹿にしてるよね」
 なぜそうなる。
「お前、出身どこだよ」金髪が声を荒げる。
「俺は杉並だよ、東京の杉並」
「ふざけんなよ」
 どうすればいいのか。
 質問に対して波風立てないよう答えている筈なのに、二人の怒りのボルテージは上がっていき、もはや一触即発である。
 と思った途端、金髪が小さく右腕を曲げ、そのまま俺の顔目がけ拳を振るう。俺は間一髪それを避けた。
 金髪と茶髪は揃って飛びかかってきそうな様子で、もう山ガールと女子高生をナンパする事など忘れているようだ。
「ちょっと、やめてよね。豊、大丈夫なの?」
「まずいだろうな。だけど考えがある」
「何?」
 話している内に、茶髪の拳が飛んできた。
 今度は俺の腹部に命中し、鈍い音をたて食い込む。うう、と声が漏れ、俺は必死になって茶髪の首元へ腕を伸ばす。
 そんな俺の抵抗に気圧されたのか、茶髪は後方へ身を下げる。
 うずくまる俺の背中を山ガールがさする。
「ほんとに、やめてってば」
 山ガールの泣きそうな声を聞いて、少し申し訳ない気分になった。
 女子高生も心配してくれたのか、俺の隣に寄って来ていて、先程、茶髪からかろうじて奪い取ったマフラーを渡し、作戦を伝える。ここから先は賭けだ。
「分かった」そう言って女子高生は傍の裏路地を目がけ小走りで移動する。
 様子を見兼ねて、茶髪が「逃げないでよね」といい後を追いかける。
 女子高生が曲がった裏路地に着いたとき、茶髪の動きが止まった。そして、少しずつ、後方へ下がっていく。
「どうした?」怪訝に思った金髪が茶髪のもとへ歩み寄る。俺と山ガールも後を続いた。
 茶髪の視線の先に立っていたのは、小柄の中年女性だった。
「誰だよ」金髪は首を傾げる。
「あなたこそ、誰なの?」中年女性は言う。そして、茶髪の男をじっと見て、「説明しなさい、タカシ」と続けた。
 茶髪は呆気にとられた様子でポカンと口を開き、「母さん」と一言絞り出した。
「母さんだって?なんでこんなとこに」
「俺が知るかよ」
「それで、どうするんだよ」
「どうするって、どうしよう」
 急に弱腰になった茶髪に対し、中年女性は尚も視線を送り続ける。そんな状況が続き、遂には「やめてくれ、母さん、そんな目で見ないでくれよ」と茶髪が言って、この場から走り去った。
「意味わかんねえよ」取り残された金髪も茶髪の後を追いかけていった。
 二人の姿が消えると、中年女性はマフラーをほどいて、女子高生の姿に変わった。
「賭けは勝ちだったな」
「ねえ、どうしてあいつのお母さんのマフラーだって分かったの?」
「下手とまでは言わないが網目が不揃いだったからな。手縫いの物だって分かったんだよ。年季も入ってる様だし、母親から贈られた物だと思ったんだ。ただ、マフラーを巻くだけで女子高生が変身できるのか分からない、そもそも変身できる基準がまだ曖昧だから、そこは賭けだった」
「なるほど」
 他にも、言葉遣いや話し方などの問題点もあったが、あの状況でそこまで判断する余裕はなかっただろう。女子高生をナンパするときに茶髪が名前を紹介していたらしい事も幸運だった。
「それにしても、女子高生については、すっかり慣れちゃったね」
 確かに、常人ならとても信じる筈の無い彼女の能力について、不審に思うどころか、若者を撃退する手段に用いているのだから、おかしな話である。
「しかし、心配かけてすまなかったな。ありがとう」
「いいよ、水くさい」山ガールが言い、「みずくさい」と女子高生が続けた。
 山ガールと女子高生の事を散々迷惑に思っていたが、経緯はどうあれ二人に借りができてしまったように思い、簡単に撥ね退ける訳にもいかなくなった。
「山ガール、いや、アキコ。帰るぞ」
「そうだね」アキコは分かり易く明るい表情を見せた。
 とにかく今は、家でゆっくり茶でも啜りたい気分だ。処理に困った茶髪から奪ったマフラーを傍の電柱に括り付け三人揃って、この場を後にした。
sage