Neetel Inside ベータマガジン
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「愛してる・・・ハレリア・・・っ」
半狂乱になりながらも俺は口を抑えながら
呪文のように娘の名を唱えた。俺の心など既に折れてしまっているだろう、だが困難は俺の心が治るのを待たず襲い掛かる。自分しか愛していなければとても耐えられるはずもない。
故郷に残してきた娘を愛するからこそ、困難にも耐えられる。

「愛してる・・・ハレリアっ 」
古代ニーテリア語で歓喜・感謝の光を表すハレルヤに由来する人名ハレリア。口にするだけで足が自然と動くのも必然だろう。言葉は魂なり・・・今、暗闇の中で心を押し潰されんばかりの俺が目の前の光の先に希望があると信じて進んでいけるのも
この言葉のお蔭だ。
「ハレリア・・・星空に輝くきらきら星・・・っ
・・・俺の心を照らしてくれる・・・ハレリア」

夜空に浮かぶ星のようにたった一つの光がそこにはあった。
光の先を進むとそこには茂みがあった
闇で目が慣れていたせいか、俺の目は目の前の茂みの形状を捉えることができた。

俺の腰ぐらいはある位置に茂みがあることから見ても 目の前がやや少し坂になっているか、それとも段差になっているか いずれにしても上れそうにないわけではない。

(このまま茂みに抜ければ・・・!!)

そう思って慌てて何歩か踏み出したのがマズかった。勢いあまって何かに足を取られ俺はつんのめった。転倒は避けられたが それよりも状況がもっとマズイことになったのを本能的に悟った。

(ちくしょ これは!!)

暗闇ではあったが、俺の足が地面に飲み込まれているのが分かった。どうやら沼地だったらしい。

(くっ・・・くそ!!)

慌てて足を抜こうともがくが、むしろ逆に足が埋まっていくのが分かった。何でこう俺は足ばかりに災難続きなんだ。

(慌てるな・・・一旦落ち着け!!!!!!!)

こういう時の対処法を何かの文献で読んだ気がする・・・必死に脳細胞という脳細胞を叩き起こし 思考を巡らせた。

(くそ・・・水が水が欲しい)

脳みその8割は水らしい。
考えが及ばないのも無理は無い。
ふと右手の届きそうな場所に枝がぶら下がっているのに気付いた。闇で夜行性動物並の視力ぐらいに目が冴えきっていた俺は月明かりに照らされる夜露を見た。

(そういえば昨日、雨が降っていたな。)

最も雨のあいだ、ヴィンセントの拷問を受けていたが。気を紛らわすために雨に神経を集中させていたことを思い出した。

(せめてこの一滴の水さえ舌に通えば・・・)

俺は枝を掴もうと手を伸ばした。
(思ったよりも遠い・・・)
指先だけでもいい
そう祈りながらようやく枝を掴んだ瞬間

俺は勢いあまって前に倒れ込んだ。

(クソォ~~)

状況は更に最悪になった。
埋まっていなかった筈の上半身まで沼についてしまった。むしろ、地獄への穴に飛び込んでしまった。

だが、せっかく手にした枝だ。
俺は夜露のついた葉っぱにしゃぶりついた。
ほんの数滴程度だが、今の俺にとっては甘く蜜のような味だった。舌から脳へと伝わり、脳細胞の隅々へと浸透していく。

(・・・そうだ これでいいんだ!!)

俺はそのまま沼に上半身を預けたまま、身体を小刻みに揺らし前へと這い出す。沼地では体重が一点に集中すれば沈んでいく。豆腐に一本の箸を置く時に縦に置くか 横に置くかの違いだ。ほんの軽く指を置いただけでも前者は豆腐の中へと沈んでいってしまうが、後者はよほどの力で押さない限りは沈まない。沼地に預ける面積が広ければ広いほど身体は沈まずに済む。後はそのままゆっくりと這い出せばいい。 そうこうしている内に 俺は沈んだ足を沼から引き抜くことに成功した。
もうすっかり泥まみれで激臭で気分も最悪だが、もう胃の中に吐くものもないのが不幸中の幸いか 這い出すことに集中できた。

「はぁっ はあっ」

何とか乾いた地面の上に這い出ることが出来 俺は一安心していた。

「ノロマで ノロマのカメの ハルドゥくぅ~~ん」

嘘だろ?と思ったのもつかの間
聞き覚えがありすぎる声の主、もといヴィンセントの手が俺の視界を鷲掴みにしたかと思うと 俺はそのまま後方に投げ飛ばされてしまった。

「俺を出し抜いたつもりか? ええ?
とっくに回り込んでたっつーの」
背中を打ちつけ 悶絶する俺にじわじわと歩み寄りながら ヴィンセントは俺の腹を踏みつけた。
「うげェ!」
内臓が背骨に叩きつけられる感触に思わず
声をあげ、俺は悶絶した。何かを口にしていたらきっと吐いていたに違いない。

「俺が眺めているのも知らず、泥の上で這いずり回るお前を見下ろすのは愉快だったぞ・・・?
フッフッフッ・・・可愛い義弟よ」
そう言いながらヴィンセントは片手で俺の喉を掴むとそのまま持ち上げる。

「ぐぁぁあああ」

「さあ? どうする?ハルドゥ?
このままだと気絶しちまうぜ?」

俺は足をバタつかせ ヴィンセントの腹を蹴り飛ばした。食人族とはいえ、痛みがないわけではないらしくヴィンセントは蹴られながらも耐えているような様子が 目をつぶり必死に暴れている俺にも伝わった。

「うおっと」

ヴィンセントのよろめいた先には枝があった。先程俺が手にしていたものだったのか?。いつの間に手離していたのだろう? いやそれとも偶然そこにあったのか?

パキッ!

踏みつけた勢いで折れた枝がヴィンセントの裸足の裏を引っ掻いた。

「痛ッ!!」

かなりの痛さだったらしく、ヴィンセントはそのままバランスを崩し 俺ごと仰向けに倒れ込んだ。

「うおっ!? おおォ?!」

倒れ込んだ先は先ほど俺がもがいていた沼地だった。咄嗟のことで位置関係の把握に少々戸惑いはしたものの、俺はヴィンセントを沼地に対して盾にする恰好になっている、彼に覆い被さっているわけだ。

自分でも驚いたが、咄嗟に俺はヴィンセントの胸に手を置いて体を起こして太ももを上げる隙間を作ると 彼の胸と腹を踏み台にして、俺は乾いた地面に向かって起死回生決死のジャンプを試みた。

「ごは!!」
胸骨と肋骨が踏み砕ける感触が足の裏から俺の内臓や心臓を共鳴させ、俺の心を戦慄の槍で貫く。この感触は人を傷付ける時のあの反吐のようにへばり付くあのドス黒い感情だ。それをより一層駆り立てる明らかに異常すぎるばきぼきと渇く音。爆竹を慣らしたかのようにそれらの音の一つ一つが俺の耳の鼓膜をレイピアのように次々と刺し刻んでゆく。
「うごォオ・・・おヲばッ!!」
まさか俺に腹を踏みつけられるなどとは夢にも思っていなかったのか、聞いたことのない呻き声をあげるヴィンセントへの意識を自身を護る気持ちへと向けながら、宙に浮きながら俺は少しでも乾いた地面にしがみつきたいー心で祈った。

「うぁッ!!」
固い地面に胸をぶつけ、衝撃で思わず呻きながらも立ち上がると 後ろを振り返る。

「うぇ・・・でッ・・・でめェ・・・!! よぐもォ・・・ごんなァッ!!」
口から血を湧き出たせながら ヴィンセントは起き上がろうとするが沼に身体を取られ、動かすことも出来ず遠吠えのように恨み言を吐く。
ヴィンセントの気持ちも俺は理解できないわけではない。かつて俺を手厚く介護してくれた彼への恩が無いわけではない。俺は再び胸に去来した別離の哀しみと彼への恩を仇で返した罪悪感を必死にかみ殺しながら、茂みの方へと走っていった。

       

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