Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~致~
ロントフ襲撃/青い服の甲国兵 3

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「ふええええん…どうしてこんな事になるんだよぉ」

巡視隊が去り、自宅に帰ってきたガン・バレルはその場にへたり込んで泣きだした。

「やっぱり僕には無理なんだよぉ…何で兄さん達はあんな楽なミッションだったのに僕だけこんな…」

SHWにある彼の実家、バレル家は、16歳になると成人の儀と呼ばれる儀式をしなければならない。
そこで出される課題は出す者、出される者によって様々で、彼の兄達は比較的容易な課題を割り振られた。
だが、彼だけは「見知らぬ土地で大業を成す」等という困難な課題が割り振られた。
これまで彼を甘やかし、他の兄弟達よりも苦労させずに育てたので、ここで一気に苦労をさせよう、というのが彼の父の考えらしい。
だが、いきなりそんな事を言われても16歳の苦労を知らない少年ができるはずもなく、ミシュガルドに来た彼はただただあたふたとするばかりで、生活もままならないような有様だった。
そこで見かねた従者がツテを頼り、彼を開拓村の一つ、ロントフの村長に就任させたのだ。
最初はあたふたしてばかりいた彼だったが、基本的な経営学等は学んでいた為何とか村の運営を継続する事ができ、ようやく村の生産が軌道に乗り始めた時、今回の事件が起きたのである。
全く想定外の大事件に、ガンはただただ狼狽えるしかない。
この事態を終息させるには彼は余りにも経験が不足していた。

「どうするもこうするも、決めるしかないでしょう」

先ほどガンに代わって巡視隊に応答していた初老の男、彼と共にミシュガルドにやってきて、彼をロントフの村長にした従者が、蹲り、泣いているガンを見下しながら言った。

「甲皇国の連中を村に駐屯させるか、それとも我々の自力だけで村を守るのか、決めるのです」
「そんな事言われても……僕決められないよぉ」
「では村の者を集めて皆でもう一度論議しましょう」
「あ、そ、そうだね!皆で決めよう!うん!」

自分で決めなくていい!
責任の重さに耐えられず蹲っていたガンは、従者の言葉にパッと顔を上げた。

「じゃあ…集まってもらってください」
「いえ、ここは村長が自ら村を回るべき所でしょう。皆は各々の仕事をしています、如何なる理由であれその時間を割いてもらうのだから、村長自ら労力を使うべきです。それが誠意という物です」
「あ…うん」

突き放す様な言葉に、ガンの表情がまた曇る。
ガンが幼少の頃からこの従者は彼の世話をしていたのだが、父や母が自分に対して優しく接してくれるのに対しこの従者だけはいつも彼に厳しく接していた。
父や母とも何度か揉めているのを見た事があり、ガンはこの男がとても苦手である。

「はぁ…」

弱弱しい溜息をガンは一つついた。




やがて、ガンの呼びかけで村の主要人物等が集められ、会議が開かれた。
だがそもそも脱獄犯がどんな魔物を従えているのか、どれ程の戦闘能力を持っているのかがわからない。
そして自分達に脱獄犯の存在を教えた巡視隊という謎の甲皇国の部隊、彼等の真意も不明である。
会議を進めるための材料は不足しており、会議はしばらく難航した。

「今から交易所に使いの者を送って彼等の言う事の真偽を確かめ、その後傭兵を雇うか警備兵の応援を呼ぶのがいいんじゃないのか?往復なら1日かからんだろう」
「それがいい、今出発すれば夕方には交易所に到着する、翌朝から傭兵を探したり警備兵を呼んだりしたとして、明日の夕方には応援が到着するはずだ」

結局、ガーターヴェルトやアルフヘイム出身者達の強い反対等があり、翌朝来る巡視隊の申し出は断り、交易所にロントフから使いが出発する事となった。



ーーーーーーーーーーーーーーー



何か大きな物が壊される音がして、ハーゴは目を覚ました。
次いで、人の悲鳴が聞こえてくる。
モンスターの襲撃だ!そう察したハーゴは暗闇の中立ち上がった。
そして、いつでも着れる様にしていた外着に素早く着替え、枕元の愛銃を手に取る。
その瞬間、窓を叩き割って何かが室内へと飛び込んできた。
音のした方へ銃口を向けるハーゴ、赤い複眼が暗闇の中に見える。
同時、飛び込んできた何かがハーゴに飛び掛かってきた。

「ヒ!」

乾いた銃声が響き、弾丸を浴びた何かが地面に落下する。
割られた窓からの灯りを頼りにそれを覗きこむと、それはバレーボール程の大きさがある虫だった。

「っ…」

ハーゴは痙攣する蟲から視線をそらさず、急いで壁にかかっていたガンベルトを腰につけ、棚からありったけの弾丸を持ち出し、玄関から外に出た。

「何だ!ありゃ…」

まずすぐ目の前に飛び込んできたのは、巨大な虫だった、家の屋根よりも巨大な虫が、村の中央を進んでいるのだ。
虫が破壊したのだろう、その後ろでは家が崩され、炎が上がっている。
更に虫の足元にはあのボール大の虫が何匹も蠢いていた。
自警団の誰かが追い払おうと必死にかがり火を振りかざしているが、巨大な虫は怯んだ様子はない。

「きゃあああああ」
「助けてくれええええ」

他にも何かが暴れているのだろうか、村のあちこちから村人達の悲鳴が聞こえてくる。

「あ…ああ…」

本来自警団員ではない彼が巨大虫と戦う必要は無いのだが、戦える人間が限られているこの村ではこうした有事の際自分も戦わねばならないだろうとハーゴは思っていた。
だが、軍人でも傭兵でもない彼にはこういう時どの様に立ち回ればよいか等、わかるはずが無い。
更に彼は有事になれば、自警団なり村長なりが自分に的確に指示をくれるだろうと考えていた。
しかし周囲もこんな想定外の事態を前にしては混乱するばかりで、とても指示等来そうにない。
ただの村人であればガムシャラに逃げるという選択肢もあったのだが、なまじ戦う力がある善人であるばかりに、ハーゴは混乱し、立ち尽くすしてしまう。

「げばらっ」

巨大な虫の足元で火を振っていた自警団員が虫の脚に吹き飛ばされ、近くの民家に突っ込んだ。
その手に持った火が家の藁に引火し、火災が発生し始める。

「ひい…ひひ…ひいいい」

ハーゴは手にした銃を巨大な虫に向け、無我夢中で引き金を引いた。
弾丸が虫の甲殻に弾かれる音がして、虫がハーゴの方を向く。
攻撃された虫の怒りが、ハーゴにも伝わってくる。

「ひ…ひ!!」

俊敏に距離を詰めてきた巨大な虫の前脚が、ハーゴの腹に炸裂した。



「マジか…マジか!マジかよ!」

村人に襲い掛かるボール大の虫を斬り殺しながら、ガーダーヴェルトは、念仏の様にそう繰り返していた。
例え脱獄犯が襲ってきても、従軍経験があり、それなりに腕の立つ自分がいればどうにでもなる。
そう、彼は思っていた。
だが、眼前の巨大な虫は、とても自分が太刀打ちできる相手ではない。
完全に想定外だった。

「助けてくれえええ」
「っ!!」

悲鳴を聞いてガーダーヴェルトが振り向くと、タンス程の大きさがある虫がどこからか現れ、木こりの親父に覆い被さろうとしていた。
ガーターヴェルトはすぐさま駆けつけ、背後から虫に剣を突き立てる。
だが一撃では仕留めきれず、虫は勢いよく体を振ってガーダーヴェルトを振り払い、狂ったように前足を振りかざしてきた。
それを剣で防ぎ、その腹に蹴りを見舞うガーダーヴェルト。
だが、虫は怯まない。

「この!!」

ならばと距離をとって剣を構え、渾身の力を込めて虫の腹を突き刺すガーダーヴェルト。
虫の腹から体液が吹き出して彼の体に引っかかる。
だが、虫はまだ死なない。
剣で突かれた苦しみで、必死に暴れる虫が振るう前足が、ガーダーヴェルトの服の袖を引き裂いた。

「ぐっつ!」

剣を引き抜いて逃げようとするガーダーヴェルト。
だが、剣が虫の腹から抜けない。
やむなく剣を手放し、虫の追撃を回避する。

(武器!)

ガーダーヴェルトは周囲を見回すが、武器になりそうな物は無く、虫に襲われていた木こりも逃げてしまっている。
更に周囲にボール大の虫が集まり始めてきた。
心なしか、空から羽音の様なものも聞こえてくる。

(マジかよ、やべぇ!)

逃げようと後ずさるガーダーヴェルトの足に、ボール大の虫が飛びついてきた。
慌てて蹴りはがそうとするも、2匹、3匹と次々に取り付いてくる。
虫の牙がガーターベルトのズボンを破き、その肉をえぐった。
痛みをこらえ、必死に暴れて虫を引きはがそうとするガーダーヴェルトに、タンス大の虫が近づいてくる。
逃げようにも足に食いつく虫が邪魔で、思う様に動けない。

「た…助けてくれ!!」

ガーダーヴェルトは大声で叫んだ。
だが、周囲から反応は無い。

「死にたくねえ…俺には…俺にはやる事が…」

必死に虫を引きはがそうとするガーダーヴェルト、だが、焦りも手伝って、虫を剥がせない。
脚の肉を食い千切られる痛みに意識も朦朧としてくる。

「畜生!畜しょおおおおおお」

近づいてきたタンス大の虫が前脚を振り上げ、ガーターヴェルトが吠えた。
その時、銃声が響き渡り、タンス大の虫が頭を撃ちぬかれてその場に倒れ伏した。

「ガ…ガガ…ガーダーヴェルトさん!」
「ナインファイブ!助かったぜ」

彼を救ったのは、巨大な虫に弾き飛ばされていたハーゴだった。
巨大な虫の前足を喰らったハーゴだったが、何とか立ち上がり、頼りになりそうな自警団員、ガーダーヴェルトを探していたのだ。
ハーゴはガーターヴェルトに駆け寄ると、ボール大の虫を踏みつけて彼から引きはがしにかかる。
ガーターヴェルトも先ほどハーゴが倒した虫の腹に手を伸ばして剣を引き抜き、自分に喰らいつく虫に突き刺して、何とかすべての虫を引きはがした。

「やるじゃねえか、見直したぜ」
「いや…いや…ひひ…ひひひ…ビビ…ビーティのおかげです」
「はぁ?あ、あぁ、そうか」

自分の拳銃を見せながらニヤニヤ笑うハーゴに、思わず引くガーダーヴェルト。
ハーゴは自分の拳銃に名前をつけ、溺愛している変人だ。
周囲はその事についてあえて触れないが、見ていて気持ちのいい物だと思っていない。
ハーゴも周囲の考えを知っているのだろう、ガーダーヴェルトの反応に彼ははっとなり、少し申し訳なさそうな表情になった。

「なんか…すいません」
「いや、いやいやいや、いいんだよ、それより虫だ!でかいのは無理だ、自警団と合流しながら小型を潰してくぞ」

命の恩人を少しでもキモイなこいつと思った自分を恥じながら、ガーダーヴェルトはハーゴに指示して、他の村人を襲う虫へ走っていく。

「はい!」

元気よく返事して後に続くハーゴ。
しかし、そんな二人の横で巨大な虫がまた別の家を倒壊させ、森からは新たなタンス大の虫がわいてきた。
上空から聞こえる羽音の様な音も、一際強くなってくる。

「ガ…ガーダーヴェルトさん!上からも来る!村の人まとめて逃げよう!!」

羽音の様な物は単独だが、かなり大きい。
この上二匹目の巨大な虫まで現れたら、もう手の出しようがないだろう。
上空を見上げ、真っ暗い空に虫の姿を探しながら、ハーゴが叫んだ。

「逃げるったってどこに逃げ……いや、待て、これは羽音じゃねえぞ」

ガーターヴェルトはある事に気づき、空から響く羽音に耳をすませる。
機械に馴染みのない人間は知らないが、ガーダーヴェルトにはわかった、この音は羽音ではない、プロペラの音…、動力飛行機の飛行音だ!




ロントフ上空を飛ぶ二〇五式戦闘機の中、在ミシュガルド空軍調査飛行士団、ヴェルトロ大尉は、眼下で起きている火災の場所を確認し、無線機に報告をし始めた。

「こちら哨戒機、火災が起きているのはロントフで間違いない、繰り返す、火災発生現場はロントフ、一瞬だが10mクラスの原生生物の影も見えた、襲撃を受けているとみて間違いない、どうぞ」
『こちら巡視隊、了解しました、空軍の支援に感謝します』

ダークが応援を要請した部隊、それは在ミシュガルド空軍だった。
ミシュガルド大陸を直接調査する陸軍の部隊は丙家の影響が強い、だが、それを支援する海、空軍はどちらかと言えば乙家よりなのだ。
広いエリアをカバーする為、ダークは空軍の機動力に頼ったのである。

しかし、戦闘機から地上の様子は米粒よりも小さくしか見えない。
しかも夜間では地上の様子は暗く何も見えない為有効な偵察等できないばかりか、最悪機体が木や山に激突する危険がある。
その為、巡視隊から夜間哨戒の要請を受けた空軍大佐、チェンタウロは最初断ろうとした。
だが、ダークの「もし村人がモンスターに襲われたなら、火を使って対抗するはずだ、火ならば高空からでも発見できるはず」という言葉を受け、夜間飛行の訓練も兼ねて駄目もとで哨戒機を出したのである。
そして、その結果はドンピシャだった。

「こちら哨戒機、巡視隊の健闘を祈る」

しかし、それでも地上の様子が詳しくわかるわけでも無く、木々にぶつかる事を避ける為高度を下げる事もままならない為、ヴェルトロにはこれ以上何もできない。
何の罪もない村人がモンスターに襲われているのだから、彼としても力になりたい為、非情に歯がゆい気持ちが沸いてくる。
無茶を承知で高度を下げ、機銃掃射を見舞おうかと考えた、その時、地上に複数の赤い光が現れ、ロントフへと高速で向かうのが見えた。
甲皇国が世界に誇る動力自動車、その巡視隊仕様、巡視自動車…パトカーの回転灯の光だ。

「頼むぞ」

回転灯の光を見つめながら、チェンタウロは呟いた。

       

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