Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~致~
真心と愛をあなたに/セキーネ♥マリー(ラディアータの後日談、黒兎物語の前日譚)

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かつての記憶は日に日に薄れてゆく


だが、いつまでも変わらぬ想い出もあると信じたい


あれは私の生まれ育った大地に生命の賛歌が残っていた頃だった……



私は白兎人族の獣人 セキーネ・ピーターシルヴァンニアン。

アルフヘイム北部でかつて栄華を誇ったピーターシルヴァンニアン王朝の王家の生まれだ。

父はアンゴラウサギ系ノーススペンサー家のクレイグ7世、
母はアナウサギ系ロレーヌ家のキャサリーン・ド・ロレーヌ王女(のちのヴェスパー1世)であった。

思えば父も母も聖人のような優しい人格であったと思う。

現に父クレイグ7世の在位中は、ノースエルフ族の族長である北方ダート・スタン氏との
交流が多く催され、黒兎人族族長であるヴィトー・J・コルレオーネ氏をも招いた晩餐会に
出席することも多かった。

ノースエルフ族と我々白兎人族は政治的関係上、宗主国と植民国の隷属関係にあり、
ダート・スタン氏もアルフヘイム政府の北方地方総督としての任を負ってはいたが、
当時の時代を幼少ながら生きた私の目から見ると 両者は対等の友であったような気がする。

それは黒兎人族の族長であるコルレオーネ氏との交流の時も同じだったように思う。
私の生まれた時代より遡って250年前……我々白兎人族と黒兎人族は激しく憎み、
血を血で洗う長きに渡る戦争を繰り広げていた。その戦争は40年に渡り続き、白兎人族が勝利。
黒兎人族は白兎人族の奴隷となっていた。
もとより、白兎人族は同じ白兎人族間でも白・白茶・焦げ茶・白青・青・白黒というような肌の色と
毛の色を持つ人種的特徴があり、白以外の兎人族は二級市民とされていた。


黒兎人族はそれよりも低い三級市民とされており、下水や汚物の処理などの過酷な環境を強いられ、
住む場所もコウモリ人族の住まう洞窟へと追いやられた。

(これが後に、ヴィトー、ディオゴ、ツィツィ、モニーク、クロア、シロイ、ネロ、ヌメロといった
コウモリの血を引く黒兎人族の誕生となる。)

だが、その差別はやがて純粋なる白い毛の色を持つ白兎人族貴族や白兎王朝への反発を産んだ。
クレイグ7世はやがてその差別し合う世の中に辟易し、王となった暁には
差別の無い真の兎人族国家を作り上げることを心に誓った。

クレイグ7世は即位後、かつて白兎王朝で当たり前とされていた
肌の色、毛の色ごとの差別を撤廃し、どの色の兎人族も平等に教育を受けられる社会を作り上げた。


その結果として彼が即位してから崩御するまでの約28年もの間に
かつて二級・三級と差別された兎人族たちが平等に機会を与えられ、社会進出を果たすことになった。

パンダウサギ系の血を引き、白と黒の毛並みを持つリュウ・ドゥは
黒色の毛を持つことから、二級市民の中でも特に最底辺で極貧の生活に喘いでいたが、
お陰で白兎軍に晴れて入隊が決まり、その類まれない体力と成績によって
精鋭部隊「十六夜」の副隊長の座を勝ち取った。

かつて彼女とは私が中隊長として指揮していた十六夜において共に
亜骨国大聖戦を乗り越えた仲である。今では彼女はこのミシュガルドにおいて傭兵家業に勤しんでいるが、
時々手紙で近況を語り合う仲である。


そして、私の軍人時代の師匠であるオズムンド・ノースハウザー曹長。
彼も二級市民とされていた青い毛並みを持つネザーランドドワーフ系の生まれだった。
軍歴も長く、実戦経験では敵う者のいない程の大ベテランであった曹長だが、
生まれのせいで2曹止まりだった。しかし、私の父の即位後は正当な評価を受けたお陰か1等陸曹に昇進。
やがては特殊部隊 十六夜の副隊長に抜擢された後に その功績を認められ十六夜退役後は
施設科の上級曹長に昇進する。彼はやがて格闘教官として数多くの部隊に招かれることとなり、
その腕前はかつて所属していた十六夜にも教官として招かれるほどであった。私もその指導を受けてからは
師匠と弟子の仲になり、十六夜に入隊した私を鍛え上げてくれた偉大なる人物である。

そして 私の心からの戦友ディオゴ・J・コルレオーネ大尉。
彼は三級市民として虐げられていた黒兎人族の生まれであり、あのヴィトー氏の息子であった。
彼と私は2歳ほど年が離れているため、入隊の同期ではない。私の後輩に当たる人物である。
ディオゴは白兎軍として入隊が決まってから よく同期の白兎人族と揉め事を起こし、
懲罰房送りになることが多かったものの、彼の将来を心配したノースハウザー曹長に拾われる形で
格闘部隊に転属となり、十六夜の指導教官の任を解かれて原隊復帰した後の曹長からもミッチリと
戦術を仕込まれた。最初は反発していたディオゴも自分の毛の色・肌の色を差別しない曹長に
心を許し、やがて私と曹長との関係に匹敵するほどの師弟関係を結ぶこととなる。
やがて、そのディオゴとも同じ師を持つ弟子同士の縁からか それとも先輩・後輩の縁からか
奇妙な友情で結ばれることとなる。 今では彼はギャングの道に落ちてしまったものの、時折彼から来る
卑猥な言葉を交えた強烈な黒兎語で書かれた手紙は私の心をノスタルジーに浸らせてくれる。

これらの3つの事例は 私の身近に起きた父が遺した「王の所業」と言えよう。
私の父は私が18歳の時に黒兎人族の原理主義者による爆弾テロで暗殺されてしまった。
16歳の時から軍で寮生活と王子としての仕事で大忙しだった私は
正直父と心から向き合う時間も少なかったが、その分 父は私に偉大なる部下と、
偉大なる師匠と、そして偉大なる友を残してくれた。


やがて父の死後から私の身の回りにおいて差別という名の
暗い影が蔓延るようになり始めた。
多少の差別は依然として残ってはいたものの、肌の色や毛の色を気にすることなく、
同じ兎人同士が共に手を取り合って暮らしていた この国において白兎人族原理主義者が
野党入りし始めたのだ。私の父の時代ではそもそも原理主義者も差別主義者も野党にすら入ることすらあり得なかった。

やがて私の母であるキャサリーン・ド・ロレーヌがヴェスパー1世として王の座に就いた頃には
その対抗勢力として私の叔父であるピアース・ノーススペンサー王子(後のピアース3世)が
その件の野党の党首の後見人として名を挙げ、母の政敵となって立ちふさがったのである。

そんな政治的状況からか、ヴェスパー1世も当初は父クレイグ7世の遺志を継ぎ、
差別の無い兎人国家を作ろうとしていたが、
偉大なるクレイグ7世を三級市民である黒兎人族に殺された国民の怒りは
そのヴェスパーの思想を理想論として唾棄した。

世論はピアース・ノーススペンサー王子に味方したのだ。
そして更に救いがたい出来事はあのディオゴ・J・コルレオーネ大尉の実の妹である
モニーク・J・コルレオーネ嬢と、その夫であるダニィ・ファルコーネ氏を
あの恥知らずのアーネスト・インドラ・ブロフェルドが辱め、瀕死の重傷を負わせた事件が勃発。

もはや白兎人族、黒兎人族の関係は修復不可能な程まで落ち込んでしまった。

白兎人族の原理主義者たちは「アーネスト氏は冤罪を着せられた」と口々に風潮し、世論もそれに味方。
裁判所も「アーネスト氏の無罪を言い渡す」との判決を出した。
白兎人族の世論が黒兎人族のモニーク嬢が「アーネスト氏を誑かした悪女」と罵り、
自身の同族が犯した罪を認めようとしない中、母ヴェスパー1世だけがその罪を認め、
謝罪のために 自身の実家であるクロード・ド・ロレーヌ家の血を引く私の従妹を巫女医者として派遣し、
コルレオーネ嬢とファルコーネ氏の2人の治療を行った。

世論と、ピアース・ノーススペンサー王子はこれに対して
「女王陛下は世論を無視し、議会や裁判所の決定すら無視する蛮行を行った」として憤慨した。

当時、私は女王陛下の第一子の立場として白兎軍の最高司令官の座に就いていた。
私の本来の軍歴と実績では少佐でありながらも、時には大将としての権限をも持ち合わせる
複雑極まりない状況の中、私は板挟みにあっていた。

当時、軍部の中でもピアース派とヴェスパー派が分かれており
将官クラスはピアース派の息のかかった者たちが多く、私は軍議で袋叩きにされることが多かった。
絶対的権力社会の軍部において 私が出来ることなどほぼ皆無に等しく
何かあると直ぐに少佐としての階級を持ち出された。
最高司令官とあるが、実際には将軍たちの権限無しには何も出来ない傀儡のようなものだ。
軍法上は、「最高司令官はその強大な権限を持つが故にその独断専行と暴走を防ぐため
将官から成る軍議の承認無しに その決定を下すことは出来ない」と記されている。

その状況の中、徐々に私の精神は蝕まれていった。

最悪 つるの一声とあだ名される「緊急時王族立法権」を執行すれば
軍議の決定など跳ね返せるのではあるが、
そうなれば「王家による軍部への干渉」だと激しい批判を浴びるのは火を見るより明らかだった。
それにこの権限はセキーネだけでなく、政敵であるピアース王子も持つため
意見のことなる緊急時王族立法権が衝突した場合、議会の決定で与野党の3分の2の承諾を得る
必要性が生じてしまうのだ。


議会と裁判所の金玉を掌握しているピアースのことである、負け戦になるのは目に見えていた。


「ふ……何が最高司令官 セキーネ王子だ……
この私に何が出来るというのだ」


私は自分の無力感に苛まれていた。
そんなある日の出来事だった。

母のヴェスパー1世が肝臓の病を患っていることが判明したのは……
尿毒症を患い、腎臓と肝臓が著しく侵されており
意識が混濁して 最早手の施しようのない状態だった。

私は母が静養しているクロード・ド・ロレーヌ家の滞在を決定した。
同家は母の生まれた家であり、あの噂に聞いていた私の従妹の生家でもあった。
この頃から、もはや母は女王陛下としての権限も失い、
その後継者にはあの政敵であるピアース王子がピアース3世として即位した。

互いに羽をもがれた天使になった私と母はロレーヌ家で
失意のどん底に打ちひしがれながら、世間を拒絶した生活を送っていた。

そんな中であった。

母の病気の治療を祈願し、ロレーヌ家の代表である巫女が
母の病床の前で「巫女の舞」を披露することになった。

私は内心乗り気では無かった。母の病床はもはや、ただの病ではなく
白兎族の風土病であり、一節によると「呪い」とされる病であった。
本来であれば、どのような病気や怪我であろうと治療出来る筈の巫女医者の施術も著しい効果を
上げなかったため、ただの気休め程度にしか考えていなかった。

「母上……」

「セキーネや、よく見ておきなさい……今から舞う巫女はあなたの従妹のマリー・ド・ロレーヌ。
彼女の舞いの前ではどんな病も消え失せていく……」

そんな母ヴェスパーの言葉も内心信じていなかった
私は母の傍でその巫女とやらの舞いを見学することにした。

薄暗く染まった部屋の真ん中に月明かりのような明るさの光が灯され、
周囲にはゆらゆらと炎を奏でる蝋燭台が左右均等に並んでいる。

「お初にお目にかかります…‥ヴェスパー・ピーターシルヴァンニアン陛下……
セキーネ・ピーターシルヴァンニアン殿下」

月明かりの光の中、私の従妹とされる件の巫女は深々と頭を下げ、
そして膝を付き、私と母に敬意の挨拶を捧げた。
青と白を基調としたドレスと青の腕当てを身にまとった巫女は
まるで月夜の白い妖精のような輝きを放っていた。

「キャサリン伯母さまで良いわ……マリー。もう私は女王陛下では無いもの。
さあ、顔を挙げて。昔のようにその美しい舞いを見せて。」

母はか細くも懐かしさからか、何処か暖かい声で巫女もといマリーを呼んだ。
膝をついていた彼女が顔をあげ、その舞いを披露する。

今でも忘れはしない。

あの彼女の美しい眼差しと女神の微笑みのようなあの優しい表情は。

ハーフエルフの血を引き、精霊樹スカイフォールを守りぬく役目を背負っているとされている彼女マリー。

私の目はその美しきマリーの舞いに釘付けとなってしまった。


「う……うつくしい……」

腕をまるで羽衣のようになびかせ、まるで砂浜に絵を描くような優しい動きで宙を仰ぎ、

そして女神のような微笑みを振りまく姿は まるで天女のようであった。

巫女の舞を披露し終えたマリーの前に私は歩み、膝を付き、頭を垂れて告げる

「……どうか この私の伴侶となってください」

突然のセキーネの申し出に周囲の者も思わず驚いた。

「……私が巫女という立場と知っての申し出ですか?」

吸い込まれるような声で尋ねるマリーの声に
セキーネは眩むような恍惚を覚えたものの、同時に湧き上がる
この胸の高鳴りを抑えることが出来なかった。

「知ってはいます……あなたは巫女。
本来ならば結婚どころか求婚すら許される筈もないと。
ですが、それで構いません。 あなたと添い遂げたい。
そのためならば、たとえ何を犠牲にしても構わない。
ただ、それだけなのです。」

今でこそ好色家として知られてしまっている(多分、影武者の所業だろう……やれやれだ)私ではあるが、
それまで童貞だった私はこれほどの情熱を抱いたことは無かった。

無論、マリーの生家の当主であるクロード伯爵も反対したほど、
私のこの求婚は到底認められるハズがないものであった。

当主であるクロードの言葉が鳴り響く中、口を閉じていたマリーがようやく口を開いた。

「……私は……この方、巫女としての道を只管邁進しておりました。

だからこそ、正直この感情をどう受け止めればいいのか 分かりません。

ですが、あなたの真心をお聞きして 

私も今 この胸に湧き上がる温もりを感じました。 

そしてこの温もりのためなら

たとえ何を犠牲にしても構わないと 正直胸に抱いてしまうほどでした。

………もしも 隣であなたが傷つき 悲しんでいれば

私はあなたの傍で あなたの手を握り あなたを癒したいと

心から思うでしょう……これが愛というものなのでしょうか。」


マリーは自分の胸に手を当てると目を閉じて微笑んだ。


「……分かりません 私もこの気持ちを初めて抱いたものですから。

でも、これだけは言えます。

あなたが涙を流しているのなら 私がその涙を拭き取りたい 

あなたが寒さに震え凍えている時は 私があなたを抱きしめ、あなたの暖となりたい。

あなたを傷つける全てから あなたを守りたい……」

セキーネはマリーの手を取ると、その手の甲にキスをした。


その互いの愛にその場にいた誰もが2人の愛を認めた。


その後、セキーネはマリーを伴ってピーターシルヴァンニアン王朝へと帰還。

マリーと挙式を果たし、マリーはロレーヌ姓からピーターシルヴァンニアン姓となり

正式な王家の一員として招かれることとなった。

セキーネが巫女に求婚した事実は国王陛下であるピアース3世の知るところとなり、

ピアースも「聖職者である巫女に求婚するとはなんと恥知らずな色情狂いめ」と罵ったが、

愛を知ったセキーネにはただの遠吠えにしか聞こえなかった。


「愛を知らぬ貴方には分かりませぬ、叔父上 私を追放するなり なんでもなさるがよろしい。

どんな運命を課せられようとも 私とマリーには愛があるのですから。」


マリーと連れ添うセキーネの後ろ姿に激しい妬みの念を抱きながらも、

ピアースは彼らを追放することもできなかった。

実を言うとピアースは政敵であるヴェスパー1世を愛していたのだった。

そのために、彼女の夫であり、セキーネの父であるクレイグ7世を黒兎人族の原理主義者の犯行に見せかけて爆殺。

求婚を迫ったが、彼女に拒絶され 彼女の政敵となったのであった。

やがて、セキーネは軍議において将官たちを相手取り、彼らの心を掌握するカリスマへと変貌を遂げることとなる。

その結果、軍部を掌握し、ピアース3世の勢力に匹敵するほどの権力を得ることに成功。


やがて、ピアース3世と対等に渡り合うようになり、

黒兎人族の族長の息子であるディオゴ・J・コルレオーネ大尉との和平交渉を実現させ

亡き父の遺志と母の悲願を再び達成することに成功したのである。



       

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