Neetel Inside ベータマガジン
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ミシュガルド聖典~致~
クエスト:パラパのお手伝い アルデバラン

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「差出人不明の封筒──」

スーパーハローワーク(以降SHW)のクエスト発注所宛てに一通の封筒が届いた。

控えめだが美麗な装飾で、差出人の低くないであろう身分を知らしめるに十分なものだが
まるで紅茶をこぼしたように茶色く、皺を刻んだ古い封筒だった。
封を担う蝋は、まるで魔方陣のような彫刻が施されており
鈍く、重苦しく輝く真紅のアーチは、手袋越しでも触れるのを躊躇ってしまうほどだった。

不審な郵便物等は一度、職員による検閲を通し
しかるべき相手に届けられるべきかを念入りに吟味される。
今回の"これ"も例のごとく、穴の空くほど調べられた。

SHWには女性職員も少なくない。
それも移民で構成された国家のため、色々な種族の血が混ざる。
つまり、美人が多いのだ。
熱心なラブレターや変質的な内容の手紙、カミソリの付録なんて物騒なものが
業務的な郵便物や市場のチラシに混じって送られてくる。それも頻繁にだ。

今回の"これ"はSHWの司書、パラパ・ランペヱジに宛てられたもので
またもそういった手合いの"処分箱行き"の手紙かと邪推する。
生憎彼女は暴力のサーカス団の夢見るシャンソン人形に熱をあげているのだ。

だが封を開け、中を確かめたところで思い出した。
確かSHWは現在、ミシュガルド大陸の神話や伝承をかき集めている真っ最中だったか。
そんなことを思い出させる封筒の中身は、印刷物のような丁寧な文字でこう書かれていた。

『天空城アルドバラン』

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『オリエント遺跡から発掘された遺物についてご存じでしょうか?』
『三国協力による大陸発掘調査団によって発見されたもので、秘匿性の高いものです。』
『現場に居た甲皇国の軍人によると、非常に水準の高い文明による機械。とのことです。』
『オリエント製SPC-114514』
『まるで人間のような人形が発掘されました。』
『染まる頬のような色の髪、白磁の素肌、額と胸に輝く涙。』
『現地の発掘調査団はその人形に刻まれた数字からこいしちゃんと呼びました。』
『背中には魔方陣が刻まれており、ゼンマイが刺さっていました。』
『甲皇国の技術者に解読して貰うつもりでしたが
 アルフヘイムの調査員が触れたせいか、アルフヘイムに回収されてしまいました。』

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いったいこれは何だろうか。オリエント遺跡?ゼンマイ付きの人形?
愛称を付けて呼んでいる場合ではないだろうに、
ぬけしゃあしゃあとこの差出人は何を綴っているのだろうか。

まだ何枚か手紙が同封されている。
ふと気づいたが、封筒だけではなく便箋にも装飾が施されている。
アルフヘイムでも、甲皇国でも、もちろんSHWでもない
高等な印刷技術を用いられてることに気づいた。我々には無い技術だ。

『アルキオナの石』

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『石は持っていますか?全部で9つあるはずです。』
『アトレス』『エクレトル』『マイエ』『メルーペ』『タイゲト』
『プレアオネ』『ケラエネ』『アスタローペ』
『優先順位が決まっています。』
『いずれか一つだけでも所有してください。でも早いものがいいですね。』
『今まで見つけた遺跡はいくつですか?秘境はいくつ開きましたか?』
『空を飛べる者たちはたくさんいますが、見つけられましたか?』

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・・・・・・まだ2枚目だが、目を閉じ、ため息をつく。
こんな意味不明な手紙を隅から隅までチェックすると思うと
毎日のこととはいえやはり辛くなってくる。

空を飛べる者が居るからなんだって言うんだ。
世の中には尻と椅子が融合している者だって多いというのに。
そう憤るのもつかの間、横によけた1枚目の手紙の見出しが目に入る。

『天空城アルドバラン』

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『ゼンマイはカギですよ。』
『こいしちゃんは云わば錠前です。記憶を無くしてしまっています。』
『かわいそうですね、前はいっぱい居たのにもう彼女だけです。』
『魔力で動くみたいです。』
『元居たところに返してあげましょう、石があればいいですね。』
『書類にばかり目を向けないで、大空を仰いでみたらどうですか?』
『ほら、目が合った。』

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ぞっとしてしまった。
年甲斐もなく椅子の背もたれに体を押し付け天井を見ないようにしている。
窓口の方から冒険者たちの知性無き雄たけびが響くが、
それも今の状態では現実に引き戻してくれる大切な命綱だった。

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『天空城アルドバランは今や瓦礫の山ですよ。』
『でも今の人たちで言うところのお宝、といっていいのでしょうか?』
『それはいっぱいありますよ。木乃伊もいっぱいありますね。』
『なんで瓦礫の山になったのかわかりますか?』
『こいしちゃんはゼンマイを挿して魔力を流すと動くようになりますよ。』
『魔力じゃなくて生き物の意識を流し込んだらどうなるのでしょうか。』
『甲皇国は命を取り出して埋め直す技術を持っていますね。』
『アルフヘイムは魔法に思いを込めることができます。心を籠められます。』
『ミシュガルド大陸はなぜ遺跡が多いのでしょう。人が沢山居たのでしょうか。』
『次はあなたたちの番ですよ。』

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・・・・・・うっかり手に持っていた手紙を握りこんでしまった。
こういう手合いの怪文書も、無いことは無いのだが
"これ"は違う、なにか見てはいけないもののような気さえする。

部屋の角に背中を押し付け、ゆっくり膝を曲げ腰を下ろす。
胸と手首を交互に触りながら息を吸う、ゆっくり、吐く。
検閲が仕事だが、今日はもう文字を見たくない。
得体のしれない差出人が色々な文字の影からこちらを見て笑っているようで。

日が少し陰ってきたところでようやく落ち着くことが出来た。
文字は、見ない。握りこんだ手紙を慎重に伸ばし、畳む。
封筒から写真が何枚かこぼれてるように見えたが
目の端でとらえただけだったので、よくはわからなかった。

・・・・・・これを、あのパラパ・ランペヱジに送るのか。
大の大人ですらパニックに陥ってしまうような内容だ、
SHWの職員とは言え彼女では泣き出してしまうのではないだろうか。
そうなるとあのカプリコ・カプリコーンがただでは済まさないだろう。

暴力のサーカスさながら飛び跳ね、蹴り飛ばし、髪を鞭に叩いてくる。
そんなもので済むかどうかすら怪しくなってくる。
それはそれでまた新たな恐怖が生まれてきそうだ。

・・・・・・チケットは惜しいが、"これ"は黙殺することにした。
処分しまっていいものか悩んだので、とりあえず資料室の奥に隠しておく。
うっかり引っ張り出してまた背中を壁に押し付けることが無いように。

神話や伝承の資料・・・・・・彼女に催促されないように
めぼしい情報無しの手紙と共に紅茶の缶でも送ることにしよう。

       

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