Neetel Inside ベータマガジン
表紙

ミシュガルド聖典~致~
道のない男/ハルドゥと食人族

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ハルドゥは最初こそ罪悪感に打ちひしがれていたが、
次第に心を麻痺させていた。

男の性として不貞を働いた罪で喉を掻き切りたい気分であった。
亡き妻、故郷に残してきた娘になんと詫びればいいのか。
いずれにしろ合わせる顔などない。

もういずれ帰る場所などないのだ。



「ようやくここで暮らす気になったか、マイブラザァ~」

ヴィンセントは安堵したように呟きながら、ハルドゥと対面して座った。
ハルドゥの目の前にはいつものように古ぼけた机が置かれ、
その上には見るもおぞましいものが並べられていた。

「…………う………ぅげぇえ」

ハルドゥは椅子に縛り付けられ、彼の口元は干からびた血液のようなものがへばりついていた。
口元にへばりついたそれはまるで瘡蓋のようになり、ボロボロとビスケットのように崩れて散らばっていた。

「くぅう~~~ん」
ヴィンセントの妹ミランダは相変わらずYシャツだけを羽織り、下半身だけを丸出しにした
いつもの格好で犬のようにおすわりをしていた。その目は、ハルドゥを見つめ
嬉しそうに光り輝いていた。未遂に終わったとはいえ、ハルドゥと肉体関係を持ったという事実に
メスとしての本能が働いていたのだろうか。
ハルドゥの子供を身ごもっていることを心から祈るかのようにハルドゥを神聖な神のように見つめていた。
だが、その一方で机の向かい側に座っていた兄のヴィンセントは鬼のような醜い形相を浮かべ、
ハルドゥを見つめていた。
その顔にかつてハルドゥを介護していた時のようなめんどくさがり屋の……しかし、それでも
世話焼きな心優しい友達ヴィンセントの面影はなかった。


「まさか妹ひとりキズモノにしておいて、
ここで姿を眩ますなんて真似 俺の顔に糞をぶちまけるのと
同じってこたァ分かるよなぁ?」

「……キズ…キズモノだなんてそんな……!
俺はミランダの……中に……出してなんて……ない……!」

弁明しようとすればするほど、ハルドゥは自分がしでかした
過ちを再度、脳内から目に焼き付けてしまった。

「あぁあ? てめェ、クソ舐めたことほざいてるように聞こえたけど気のせいか? 
てめぇ、先っちょだけだからとか 下らねぇ言い訳するつもりかァ?」

そう言いながら、ヴィンセントは更に盛り付けられた
おぞましい血みどろの塊を手に取ると、
ハルドゥの口に押し込むかのように押し付けた。


「ぅごぇえあぁあッ……!!げはぁアヴァあ゛ッ」

「俺たちにとっちゃア ご馳走でも
人間のおめェには クソみてぇな味だってのは分かってる……
だからこそ意味がある。もっとも 辛いのはマズイ飯を
美味そうに食ってる連中に無理やり そのマズイ飯を 食わされることだ!」

ハルドゥは押し寄せる血と肉の塊を必死に吐き出していた。

「俺ァ優しいだろぉお~~~
ハルドゥゥううう~~~? 人の家の妹に手ェ出した野郎は
金玉もがれて当然だッてェのによぉ……
俺ァ むしろ家族になれッて言ってやッてんだ 歓迎してやってんだ……
それでお前の罪は許されるんだ…… これ以上の慈悲がどこにあるってんだぁあ?」

ハルドゥは喉まで押し込まれ、窒息しそうになりながらも
決してその血と肉の塊を飲み込もうとはしなかった。
飲み込めば彼は人でなくなるのだ。

「ごば……はうぁ」

涙とヨダレと吐瀉物で咳き込み、痙攣しながらもハルドゥは
必死に耐えていた。このまま人間でなくなり、食人族になるのは容易いだろう。
だが、それをいとも簡単に受け入れてしまっていいのだろうか。
妻と子供を裏切ってしまったこの罪は拭いきれない。
そのために、この罰は受けるべきなのかもしれない。

そう思っていたのかどうかは分からない。

あるいは、自分を看病してくれたヴィンセントが食人族だと知り、
裏切られたことへのショックから自暴自棄になって
あえて傷ついていたのか……

そう思っていたのかどうかは分からない。


正直、ハルドゥすら自分がどうすればいいのか、何をしているのか
分かっていなかった。

帰る場所など無いというのに、なぜいっそのこと諦めて人であることを辞めてしまわないのか……

辞める気がないのならば、なぜ運命を成すがまま受け入れているだけなのか……


ハルドゥの人生の道は混沌とした闇の中を彷徨っていた。

       

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