Neetel Inside ニートノベル
表紙

あけましておめでたくない!
その2

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 僕は二度寝をした。三度寝までしたが、四度寝はできなかった。もう眠たくないのだ。睡眠時間はもう十分過ぎるほど満ち足りていた。


 高校の卒業式の夢を見た。卒業式が終わって、クラスメイトと共に一度自分たちのホームルーム教室に戻るのだけど、その教室での出来事がとても不快だった。
 ざわつく教室が、教壇の上に担任の教師が上った時点で静まりかえる。教室の静寂を破るように、担任の教師が声を発する。これからの君たちの人生は、だとか、これからの君たちの人生は希望に満ちているだとか、そんな話をする。高校の卒業式という新たな人生の門出を祝うありがたい講話をいただく。その講話の後、クラスメイト全員で校歌を歌う。
 その光景がとても不快だった。クラスメイト全員で同じ校歌を同じ音程で、似たようなトーンで歌うこと自体が不快で極まりなかった。どうして自由に歌ってはいけないんだろう? どうして僕らは高校生らしく歌わなくてはならないのだろう? 椎名林檎のように少ししゃがれた声で歌う女子がいてもいいはずなのに、大槻ケンヂのようにかなぐり歌う男子がいたっていいはずなのに、クラスメイトの十人十色の声が鳴り響く教室には、大槻ケンヂも椎名林檎もそのどちらもいなかった。
 ――自由がなさすぎる上に、閉塞的すぎてつまらない。そんな高校生活を象徴するような校歌だった。
 校歌を歌い終わった後、クラスメイトの内の一人や二人が、教壇に立つ教師に向かって花束を差し出す。
「先生、今までありがとうございます」
 そう言葉を添えて教師に花束を贈ったクラスメイトの女子が、言葉を言い終わるやいなや人目も気にせずその場で泣きじゃくる。
 「先生、今までありがとうございます」だなんて、こんな台詞を教え子に言われる教師という職業は、なんて幸せな職業なんだろうと思う。普通に生きていれば、こんな風に感謝されることなんてほとんどない。やっぱり学校の教師というのはずるいと思う。


 教室というある種特別な権力が働く空間では、教師は逆らうことのできない絶対的な権力者だ。権力で生徒を縛り付けて、教育という名の洗脳行為を生徒に施す……と書くと、あまりにひねくれすぎである。だけど、きっとそうだろうと思う。
 そんなことをしておきながら、教え子たる生徒に感謝される教師というのは……、なんて幸せな職業なのだろうか。いや、卒業式の日のホームルームで、教え子の生徒に花束と感謝の言葉をもらえるなんてことは、教師という職業のある種の一番良い部分であるだけで、嫌なことや辛いことは良い部分の数千倍も多いのだろう。でも僕はきっとそんなことは想像できないだろう。だって、僕は教師じゃないのだから。
 教師じゃないのなら、教師の本当の心の内なんてわかるはずもない。……ああ、実は僕も担任の教師にとってはうざったくてめんどくさい学生の一人だったのかなぁなんて、今にして思う。
 担任の教師とは進路を決める際に相当もめた記憶がある。学内推薦の枠が余ってるし、この大学は世間的にも評判が良い大学だから、この大学に行きなさいと担任の教師は言う。だけど僕はそれに「NO」と突きつけた。だって、その大学の学内推薦がとれている学部は僕の進学したい学部じゃないのだから。
 教師の提案を振り切って、結局僕は一般入試でその大学の興味のある学部を受験した。浪人はしたものの、受かったのでとてもよかった。……まあ、入った先の生活はさほど楽しいものでもないのだけれど。だけど自分のとりたい進路をとってよかったと、少なくとも今はそう思っている。


 学校に通っている夢を見た後は、大抵ものすごく不快な気持ちに苛まされる。今日も学校の夢を見た。なのでとってもとっても不快な気分だ。浴びるほど酒を飲みたい気分だ。
 浴びるほど酒を飲みながら、漫画タイムきらら系列で連載されているような4コマ漫画を原作にした深夜アニメをたくさん観たい。頭をからっぽにしながら、画面の奥にいる美少女をこころゆくまで愛でたい。


 四度寝を諦めた僕は、正月特有の厭世観に苛まされたりしながら、壁にかけてある時計を見る。時計の針は午後二時を指していた。
 ――たくさん寝た気がするのに、全くといっていいほど時間が経っていない。贅沢な悩みだと思う。試験期間中にレポートに追われながら徹夜をしている僕に、この悠々と有り余る時間を与えてやりたいくらいだ。
 だけど、きっとそんなことはできないのだろう。未来の自分に今の自分の時間を分け与えてやるなんて行為は、もしも近未来において技術的に可能になったとしても、きっとものすごくお金がかかるに違いない。
 時は金なり。金は時なり。だから未来の自分に今の自分の時間を分け与えてやるなんて技術は、もしも実現したとしても、とってもお金のかかるサービスになるんだろうな、と思う。


 やることもなく、睡眠も満ち足りてしまった僕は、とりあえず外に出ることにした。アパートの鍵を閉めて外に出る。僕が住むこのおんぼろアパートの近くには、確か白色の猫がいたはずだ。猫を思いっきりかわいがってやりたいと思う。猫をこころゆくまま愛でたいと思う。


 アパートの近くをうろうろしていたら、猫ではなく大山崎さんと出会った。大山崎さんはアパートの前の大きい置き石の近くで、猫のように背中をまるく丸めながら座っていた。軽く会釈をしてその場を通り過ぎようとしたら、呼び止められた。


「あ。有山くんだ。あけましておめでとう」
「あけましておめでとう」
「有山くん、今暇? 」
「暇ってほど暇じゃないけど……、な、何かあるの? 」
「いやぁ別に何があったってわけじゃないんだけどね……。ちょっと話聞いて欲しいんだよね……。彼氏に二股かけてたのがバレちゃってさぁ……」
「あ、うん…。って、えぇ…?! 」
「あはは」
 彼氏もいたことなさそうで、純朴で地味な大山崎さんが、まさか二股なんてしているとは思わなかった。人間、見かけではわからなさすぎる……。
 どうして大山崎さんがこんなところで一人背中を丸めているのかと思ったけど、よく考えてみればアパートの僕の隣の隣の部屋に大山崎さんは住んでいたんだっけ。それで、彼氏に二股がバレで、打ちひしがれてアパートの前の大きい置き石の近くで猫のように背中を丸めていたのだろうと思う。まあ、多分きっとそうだ。あまり深入りして聞こうとは思わないけれど。


「彼氏に二股かけちゃってたのがバレちゃってさ、それが大晦日の前の日の話。私、こっぴどく彼氏に叱られちゃってさ、でもあなたが私にかまってくれないから、寂しくなって私は浮気しちゃったんでしょ?! って逆ギレしてみたら、思いっきり怒られちゃってさぁ…」
「あ、あはは。そうなんだ」
「そうなの! ほんと、そうなの! 」
「あ、あはは」
 どんな話を聞いてもあははと愛想笑いをすることしかできない。だから僕は誰とも親密な関係が築けないのだろうと思う。


 恋人がいる人間の考えることはよくわからないし、恋人がいるのにそれを差し置いて浮気をする人間の心理はもっとよくわからない。
 人生についてはもう全くわからない。何がどうで、何が幸せで、何をどうすれば幸せな人生を送れるのだろう? というか、人生って何なんだ?
 というか、恋人はおろか人生どころか、何もかもがわからない。というか、わかることの方が少ない。大体のものがよくわからない。
 自分の感情さえもよくわからない。何をすれば楽しいと思うのかわからない。
 何をすればハッピーニューイヤー!と浮つく世間に対する嫌気をかき消すことができるのかも、よくわからない。わからないことだらけだ。


 だけど、誰かにかまってもらえることだけは、どんな時でも嬉しいと感じるように思う。というか、誰かにかまってもらえる嬉しい。
「ああもう、嫌になっちゃう。これだから彼氏って生き物は……、どうして男は……」
「あはは」
 誰かにかまってもらうことが至上の喜びです、だなんて、大学生にもなるのに随分と喜びの幅が狭い奴だな、と思う。
 だけどそれが僕だった。いつだってかまってもらいたい。だから彼氏にかまってもらえないから別の男に浮気をする、という女子の心理も、少しだけわかるような気がする。
 ……そのことを、今この場で口にしようとは思わないけど。


「それでさぁ…有山くん、今暇? 」
「まあまあ暇かな」
「じゃあさ、もしよかったら今から家に来ない? 友達もみんな帰省しちゃってさぁ……。彼氏にはLINEもメールも無視されちゃってるしさぁ……。お正月は彼氏と過ごす予定にしてたから、全く予定入ってないし……」
「うーん、どうしようかな」
 どうしようかな、なんてもったいぶってみたけれど、そんなの返事は「行く」という二つ返事に決まっている。
「有山くん……? 」
 少し考え込む仕草をする僕に、大山崎さんが話しかける。ベージュ色のコートの下のスカート。そのスカートから伸びる黒いタイツに包まれた太ももをみると、途端に劣情を催しそうになってくる。
「じゃあ暇だしお邪魔させてもらおうかな」
「やったぁ! 」
 あれ、大山崎さんってこういうキャラだったけと思いながら、まあ彼氏にこっぴどくやられてだいぶ神経がおかしくなれば、人間誰しもこんな風になるのだろうと自分を納得させながら、僕は大山崎さんと一緒に大山崎さんの住む部屋に向かって歩を進めていく。
 この部屋に入った先の出来事に、内心期待を抱きながら、僕はそれを悟られぬように、なるだけ心を落ち着かせながら歩を進めていく。だけど隣の大山崎さんは、そんな僕の心の内なんて知ろうともしていない様子だ。きっと、大山崎さんにとっては正月の予定が埋まれば、誰と何をしていたってどうだっていいのだろう。
 「有山くんは、いてもいなくてもどっちでもいい人間だね」という大山崎さんの言葉の通り、大山崎さんにとっての僕は代わりのきく人間なのだろう。
 だけどそれでもいいと思う。なぜなら誰かにかまってもらうことが僕にとっての至上の幸せなのだから。僕が代わりのきく誰かだったとしても、誰かにかまってもらえればそれでよし。


 大山崎さんの部屋に入って、大山崎さんに導かれるままに洗面所で手を洗って、そしてこたつに入った僕は、猫のように背中を丸めていた。
「うわ有山くん、猫みたい」
 背中を丸めた僕の姿を見て、大山崎さんは大袈裟にそうつぶやく。
「いやでも大山崎さんも、さっき大きい置き石の前で猫みたいに丸まってたじゃん」
「あっ、そうだっけ。あ、そうだそうだ。テレビでも観よ観よ」
 僕の話を聞いてるのか聞いてないのかわからないけれど、大山崎さんはこたつの前にあるテレビの電源をつける。
 晴れ着に身を包んだたくさんの芸能人が、赤色の雛壇の上に座りながら笑っている様子が映し出されている。雛壇に座る芸能人の軽快なトークを、僕と大山崎さんはぼんやりと聞いていた。
「あ、私気付いたかも」
すくっと立ち上がった大山崎さんが、つぶやくように声を発する。
「気付いたって、どういうこと?」
「……正月って、結構つまんない」
「あ、それ……。うん……。すごいわかる」
「だよね」
「うん。あ、あはははは」
「あはははは」
 僕と大山崎さんは枯れたように笑った。初笑いだった。
 一月一日、新年初日。あけまして、そんなにおめでたくなかった。
 お正月はつまらなかった。だけど、誰かと話していると、この正月のつまらなさも、人生のつまらなさも、少しはやわらいでいくような、そんな気がしていた。
 あけましておめでとう。
 僕に関わるすべての皆さん、今年もこんな僕をよろしくお願いいたします……。



<終わり>



       

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