「あのさ!今日学校終わったら一緒にサイゼリア行かない?……急すぎるな…市の図書館に村上春樹の新作入ったから借りにいこっ…ダメだ、ミドリちゃん漫画以外本読まねぇし…うーん」
――男子トイレの洗面台の前。鏡の前に立った俺は台を掴んでミドリちゃんに声を掛ける練習を繰り返していた。5時限目が終わり今日の授業もあとひと教科で終わる。
彼女は帰りを友達と帰るので俺に与えられたチャンスはほとんど残っていないと言っても良い。緊張して胸の奥から不快な唾がこみ上げてくる。俺は洗面台に粘着質なソレを吐き出しながら、前回過ごした週末を思い出した。
―何度も経験しているがやはり死が目の前に迫ってくる感覚というのは言葉で伝える事は難しい。俺は部屋で毛布を被りながら何度も何度も彼女に自分の気持ちを伝えられなかった事を悔みながら土曜と日曜を過ごしていた。
そして週明けの朝に何の前触れも無く、あの憎たらしい隕石が降ってきて目の前が真っ白に消し飛ぶ。そして金曜日の朝に目覚ましの音で意識を取り戻す。どうして?これだけの人間がいる中でどうして自分だけ?
とうとう考えるも嫌になって俺は自分に与えられたチャンスを生かそうとしてチャレンジする。このままだと悔いが残って死んでも死に切れない。
でも、
「なんだよ、おっさんがゲーゲーえづいてると思ったらハクトか。もう授業始まるぞー」
後ろから気配がして振り返ると無気力な脱力系男子、山田蘭丸がけだるい表情を浮かべて手を洗う順番を待つようにふらふらと立っていた。
「さっきのアレ、聞いてた?」
俺が尋ねると蘭丸は右耳のイヤホンを外して俺に向き直った。
「んーん、全然。ハクトが想いを寄せる上条ミドリちゃんをデートに誘うリハーサルしてた所なんて全然見てないよー」
この野郎、一部始終見てたんじゃねーか。俺は恥ずかしくて髪を掻き毟る。
「きっかけが掴めないんだろ?」
重量の無いふわふわした蘭丸の声で俺は顔を上げる。あいつが外した片耳のイヤホンからは ART-SCHOOL の SWAN SONG が流れている。
俺は心の内を見透かされたのが悔しくて笑って誤魔化そうとした。
…彼女なんか居なくたって良い。友達がいれば良いさ。でもな、友達がいつの間にか彼女になれば最高だよな。
だからまずは友達になりたい。でも話しかけ方が分からない。
「そんなの誰も知らない」
蘭丸が再び俺の心を見透かして言った。蘭丸よ、お前はどうして俺が今考ている事が分かるんだ。マジでエスパーなんじゃないかコイツ。すると頭の上で授業開始を告げるチャイムが鳴り響いた。
「とにかく今のうちにそのストーカー癖治さないとマジでミドリちゃんどころかクラスの皆からハブられるから。行き成り誘うのが無理だったら友達から始めればいい」
…確かに蘭丸の言うことは一理ある。でもあと3日で人類は…俺はぎゅっと両手を握り締めて決意を固めた。
「ミドリちゃんは移動教室で2階の廊下にいるよ」
洗面所を駆け出した俺の背中に蘭丸の細い声が届く。きっかけ?話し方?そんなの俺もわかんねぇよ。
とりあえずあの子の前まで言ってなんとか言え!
「水星って公転早いですねー」とか言え!
気持ち悪くたっていい!キモいと思われたってもいい!
それが嫌だったら告白しないうちにフラれろ、諦めろ。
諦められないんだったら普通にあの子に話しかけろ。
「上条!…さん!」
誰もいない廊下の途中、お団子頭の女の子が歩みを止めてゆっくりとこっちを振り返った。彼女は少し驚いた顔で俺を見上げていた。
「あの!」「あの!」
ほとんど同時だった。彼女がほとんど面識が無いはずの俺に向かって精一杯の声を出した。「えっ?」びっくりして俺はその場でフリーズ。
「藤木ハクトくん!良かったらさ、週末に私とジョリーパスタ行かない!?」
真っ赤な顔で彼女が何度も練習したであろうその言葉を振り抜いた。彼女、上条ミドリちゃんは、すっとぼけたフリをして俺の気持ちに気付いていたのだった。
「まいったな」
俺は首を傾げながら正面を向き直ってモニター越しに手を差し出しながらキミに尋ねている。
「皆さん、コレどう思いますか?」
週末のデッド 終わり