Neetel Inside 文芸新都
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僕の狂ったエネルギー
土曜日だしニンニク食べたい

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チャプター1
サービス業に従事している俺にとって、ニンニク料理はキャビアよりも愛おしい。
金曜日と土曜日しか食べられないっていう希少性があるから。
入社当初は鼻の利く上司によくニンニク臭いぞ、とその臭気と気遣いのなさを咎められては陳謝していた。
にんにく臭いイメージがついてたから、もはやにんにくを食ってなくてもにんにく臭いと言われる始末。
「またニンニク食べただろ?」
「今日は普通に臭いだけです。」
「じゃなおさらダメだな。」
「すみません。」
小林製薬から人体にも使える芳香剤が発売されたら常用すると思う。


※小林製薬:大阪市中央区道修町四丁目に本社を置く、医薬品と衛生雑貨(トイレタリー)の企画・製造・販売をおこなう日本の企業である。
コーポレート・スローガンは「"あったらいいな"をカタチにする」。


チャプター2
そんなことがあって土曜日はニンニク料理に心が惹かれがちになる。
大学入学直後の女子大生が、髪を栗色にしてしまうような感情。
自由を有効に使わなければならないという強迫観念の奴隷になっていた。
日が沈む頃、俺は電話を掛けた。そしてバカ丁寧に聞いたんだ。
-今日、カツオのたたき食えますか?-
-はい。お待ちしてます。-

財布の中に並ぶ紙幣。
100円均一で買った100円の黒い指出し手袋。
ジーンズみたいに分厚い靴下。
自転車のカギとGショック。
そして、乾かしておいた喉。
俺は一人で飲むために自転車のペダルを回し始めた。
リオ・デ・ジャネイロにも届きそうな勢いで、クイック・カヌーみたいにせかせかと。


※クイック・カヌー:クイック・カヌーという言葉は無い。


チャプター3
17時30分。
L字型のカウンター8席は90%埋まっていた。
俺はL字の長い辺の席に座った。
さっき電話くれたお兄ちゃんね。はいどうぞ。
ドイツみたいにぬるいサッポロビールと
ホカホカの藁焼き鰹のタタキが提供された。
そして、生のにんにく。
大将が俺に「正しい食べ方」をレクチャーしてくれたけど、
それを聞いている俺の口の中はすでに藁焼きの香りとイノシン酸によって統治されていた。
ニンニクの辛味をビールで緩和する作業を繰り返した。
その時、太平洋で一番幸福な男の顔になっていた。


※イニシン酸:鰹に含まれるうま味成分。


チャプター4
食べるのに夢中で気付かなかったが周りの客はみんな関東から来ていた。
左側の夫婦は東京、右の女性は神奈川から一人で飛行機で来たんだとか。
どうして一人で旅行されるんですか。
パンドラの箱を開けるように東京夫妻が訊いた。
私、夢があるんです。栗を扱う商売がしたくって。
へえ。栗をね。なんでまた栗を…。
あの、話すと長いくなりますが…。
大将がパンドラの箱に蓋をするように言った。
タタキが冷えてまずくなるからしゃべらずに食っておくんなはれ。
もっと食って飲んで、稼がせてや。
東京夫婦と栗女の口に運ばれた大きめのカツオの切り身は
ゴブストッパーの役目を果たした。
顔が映るくらい満たしていた俺の醤油皿は
もう底が見えるくらい減っていた。



※ゴブストッパー:北米生まれの巨大キャンディ。口に入れるとしゃべれなくなる。

       

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