Neetel Inside 文芸新都
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 最後に少し残ったお湯割りを一気したのが効いたのか、かなり酔った千鳥足になりながら、三人で連れ立ってタクシーに乗った。三人で乗った後部座席は真ん中に座った寧々ちゃん、がかなり私側に詰めてきて狭くて、途中コンビニででも缶ビールが欲しくなるような密閉空間だった。だけどここで私が乗っている人たちを全員殺して車のロックをかけても密室殺人事件にはならないのだろう。気持ち悪さは殺人事件並みなのに、私は笑いが零れて来ていて、二人の会話に口を挟まなかったのでただの愛想の良い人になっていた。
 タクシーはそれほど走らず、近くの高級クラブが立ち並ぶ場所で止まった。おじさんが支払いをするので一番最初に私が降りて、二人を待った。ゆっくりと降りてくる二人は腕を組んで、歩き出して、除け者にされた気がしながら後ろに続いた。薄汚れていそうでいながら、一足ビルの敷地内に入ったら格式しか無さそうなビル群の中、すぐ前のビルのエレベーターに乗って、二階に辿り着いた。二階なら階段でもいいじゃんか、と思う無粋を押し込めて、エレベーターのすぐ前、ドアマンのようなスーツを着たガタイの良い男性に、いらっしゃいませミハヤ様、と言われておじさんは軽く左手を上げた。ミハヤってどんな漢字を書くのだろう、とおじさんの顔を見る。
 扉は開かれ、煌びやかな世界が垣間見えたところで、ドアマンを見ると、驚いたような顔をしていた。
「え、滝澤?」
「ん??そうですけど??」
 ドアマンはしまった、という顔をしたが、それに何故か寧々ちゃんが食いついた。
「えーーー二本松君知り合い??凄い偶然!」
「知り合い?」
「あーえっと、はい、中学の同級生で」
「そうなんだ、じゃあ同郷同士の再会って凄い貴重だね、社長凄い偶然作り出したんですよ、社長凄いです!」
 おお、流石という顔をしていた私は、よくわからないが中学校の同級生と再会しているらしい、このドアマンの顔を全く思い出せないが。寧々ちゃんが上手い事おじさんを室内に入れて、私は二本松君といわれる人とドアとエレベーターの三畳くらいのスペースに二人きりにされた。黒い石が入っている床は綺麗にピカピカ輝いていて、重厚そうな扉が私の侵入を防いでいるようだ。
「ごめんなさい、私記憶力が低くって、二本松君、だっけ」
「いや、あーっと一緒やったつーか、一回も同じクラスはなった事ないよ。ごめんな、俺の記憶力がアレなだけ」
「マジーかーーーそっかーーー同じ中学なら同郷か、うん、懐かしい、二本松とかそれっぽい」
「それっぽい、って……、ごめんな邪魔して」
「いや、いいの、何かわかんないけど居酒屋で意気投合したおじさんに連れてこられただけだから!」
 語気を強めて笑うと、ドアマンである二本松君も笑った。縦横に大きい彼が笑うと母性本能がくすぐられるようだ。私は彼と反対側の壁に勢いよく背中からもたれかかると、大きな溜息をついた。
「てかここからお願いね、私何かあのおじさんに気に入られて連れてこられたんだけどさ、あの寧々ちゃんとか言う人に迷惑かかりそうだしテーブル行きたくないんだよね、二本松君がどれくらい力持ってるか知らないんだけどさ、こういうお店ってバーみたいのない?私そこで一、二杯くらい飲んで多少売り上げに貢献して帰りたいんだよね、どうにかなんない?」
「おお、明け透け。そうか、とりあえずバーはある。そこに案内するよ」
「なるほど、力は無いってことね、オーケー、じゃあ私は今から酔っ払いになるわ」
「は?」
 勢いをつけて壁から身体を離して、二本松君の腕に抱きつく。そしてそのまま自分で重苦しい扉を開いた。
「ちょ、滝、澤!」
「すごーーーいーーー、一緒に飲もーーーー!!あはっははは!」
 腕をそのまま引っ張って、目に入ったバーの高めの椅子に座った。隣には直立不動の二本松君が立つ。座ったバーの前にはバーテンダーと思わしき初老の男性が立っていて、表情を崩さずにいらっしゃいませ、と頭を下げた。そしてとても自然にコースターを私と二本松君の前に置いた。
「どーもー。このドアマンの彼と同郷だったので一緒に飲みたいなーって思ってー良いですよねー?」
「ええ、うちの二本松も光栄でしょう、今ドリンクメニューをお持ちいたします」
「お願いしまーす!」
 このようなクラブに不釣合いな声を張って、存在を強調しながらバーに座った。雰囲気を壊してしまったかもしれないが、保身に走った私にはさした問題ではなかった。高い位置にある椅子に座って、渡されたメニューを開くと値段が書いていない一覧があった。オリジナルカクテルと名付けられたよくわからない名前のものを頼んで、二本松君にメニューを渡すと、彼は観念したようにビールを頼んだ。
 私は彼の左耳に口を寄せると、ぼそぼそと呟いた。ごめんね、同郷の話はわからないから私の身の上話でも笑顔で聞いていて、ホントごめんね。そう言うと彼は困ったような笑顔で頷いた。そこから声のトーンは呟くように落とした。落としていても酔っ払いの音量調節だ、きっと上手いこといっていないとわかっていた。
「二本松君久しぶりだねー、こういった場所で働いているなんて知らなかった。え、私?私はそうだな、数ヶ月前に出てきたの、こっちに。仕事はうーん、デイトレーダーってことにしておいて、ふふっ、そんなに儲けられないから、多分。てか逃げてきたのよ、あの田舎から。だって凄く怖いの、二十代後半で結婚していないことが殺人くらい重罪で次々に男性を紹介されるの。あそこの普通は私の異常なの。彼らの普通は私をずっと蝕んでいくの。常識ってよくわからない、だって場所で違うもん」
「そう、だな」
「郷に入りては郷に従えっていうけれどさ、従う仕来りが信じられなかったら無理だよね。数年都会で住み慣れちゃったら、どうも十年ちょっとも住んでいたはずの田舎が異質になっちゃうんだ。慣れって怖いよねー、慣れてさ、そのルールが普通になっちゃったらさ、異常が普通に、普通が異常になっちゃうの。どっちが正しいかなんてわからないけれど。あれ、ほら、スタンフォード監獄実験と一緒。映画なったやつ。あれ?あれって役割分担すると、どんどんその役に没頭して精神蝕むって話だっけ、あれ、わかんない、ごめんねー」
 一息に思った事をそのまま言葉にすると、二本松君は苦笑いをした。言い終わると同時にお酒が来て、にっこり笑って受け取ると口を付けた。甘ったるいオレンジジュースみたいな味が舌に広がって、美味しい、と笑った。もう何でも美味しい、甘くても苦くても。細長いカクテルグラスに入ったオレンジ色の液体が同じような色をした氷の隙間に入っていて、飾りオレンジとよくわからない赤色の飾りが付いたままになっている。お通し代わりなのか、白い小さなスクエア皿が二枚、ナッツが入れられたものと、何も入っていないものが出てきて、空の皿にカクテルの飾りを引き抜いて入れた。
 二本松君を見ると、ビールに口を付けていて、苦笑いをしていた。こちらもナッツに手を伸ばして口に入れる。
「固っ、あ、これ殻付きか」
「ピスタチオだよ瀧澤さん」
 吹き出すように二本松君が笑って私も笑う。ピスタチオを親指と人差し指で口から出すと、皿にそれを置いた。綺麗な皿に汚い唾液と噛み跡が付いた殻がのる。口の中に油が広がって、甘いカクテルで押し流すと少し重たくて胃が苦しい。重苦しい胃を軽減したくて、よくわからなくて、口を動かす。
「美味しいねー、美味しいですこれー。ふふ、私こういうお店来たの初めて、お洒落で気後れしちゃうね」
「そんな……」
「気楽にお過ごし頂ければ嬉しいですよ、こちらも」
「えーありがとうございますー。でもあれだね、よく二本松君私だってわかったね、結構中学から年月経っているからそこそこ老けたと思うんだけど。あんまり変わらないのかな、私、アラサーなのに。そろそろ大人の魅力?みたいの出てもいい頃だよね。変わらないって怖いね。うん、変わらないって凄く退屈だと思っていたんだけどさ、この歳になると変わらないって怖いんだよね。自分のことだけどさ、普通年数が経ったら人間って成長か劣化かするじゃない、それは風景とか社会とかも同じなんだけどさ。これだけ自然災害やら国際化やらで多種多様に変化している世の中で何年も変わらないって恐ろしくておぞましいことだよね。ずっと立ち止まったまま、みたいな。ずっと私は取り残されているみたいな」
「瀧澤は、変わったけど変わってないよ」
「そうかなぁ」
 勢いをつけて喋る、カクテルを飲む、笑う、その繰り返しで息を繋ぐ。相手の話を聞くなんて高度なコミュニケーションテクニックは持っていないので只管喋る。それは相手が店員だから出来る悪手だ。
「ご歓談中失礼します、ミハヤ社長が呼んでいらっしゃいますので、申し訳ありませんがあちらの席にお願い出来ますか」
 食べようとしたピスタチオを持った状態で後ろを振り向くと中年のスーツを来た男性が胡散臭い笑顔で私を見ていた。少し視線を動かすと奥の席におじさんが見えて、片手を上げていた。何てスマートだと思っていたのに、面倒臭いジジイだ、と顔が曇る。それになんだそのあの席行け、みたいな不躾、敬語として正しいのかしら、とキャバ嬢扱いするんじゃねぇと思いながら溜息をつく。はいはい、そりゃあ常連の男性と一見さんの煩い女とを天秤にぶら下げたら勢い良く常連さんに傾きますものね、私は大手企業のご令嬢ではないですものね。
 それでも表情筋を持ち直して、笑顔を作って席から立ち上がる。残りのカクテルを一気して、上唇に氷をぶつけてからごちそうさま、と言ってスーツの中年男性に連れ立った。楽チンパンプスは久しぶりに柔らかい絨毯を踏んで、おじさんの下に辿り着いた。席に着いている寧々ちゃんを含めた女の子達は笑顔で私を迎えてくれて、困ったほどに客商売に慣れた方々だ。 
 重厚感のあるソファー、おじさんの隣に寧々ちゃんと反対側に煌びやかなイブニングドレスのようなロングドレスを着た女の子、眩しくて目が細くなってしまいそうだ。光り輝くものは粉々に壊してしまいたくなるので、硝子を叩き割ってそこを裸足で歩きたくなる衝動に駆られる。

       

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