田中 蔵人は現在貧困の真っ只中にあった。
クラウドソーシングサイトに登録された記事案件の募集も明らかに減り、日を追うごとに時給が減っていった。
「500文字75円か……」
あれだけ毛嫌いしていた一文字0.2円以下の案件にも手を出さなくては生活していけない。
それほどまでに蔵人は切羽詰まっていた。
2か月前の出来事だ。
ライティング業界を震撼させたあるニュースがネット上を駆け巡った。
大手IT企業が運営するヘルスケア関連のまとめサイトが、外部の業者に記事を発注して、医師の監修も受けずにでたらめな記事を大量掲載していたのだ。
蔵人にとっては、耳の痛い話だった。
しかも大手企業のヘルスケア記事の依頼と言えば、あの時断った依頼そのものではないか。
「あの時手を出したら今頃どうなっていたか……」
一歩間違えば不正行為の片棒を担がされるところだった――
そのときは、当事者ではない自分とはあまり関係のないニュースだろうと軽く流していたが、それから二か月経った今、事件の影響はクラウドソーシング界全体に緩やかに広がっていた。
一番顕著な影響は、日に日に案件が少なくなっていることだ。
案件が少なくなる時期は以前から何度かあったが、これだけ長い期間、日を追うごとに案件が少なくなっていくのは、明らかにこの事件の影響だろう。
記事作成時の注意事項にも、やたらとコピペやリライト(元の文章を参考にしたり書き換えたりしてオリジナルな記事を書く行為)は厳禁、不正行為が発覚したら運営に通報という言葉が目に付くようになった。
そう、悪いのは、コピペやリライトでもしなければまともに稼げないほどの安い値段で仕事を発注するクライアントではなく、あくまでも記事を書いたライターに全部責任があると、仕事を発注する側は言いたいのだ。
かといって、本当にコピペリライトをして訴えられたライターがいるのかは定かではない。
恐らく、裁判費用がもったいなくて本当に訴えてくるクライアントなどいるわけがないが。
「そのうち生活保護の申請にでも行くか……」
そう言いながら蔵人は、猫はなぜしつけをしなくてもトイレの場所がわかるのか?という内容の記事を書き始めた。
続く