鬼龍炎転〜二神と二人〜
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この世界で何が1番怖いか…。ヤクザ?違う。指名手配犯?違う。猛獣?違う。政府?違う。この世界で最も恐ろしいもの、それは退屈だ。
平和な毎日だけがズルズルと流れていく。そんな退屈な日々に価値はない。限りある命を無駄に捨てているだけ。どうせ限りがあるのならもっと有効に命を燃やしたい。
黒髪男「…なんてな」
男は芝生の上で寝転がりながらそんな事を考えていた。
彼は鬼城ユウヤ、何処にでもいる高校3年生…ではない。彼は普通の人間とはとても思えない能力を持っている。そのせいで周りの人々からは恐れられ距離を置かれ、挙句の果てに付けられた名前が。
ユウヤ「こんな事ばっか考えってから"鬼"なんて呼ばれちまうんだろうな…」
この話はそんな少年の事を綴った物語である。
〜〜〜〜〜〜
ユウヤ「進路…どうすっかな…」
ユウヤは橋の真ん中で下を流れる川を眺めながらそう呟いた。
ユウヤ「…どうせ進学も就職も無理か、どこも入れてくれねぇだろうし」
ユウヤが振り返り帰路につこうとした瞬間、世界が凍った。そう、何もかもが凍ったのだ。川も風も時も、何1つ音が聞こえない無音の世界。この停滞した空間で動けているのは彼1人。
ユウヤ「…は?なんだ?」
ユウヤ(川が止まって…いや、これは…)
ユウヤ「夢か…?」
すると、その瞬間何処からか声が聞こえてきた。声の高さから考えて女性と思われる。
「残念!夢じゃないよー」
ユウヤ「!」
ユウヤは辺りを見渡した。しかし、声の主は見当たらない。
当然だ。何故なら声の主はこの世界に存在しない者なのだから。
ユウヤ「誰だ?出て来いよ、俺にドッキリ仕掛けて驚かせたかったなら大成功だ、超驚いた」
「ごめんねー?姿は見せれないんだー、干渉出来るのは声ぐらいかな」
ユウヤ「そりゃ残念だな、声を聞く限り美人さんっぽかったから姿を拝んでおきたかったんだがな」
「嬉しい事言うねー!また今度ね?」
「さて時間も無いしサクサクッと本題伝えようか」
「君、今の世界で満足?」
さっきまでのおちゃらけた声では無く真面目なトーンでそんな事を問いかけてきた。
ユウヤは即答でこう答えた。
ユウヤ「満足な訳ねぇだろ、こんなクソ退屈な世界」
「…」
5秒間の沈黙。時が止まっているせいなのかは分からないが、たった5秒がかなり長い時間に思えた。
「ならさ、こっち側においでよ」
沈黙を破り声の主はそう言った。
ユウヤは意味が分からずこう聞き返した。
ユウヤ「こっち側って…どっち側だよ」
ごもっともである。
声の主は説明しだした。
「君のいる世界は君にとって凄く窮屈な世界なんだ、君は生まれる世界を間違えた…だから私が君を本来生まれるべき世界に連れてってあげる」
ユウヤ「生まれるべき世界…?」
「うん、いの…ってヤバイ!もう時間が無い!」
ユウヤ「…は?」
声の主は急に慌てだしユウヤに返答を求めた。
「こっちに来ない!?こっちの世界なら君に退屈させないよ!?」
声の主の焦りように少し動揺したユウヤだったが答えは既に決まっていた。
ユウヤ「どうせこっちじゃ満足出来なさそうだし、いいぜ」
ユウヤ「お前の世界に連れてけよ」
その瞬間世界に温度が戻ってきた。川が流れ、風が吹き、時が動き出した。何もかもが元通り。
彼が消えた事以外は…。
気が付くとユウヤは草原に寝転がっていた。辺りを見渡す限り人工物の類はまるで無い。ユウヤは驚愕し、それと同時に高揚した。まさか本当に異世界に来れるなんて思ってもなかったのだから。
ユウヤ「…マジで来れたのか」
夢の可能性を考えたがこんなハッキリした夢を見る訳が無い。現実だ。
だがユウヤに1つの疑問が浮かんだ。
ユウヤ「俺を呼んでくれた女はどこだ?」
誘っておいて1人草原に放り出すという事はチュートリアルやヘルプ無しでゲームプレイしろという事なのだろうか。などと考えていても仕方ないと思いユウヤは考える事をやめた。
ユウヤ「…取り敢えず人の居る所を探すとするか」
〜〜〜〜〜〜
どれ程歩いたかな…。何時間? 何日間? それすら分からなくなるほど歩き続けたって事か? まぁともかくだ。今はそんな事よりやる事がある。
ユウヤ「め、飯だ…飯が食える…」
大食いチャレンジをしても余裕で完食出来る気すら起きている程、お腹が空いていた。飲まず食わずここまで歩いて来ていたら、それぐらいの状態になって当然だろう。
ユウヤ「飯屋…!」
ユウヤは近くにあった飯屋に猪突猛進の如く突っ込んでいき、すぐさま注文をした。
ユウヤ「おっちゃん! 何でもいいからじゃんじゃん持ってきてくれ! 」
「え…? あぁ、分かったよ」
店の店主も少し戸惑ったが了承し料理を作り始めた。
5分ほどで料理が出てきたがユウヤにはかなりの時間だった。そのせいか出てきた料理をもの凄い勢いで平らげた。それを見て店主は料理の出すスピードを上げた。
ユウヤ「おかわり!」
「は、はいよ」
ユウヤ「次!」
「はい…」
ユウヤ「もっとだ!」
「は、い…」
わんこそばだ。まるでわんこそばの流れだ。いや、この場合、逆わんこそば…だろうか?
この流れはユウヤが蓋を閉めるまで止まらないだろう。
〜〜〜〜〜〜
1時間ぐらい経っただろうか。ようやく食事が終了した。ユウヤは幸せそうな顔で座っていたが料理を作っていた店主は死にかけのボクサーみたいに椅子に腰掛けていた。
ユウヤ「ふぅ…美味かったぜ、おっちゃん」
「そ、そうかい…それは良かった…」
店主は死にそうな声でそう言った。そして次の店主の言葉を聞きユウヤは顔面蒼白になっていった。
「お代はこれね…」
持ち合わせが無かったのだ。それに伝票には1万と書いてあるが果たしてこれが円なのかドルなのか、はたまた別の通貨なのか、まずはそこから聞いてみることにした。
ユウヤ「…なぁおっちゃん、この国の通貨ってなんだっけ?」
「なんだい? 急に…」
不審な顔をしながらユウヤの方を見る店主。ユウヤは咄嗟にこう言った。
ユウヤ「俺さ、色んな国回ってるからどの国のどの通貨か、たまに分からなくなるんだよ」
「へぇ、お前さん、旅好きかい?」
ユウヤ「あぁまぁね、で? 通貨は?」
「円だよ、今払うかい?」
通貨は向こうと一緒みたいだ。金銭の計算に支障が出なくて済んだ。が、今払えるかどうかはまた別の話だ。
ユウヤ「い、いや、ちょっとゆっくりさせてくれ、流石に食いすぎて動きたくないんだ」
「そうかい、まぁゆっくりしてきな、どうせ客なんてほとんど来ないからね」
そう言った店主の顔は悲しげの中に恐怖といった感情が見えた。疑問に思ったユウヤが店主に問いかける。
ユウヤ「なんでだ? こんなに美味い料理で、店の雰囲気も悪くない…何か他に理由でもあるのか?」
「タチの悪いチンピラが居てね…そいつらがここを溜まり場として使ってるんだよ…おかげでまともな客は誰1人居なくなったよ」
「この世は完全実力世界…おじさんみたいに弱い異能しか持ってない人は強い人に従うのが運命なんだよ…」
実力世界? 異能? 訳の分からない単語が出てきた。ユウヤは店主にそれとなく尋ねてみると、どうやらこういう事らしい。
この世界には異能という能力を誰もが持っており、その異能を使って全ての争い事決め事を決闘(デュエル)で決着をつけるみたいだ。強い者が上にのし上がって行き、弱い者は喰い荒らされるエサになる、これがこの世界の仕組みらしい。
「あいつらが来なければ、うちももう少し繁盛していたと思うんだけどね…」
その時大きな音と共に入口のドアが吹っ飛んできた。入口には3人程のガラの悪い感じの男達が立っていた。
3人組が店に入って来ると店主の顔が強張る。それを見たユウヤはこいつらが例の奴らだと気付いた。
「おっさん、コーヒー3つに灰皿な」
1番先頭に立っていた茶髪の男がそう言い放ち店に入って来た。
「はい、ただいま…」
さっきまでユウヤと会話してた時よりも声が小さくなっている。それ程この3人組が怖いのだろう。ユウヤはそれを黙って見ていた。
「しっかし、ここら辺も随分と静かになっちまったな」
「そりゃ俺らが手当り次第決闘挑んでぶっ潰してるからじゃん?」
「俺らが怖くて村から出て行った奴もいるみたいだぜ?」
そんな会話を聞いていた時、気になる情報が出てきた。
「そういやさ、東の鳴神帝国に"転移"の異能を持った奴がいるんだってよ、なんでも自分以外なら人でも物でもどこからでも転移させる能力で、それが例え別世界からでも転移は可能なんだってよ」
「へぇ?それはちょっと面白そうだな」
「デマだろ?」
この3人組はここに座っているユウヤが異世界から来た男などとは想像もつかないだろう。
「本当はどうなのか分かんないけど、もし本当なら連れ去って言う事聞かせてその別世界とやらに連れてってもらおうぜ?」
「バーカ、もしそれが本当ならとっくに騎士団の奴らに強制保護されてるっての」
「異能は強い方がいいけど強過ぎる異能は自由が無いからな〜…」
〜〜〜〜〜〜
ひとしきり話を聞き終わりある程度の情報を手に入れ、やる事をまとめた。
まず1つめ、東の鳴神帝国に行き仕事を探す。今は金を集める事が何よりの優先事項だ。この国の中心地らしいから仕事も沢山あんだろ。幸い距離もそんなに離れてないし1日歩けば着ける程だな。
2つめは俺を呼んでくれた女に会う。呼んでおいて草原にポイッは流石にイラッとしたから文句を言いに行く。
3つ目は…
「あ?なんだお前?」
ユウヤ「あんたらこの辺で1番強いんだろ?相手してくれよ」
自分がこの世界でどの程度の力を持ってるのかを知る事。一応異能?は持ってるがそれがこの世界でも通じるかは分からない。だからまずはこいつら相手に試してみるか。
「おーおー、気合の入った兄ちゃんだな?」
「やってやるよ、表出な?」
この流れでこの店での会計を支払わずに姿を消す事も考えたが、なんとなくここでは心に棘を残さずに去りたいからな。それに俺の腹の危機を救ってくれたおっちゃんにそんな真似出来ないってのもあるな。なら聞くだけ聞いてみるか。
ユウヤ「…なぁ、どうせやるなら何か賭けでもしようぜ?」
「賭け?」
「面白そうじゃん、やってやれよ」
「…何を賭けるんだ?」
ユウヤは迷いなくこう言った。
ユウヤ「あんたらが勝てば俺はあんたらの言う事を何でも聞いてやるよ、パシリからお前らの椅子まで好きな命令を聞く」
「ほう?お前が勝ったら?」
ユウヤ「俺が勝ったら俺が食ったここの会計と、2度とこの店に近付くな」
数秒の沈黙後、茶髪男はそれを了承し2人を連れて表に出て行った。ユウヤもそれに続き表に出ようとした時、店主に呼び止められた。
「お、お前さん、あいつらとは戦わない方がいい、あいつらはとてつもなく強い、お代は良いからそのまま逃げてくれ…」
優しくされるなんて何年ぶりだろうな。いや…十数年ぶりか?まぁともかく、そんな事は問題じゃないって。
ユウヤ「大丈夫だって、俺強いから」
ユウヤは自信に満ちた笑顔でそう答えた。店主はそれを見て安心感に似た何かを得た。それ程ユウヤの姿に力があったのだ。
ユウヤ「んじゃ、やりますか」
ユウヤは3人の待つ所へ向かった。