Neetel Inside ニートノベル
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 さぞや賑わっているだろうと、期待して食堂に行ったみたものの、予想に反して食堂に居る生徒全員は何のことがないように座っていた。というか、楽しそうに会話をしている人間もチラホラ見受けられるくらいで、所詮人の死なんてこんなものかな、と、妙に悲観的なことを思ってしまう。
 食堂自体はとても広い、校舎と同じ清潔感のある白を基調とした壁や、内庭の見えるガラス張りの窓が開放感のある空間を作っている、何より天井が高い。この学園の校舎は基本三階なのだが、この食堂だけは三階分の高さだけ吹き抜けになっており、使いようによってはステージなどでも出来るのではないか、と思えるほどである。
 食事は壁に備え付けられているパネルから、食事のラインナップを選ぶのだが、そのラインナップも豊富で目移りするほどだ。何せ食事だけではなく、お菓子などの間食も完備しているため、歓談にもこの場所を使う生徒は少なくないだろう。
 私たちも、タッチパネルから数種類の軽めのお菓子を選び、清涼飲料水を脇に抱え席に着く。
「はあ・・・」
 と、ため息をつく八峰さん
「どうしたの?」
「いえ、このお菓子のラインナップがですね、そろそろ新しくなってくれないかなあって」
「いいじゃない、別に。間食があるだけ」
 それはそうですけれど。と、八峰は言う。
「けれど、ケーキもクッキーもないんですよ?」
「サブレはあるじゃない」
「最中もです。なんだか、おばさんくさいんですよ、この間食」
 まあ、確かに言われてみるとそうだ。他に、お菓子と一応に言っても、プレーンのカップケーキやビターチョコレート。どことなく質素なものが続いている。
「ケーキなんて、それこそ作らないと用意できませんし。はあ。食べたいですケーキ」
「そっか」
「そっかとは何です! 貴方も、女子なら同意すべきですよ!」
 いや、まあ別に同意しないわけでもないけれど。ただ、私はここで食事をした記憶だけがないから、このラインナップを飽きたと思える八峰さんが羨ましく思うくらいで、特に不満なんて思いつかない。
「じゃあ、作ればいいんじゃないの?」
「今は食材がないです。予約制ですし」
 確か、そうだった。食材は何故か予約制で三日経たないと手に入れることが出来ない。卵や砂糖でも一律三日である。ただ、手に入れるのが難しそうな食事でさえその三日で必ず手に入るので、不便というか、便利というか。柔軟性のない食材調達であることは確かだろう。
「そういえば、作れば言いなんていったけれど、料理できるの?」
「う、出来ますよ。出来ますできます。ウチ盛り付けだけなら誰にも負けませんよ?」
「調理のほうは?」
「負ける自信しか、ないです」
 うるさいですよっ、と座りながら地団駄を踏む八峰さん。まあまあ、と宥めつつ歓談していると、すこし、離れたところの席から一人の女子生徒が近づいてくる。
「あの、大丈夫だったの?」
 そんな風に声を掛けてきたのは、先ほど、私の手を引いてくれた女子生徒だった。
「あーうん。大丈夫? だったかな」
「心配していたのよ、私、放って行っちゃったから」
 なんとも、申し訳なさそうに顔を伏せる彼女に、手を振りながら
「まあ、パニックになってたし、仕方ないんじゃない?」
 といってやる。
「あのお、どなたです?」
 八峰ユズが、顔を覗き込ませてそう言った。
「ああ、紹介するって言うか・・・私を引っ張ろうとして失敗した人」
「紹介としてあんまり過ぎない? それ」
「ずいぶん不遜なのです。この人」
 やれやれ、といった調子に言ってくる八峰さんに、お前は何を知っているんだとも思いつつ。
「あんまり自覚はないけれどね。所で貴方私のこと知ってる?」
 と、カミーナに聞いてみる。
「え、いや知らないけれど」
 予想通りの返答に、一先ず安心していると、座っている机から身を乗り出し、私のほうにあるゴブレットを摘みながら
「いきなり聞くですか?」
 といってくる、八峰さん。
 だから、お前は本当に何なんだ。可愛ければ何でも許されるのか。
「ああ、うんごめん。・・・それじゃあ、何の用?」
 八峰さんにいちいち絡んでも仕方がないと思ったので、カミーナに話を振ると、どうやら、私の問いかけに冷たいと感じたのか、少しうなだれた。
「・・・なんか、根にもたれてるのかな」
「いや、この人の場合、本当にただ親切で聞いている可能性があるです」
「何か、不味かったのかな」
 まあ、うん。ごめんね? わざとではないんだけれどね。
 なんだか妙な照れ臭さが、頬を走ったので、ペタペタ頬を触っていると、カミーナが薄く笑った。
「・・・面白いのね、貴方。それはそうと、お友達にならない?」
 そういう彼女の顔は、少しいたずらめいている。
 急に関係のないことだが、それにしても、この学園には美少女しか居ないんじゃないだろうか。よくよく見ると、カミーナも美人である。八峰の可愛さと比べると、若干劣るが・・・、というか、私何様だろう。劣る劣らないではなく、きっと好みの問題だ。たれ目な割りにハッキリとした鼻、西欧美人のそれである。
「貴方も随分と面白いと思うよ?」
 そういうと、今度はハッキリといたずらな表情を表し、
「『貴方』じゃなくて、私はカミーナ・オルヴェウス。気軽にカミーナでお願いね、・・・・・・イルメラ! こっちに来なさいよ」
 そう、名前を告げた後、先ほどまでカミーナ自信が座っていた席のほうに声を挙げた。すると、その席のほうから、褐色の女子生徒が近づいてくる。
 その表情は少し照れくさそうにしており、カミーナの調子にやれやれといった感じである。
「随分乱暴」
「紹介するわ、この子はイルメラ・ヴェルトハイマー」
 どうも、と頭を下げるイルメラ。丁寧なお辞儀に雑な手の振りを見せる私。
「よろしく」
「私は八峰ユズです、よろしくですよ」
 ユズは、丁寧にお辞儀で返す。なんだか、妙な様相を呈してきた。
 カミーナは八峰の名を聞いて、嬉しそうに微笑む。
「へえ、貴方そんな名前だったのね。何度か授業ですれ違うから、気にはなっていたの」
「そうなんです?」
「小さい過ぎてうろちょろと目障りだったのではなく?」
「なんつー言い分なのです! ちょっと酷過ぎやしませんです!?」
 地団駄を踏む八峰に、どうどう、と宥めるカミーナ。
 なんだよ、可愛いからいじってあげてるのに、そんなに怒ることはないと思う。
 あと、ゴフレットが気に入ったのなら、私のを平らげないで自分でとってくればいいと思う。
「貴方も名前」
「私?」
「気になってた」
 カミーナとユズの陽気さから外れて、イルメラが私にそういってくる。
 うーん、と、変わらぬ調子で頭をひねる私。やっぱり、これだけ名前を聞かれるなら、名前作っておいたほうがいいのかな?
 そんなことを考えていると、八峰は私のゴフレットを食べつくして会話に入ってくる。
「この人に聞いても無駄なのです。何せ自分の名前を覚えていないとか、そんな嘘をついて煙に巻くですよ」
「え、そうなの?」
 驚いた調子で、此方を見るカミーナ。
 ていうか、カミーナも人のところからゴフレットをとるのをやめてほしい。後一枚しかないじゃないか。
「んー。まあそうだけれど、イルメラ、気になってたって言うのは」
「貴方、結構有名人」
 最後の一枚をイルメラが奪い、噛り付くとそう言った。
 へえ、結構有名人ねえ。
 それはつまり、私が記憶を失う以前の話で、今の私のことではない。なんだか、他人事、というか本当に他人のように思ってしまう。
「ふーん」
「まあ、ただあまり良い方の有名人とは言いがたいかも。取っ付き難さで有名だったし」
「只管無口」
「あんなにしゃべらないと思っていたのに、実際話すと意外と気さくなのね」
「そっか・・・」
 今の自分も、そこまで会話が得意な方とはいいがたいが、それでも余程しゃべらなかったんだろうな。というか、カミーナの苦笑いを見ていると、無口というより、意図的に人との関わりをとらないようにしていたのではないだろうか。
 まあ、まったくもって今の私には関係のない話ではある。
 自分のことと思えないのが、外に漏れたのか、カミーナは少し真剣な様子で
「まさか、本当に記憶なくしてるの?」
 と、聞いてくる。
「でも、この学園の事とかは覚えているみたいですよ」
 そう、この学園のことはね。と呟いてみると、なんだか変ねえソレ。と返された。
「事例がないわけじゃない」
 ゴフレットをちまちま食べているイルメラ。まあ可愛らしいんだけれど、それ、私の最後の奴だよな、ていうか、私結局何も食べてないじゃないか。
「そうなの?」
「自分の事柄についてのみの健忘ではなく、社会的エピソードだけを覚えている。というのが表現として正しい」
 どういうことだろう? 自分のことのみの健忘。それはつまり、今までの自分に関する記憶ということだろうか。まあ、確かに私は自分に関する記憶の健忘ではない。今までの事柄に関して、凡てを忘れている。だから、社会的エピソードだけの記憶がある、ということだろうか。
 いや、しかしソレも違うように思える。だって、この食堂でものを食べることでさえ、私にとっては初めての経験なのだ。この食堂に入って天井が高いことに感動を覚えて、そういったエピソードでさえ、きっと初めてこの場所に来たから思うことであって、思い出したわけでもなんでもない。なんだかなあ。
 頭をひねらせても、きっと答えは出ないだろう。私は、健忘に関しての事柄についての思考をとめて、何となく気になったことを聞く。
「それにしてもイルメラは記憶に詳しいんだ」
「記憶喪失、憧れる」
「なんでです?」
「かっこいい」
 そんな理由かい。
「この人たちみんな不遜ですぅ」
「ユズぽんもね」
「ウチは違いますよぅ! 後、なんですか人を調味料みたいに!」
 ははっ、調味料! と爆笑するカミーナに、いまいち馴染みがないのか、首をかしげるイルメラ。なんだか、和やかなことでご苦労。

 この現実感のなさが、しかし丁度いいのかもしれない。
 死体が見つかった、という現実に。

「ともかく、貴方が記憶喪失の可能性があるのは確かなのね」
「そうみたい」
「なんつー他人事な、です」
「他人事のようなんだから仕方ないじゃない」
 しかし、先ほどから容赦ないほど噛み付くなあ、ゆずぽん。
「ほらほら漫才は後にする、それより先にやることがあるんじゃない? 何を覚えているか、書き出してみたらどう?」
 言われて、確かに。と納得した。
 まあ、無駄にはならないだろうからやってみるか、と紙を広げて色々書き始めると、本当にいろんなことを知っているという結果になった。
 
・この学園に名前はない。だが、生徒たちの中では籠の鳥学園と呼ばれている
・生徒たちは一律して、学年もない。同時期に入学した新設校である
・比較的特別な事情で入った来た人間も多いためか、年齢に統一性がない。だが、基本的には十六歳から十八歳の間である。
・女子高でありこの学校の中に男性は全く居ない。
・教師、用務員、校長を含めて凡ては学校外に存在しており、この学園自体に大人と呼ばれる人間は存在しない。
・清掃、風紀、食事など、ロボットや工場、または外部からの仕入れなどで済ます場合があるが、基本的には生徒自身で行うことが大半である。
・体調不良、生理的な問題に関しては医務検査室と呼ばれる部屋で行われる。外部に向けて発信されるバイタルのデータから行われるもので、医務管理委員と呼ばれる生徒たちが、校内の生徒たちの体調管理を促している。
・風紀、取り決めに関しては、風紀警鐘隊と呼ばれる組織によって一律管理されている。
・また、刑事的措置や犯罪行為に関して、外部に漏れることはなく、風紀警鐘隊によって内々で処理される。様々な委員や、組織があるが、一番の権限を持っているのは風紀警鐘隊である。
・食事に関して、食堂で決まったメニューを食べることが通例となっているが、規則ではない。要望があれば、食材を調達することが出来、またその予約期間は三日間である。生活用品に関しても、同じ。
・住居に関して、この学園に居る人間は凡て学園に併設されている寮に入ることになっている。個人番号を書かれた生徒手帳がキーになっており、またその生徒手帳の再発行に際し、パスワードを有する。
・基本的に、寮生活での規則はない。消灯時間も、出入り時間も自由である。
・授業に関して、この学園では様々な授業が行われている。数学、化学、科学、世界史、経済学、医学、工学、IT工学、文学史、歴史、宗教史、芸術学、・・・・・・様々に、多岐にわたるが単位もなく、受講に関しての規則もない。
 ・・・・・・・。

「一応ざっと、書き出してみたけれど」
「本当に学園のことは知りすぎているくらいに詳しいです」
 自分で書いてみても、そう思う。よくもまあ、こんなことをスラスラ掛けるものだ。
 しかし、どこかが引っかかる。なんだか、本当に記憶しているわけではなく、知っている、という領域をでないことばかり。この学校特有の、使用感? といえばいいのだろうか、都合みたいなものが見えてこない。
 それはつまり、本当に覚えていないのだ。
 いままでこの学園で暮らしてきた、日々のことを。
「自分のことのほかに、人の顔も名前は何一つとして覚えていないみたい」
 カミーナは私の考えていたことを代弁するように言う。
「でもさっき以前の私は、誰とも関わろうとしなかったんだから、もしかすると覚えていなくて当然かもしれない」
「そんなのってありえるです?」
 八峰が心底、信じられないといった表情で此方を見た。その表情におどけて、首を傾げてみる。
「さあ? ありえるのかもしれないし、ありえないのかもしれない」
「でも自分の名前を知る方法は在るわよ?」
 カミーナがニヤリと笑う。
「え?」
「コレ」
 と、取り出した一枚の手帳に注視して見ると、

「よろしいですか?」

 と、声を掛けられた。
 振り返ると、先ほど教室で出会った少女のしていたのと同じ、風紀警鐘とかかれた腕章をした少女たちが居る。
 その先頭には、腕章に桐生と書かれている女子生徒。
 比較的長身な彼女は、つかつかと私のほうに歩み寄り
「少し、立っていただけますか」
 と言う。
 明らかな緊張感を持って。
「何で立つことがあるのかなあ?」
 おどけてうーん、と頭をひねる。
 が、きっとそれは私の愚策だったのだろう。
 桐生?の傍らに立つ少女たちが、対応できない速さで私の体を掴み転ばし無理矢理地面に押し付けた。
 私の座っていた椅子がガタンと派手な音を立てて倒れる。
 脇に居た、カミーナとユズが漏らす様にきゃあと叫んだのが聞こえた。ついでに、さわめきたつ、他の食堂に居る生徒たち。
 あまりのことに痛みがついてこず、熱身を帯びた不快感だけが体に巡る。
 暴れようにも体に力なんて入る余地もなく、しばしもがいてその内に埃臭さが鼻につくようになる。
「・・・・・・な、なにをするのかなあ」
 あきらめて、地面に伏せていると、おそらく桐生と腕章にかかれた少女が私の顔元まで足を近づけてくる。ああ、そういえば、この学校にも上履きのようなものがあるんだっけなあ、なんてそんなこと思っていると
「ご自身の胸に聞いてみればよろしいのでは? ・・・しかし、規則ですから、こう言う事にしましょう」
 それと同時に髪を引っ張り上げられ、強引に顔を上げられると。桐生?は這い蹲る私の耳に顔を近づけて、一言ささやいた。

「アナタを第一容疑者として連行いたします、抵抗は無駄ですからね?」


       

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