Neetel Inside ニートノベル
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なつのひ

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「ねーねー、あきら兄ぃのカノジョー」
「違う」

黒髪をツーサイドアップにした少女、勝俊曰く浅野唯、という名前の子どもは、至極無邪気な声で当然のようにわかなの事を『あきらの彼女』と呼んだ。
それがどうにも納得行かずに発した訂正の声は、子どもに向けるにしては些か強すぎたと気付いたのは言った後のことだった。
しかし唯に特にショックやダメージを負った様子はなく、すいかにしゃかしゃかと塩を振りかけながら何でもないことのように尋ねてくる。

「カノジョ、東京から来たんだって?」
「あきら兄ぃに逢いに来たの?」

それに追撃をかますかの如く、前歯の一本抜けた少年、勝俊曰く江口亮がからかうような声で言った。
この野郎、子どもの癖に言う事は相当生意気だ。
思いながらも、子ども相手にムキになっては大人気ない、とわかなは心の中で深呼吸を繰り返す。
気を落ち着けるために、軽く塩を振ったすいかを齧った。
うん、すごく甘くて、美味しい。

「親と喧嘩したんだとよ」

……あきらは、適当なところでフォローを入れてくれる気持ちはありがたいと思うべきなのかもしれないが、何かと勝手に設定を盛るのは止めて欲しい。
唯にも、亮にも、勝俊どころかもちろんわかなにも顔を向けず、すいかに向き合ったままに淡々とした声で言い放った。
打ち合わせする時間が無かったとはいえ、あきらはどこまで先を見通して勝手な嘘設定を盛っているのだろうか?
まさか、自分の両親が離婚寸前状態だから、それをわかなにも適用すれば忘れにくいとでも思っているのか?
……そこまで考え抜いて計算しているとは、思い難いが。

「ふーん、それであきら兄ぃを頼って来たんだぁ」
「へぇー」

にやにやと、歳不相応な笑みを浮かべる唯と亮には、これ以上何を言っても糠に釘な気すらしてきた。
とにかくあきらと自分をくっつけようとする言動が目立ちすぎる。
確かにあきらの言う通り、『彼女である』に対して『そんなとこ』という設定にしてしまえば楽なのは解っていた。
しかしそれを飲み込めるかと言われると話は別だ。別すぎる。

あきらの恋人に全くなりたくないわけではない。
そこまであきらの事を嫌ってはいない。別に好いてもいないが。
ただ彼が『もう一人の朝倉あきら』であるのが真ならば、あきらと付き合っているという設定は自分と付き合っているという設定になってしまう。
そのことを知るのが当事者であるあきらとわかな二人だけとはいえ、強烈な違和感のような、拭い難い何かがあった。
だから、『あきらとわかなが付き合っている』という設定だけは、事態を円滑にするためであったとしてもあまり通したくない。

「それを言ったら唯ちゃんと亮くんだって随分と仲が良いみたいじゃない?」

とりあえず反撃に出ることにしたが、唯と亮は顔を見合わせて不思議そうな顔をする。
はて、自分は何かおかしな事を言っただろうか?
苗字だって違うし、血縁者ではあるまい。
もしかしたらいとこくらいかもしれないが。
しかし。

「そりゃ仲良いに決まってるでしょ」
「付き合ってるもん、オレたち」
「はぁあ!?」

当たり前のように告げられた事実に、わかなはショックを覚えた。
付き合っている。
仲良いに決まってる。
こんな、小学校低学年くらいの子どもが?
しかも、群馬の田舎町で。

「そんな驚くこと?」
「驚くよ、だって二人ともまだ小学生でしょ? 早くない?」
「今時の小学生はこのくらい別におかしくないよー」

カルチャーショックと言うべきかジェネレーションギャップと言うべきか、もう何と言えばいいか分からない。
少なくとも、わかなが小学生の頃は精々あの子は足が速くてカッコイイとか、ドッジボールが上手いとか、そういう次元の話だった。
そういう仄かな憧れとかトキメキとか、甘酸っぱいものを抱いたとしても『付き合う』という明確なラインを超える行為に及んだ者は居なかった。

とりあえず、唯と亮の関係が恋人だったからこそ、わかな=あきらの彼女、という図式を簡単に当て嵌めて納得したのだという事は理解できる。
自分達と同じ関係であるならば、飲み込みやすいということも。
わかなが納得できるかはまた別の話になるが、もう議論してもしょうがないだろう。

       

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