Neetel Inside ニートノベル
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きゅうりの収穫はただ単純にもいでいくだけで良いので意外と簡単であったが、育つのが早いのか結構な量になってしまった。
籠いっぱいに収まった鮮やかな緑に嘆息を漏らすと、イツのところへ持って行こう、と持ち上げる。
日差しは先ほどより苛烈さを増していて、麦わら帽子が鮮明な影をあきらの顔に落とす。
さすが栄養素が無い野菜と言われるだけあって、籠の重さは大したことがなかった。

「あらぁ、早いねぇあきらちゃん。ありがとう。助かるよ」
「ううん、このくらい簡単だし。まだすいか冷やしてないから、ちょっと行ってくる」
「はいはい、お願いね」

やりとりは、言葉少なに交わされる。
年に1、2度会うだけの存在であるが、あきらにとってイツはそれなりに好きなお婆ちゃんである。
しかし、ここ最近はイツのリウマチの件もあって、どう接すればいいのか分からなくなってしまった。
母や父はイツを心配して東京に来いと言うし、私までおばあちゃんの田舎暮らしを否定したら、居場所が無くなってしまうのではないだろうかと思って。

あきらだって、心配していないわけではないのだ。
2011年の震災で崩れ落ちなかったのが不思議なほど、イツの家は古ぼけている。
母親が産まれるより前に建てられたらしい木造建築の平屋。
風が吹けば鳴るし、人が歩けば少し揺れる。
トイレは暫く汲み取り式だったが、4年前に父が水洗便所に工事させた。
それらがイツを東京に来させようとする母親たちの心配に拍車をかけているのだが、イツは決まって『そのうちねぇ』と言うだけである。

その『そのうち』が、いつまで持つのか。
あきらには分からないし、なんとなく分かりたくないとも思っていた。

とりあえず、私達が来ている3日間だけでもおばあちゃんが楽しく過ごせれば、孫としてはOKなんじゃないだろうか?
逃げの結論とも言えなくはないが、あきらの中ではそういうことに落ち着いた。
一度地面に降ろしてしまったすいかはビニール袋に水をかけて泥を落とし、自分の服が濡れるのも厭わず抱えるように持ち上げた。
どうせ川に行くのだし、ある程度濡れても問題は無いだろう。
持ってきた時同様手提げ形式で行くなんて、今にもはち切れそうなビニール袋の持ち手を見ればそんな選択肢はありえなくなる。

5kgを抱えながら、田舎道をてくてくと歩いて行く。
これが東京であれば、ビルなりコンビニなりカラオケなり、なにかしらの建物が道という隙間を除いてひしめきあっているはずだ。
しかし今のあきらの双眸に映るのは、高く澄む空の青と、水彩画みたいに浮かぶ白い雲と、遠くに見える山の森の緑と。
地に足を付けていてもこんなに遠くが見渡せる場所は、少なくともあきらの知っている東京にはない。

川への道はうろ覚えだったが、意外となんとかなった。
と言うのも、ほぼ一本道で迷う要素が無かったからなのだが。
途中で森のような林を抜ける羽目になったが、それも人の足跡が作ったらしい獣道があったし、水の流れる音を頼りに辿りつくことができた。

まず、記憶との齟齬が1点。

この川、こんなに流れ早かったっけ?

幅としては7~8mあるかどうかというところであったが、水はざあざあと音を立てて激しく流れていた。
そこに関しては昔の記憶と変わらない。
むしろ、自分が成長したことによって川幅が狭く感じられるくらいだ。
さすが田舎なだけあって透き通る流れは太陽の光を反射してきらきらと煌めいている。
流れが激しく見えるのは、自分が大人に近付いて、こういうアトラクション的な物への抵抗が強まっているからだろうか。

遊んでいる子どもでもいるかと思ったが、無人だった。
そりゃそうだ、この町に暮らす人からすればこんなただの川は珍しくもなんともない。
とりあえず、すいかを冷やせそうなところを探すことにした。

「んん~……あの岩の裏なら……」

川の上流目指して河原をてくてくと歩いて行くと、流れを遮るようにでかでかと鎮座する大岩を見つける。
あの岩の足元なら、流されずに、なおかつすいかを完全に水に浸して冷やすことができそうだ。
よし、と自分を奮い起こすと、すいかを抱きしめ直して川に入る。

そして、記憶との齟齬2点目。

この川、こんなに深かったっけ?

岩へあと2~3mというところで、既に水深は太腿のあたりまで。
これ、遠くから見たら岩の傍ってめっちゃナイスポジションに思えたけれど、実はそうじゃないんじゃない?
そんな思いがあきらの脳裏を過ぎったが、他にすいかを上手く冷やせそうな場所は見当たらない。
そもそも、すいかの為にこれ以上あっちこっち右往左往したくない。
ただでさえ5kgを抱えて15分は歩いているのだ、さっさと済ませてイツの家に戻りたい。

ならば、と再び自分を奮い起こすと、すいかを抱きしめ直して岩へと近寄らんとする。
流れに足を掬われないように一歩一歩踏みしめるようにゆっくりと歩き、なんとか岩の傍まで来ることが出来た。
予想通り、岩に遮られた流れは分断されており、岩の裏側は水の流れが少なくなおかつ影になっている。
ここに置いておけば、おやつ時までには冷えるだろう。
すいかを降ろして川に沈め、少し離れて念のため暫し観察。

よし、大丈夫。
すいかは流れて行かない。
なら、ここで冷やすことにしよう。

       

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