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「とりあえず、お前がふざけているってことは分かった」
「ふ、ふざけてなんかないよ! 本当だってば!」

振り向いて、胡乱気な目を睥睨に変えた少年あきらは、少女あきらを明らかに警戒する。
せっかく助けた相手がこちらをおちょくってくるのであればこの態度も当然かもしれないが、少女あきらは至って真面目な受け答えをしているだけであり、全くふざけてなどいない。
その証拠に。

「だって今、ハモったじゃん! なんで私があなたのおばあちゃんの名前を知っていると思うの?」
「さっきそれはお前が自分で言っただろ? 『私を知っていてふざけてるのか』って。お前がそうなら辻褄合う」

どうにか少年あきらに信じて欲しくて、少女あきらは声を張り上げる。
何故こんなことになってしまったのかは全く想像がつかないししたくもないしできないが、なってしまったものはしょうがないのだ。
本来であれば、今頃イツの家への帰路について、手ぶらで歩いているはずだったのに。
ただすいかを冷やしに来ただけのはずが、一体全体どうしてこんな事になってしまったんだろう。
そんなことするメリットが、私にあるわけないじゃない!
そう言いたい気分だった。

「私はあなたの事なんて知らない! そもそもこんなド辺鄙な田舎町に――ッ」

言いかけて、口を噤む。
先程、『言ってはならない』と思って飲み込んだ言葉が、感情という鍵によって施錠を解除され、飛び出してきてしまった。
怒り、悲しみ、不安、色々なものがごちゃ混ぜになって、少女あきらの心を乱す。
その言葉に、少年あきらは遂に睥睨から呆れたような目へと色を変えた。
変わらない夏の日差しだけが、二人を見下ろしている。

「『田舎町』、ね。なるほど、じゃあもう一つ確認だ。お前の『東京の住所』を言ってみろ。それ次第では、お前が『朝倉あきら』であると、信じてやってもいい」

すぅと目を細め、どこか品定めするようにすら思える視線。
唐突に課せられた課題。
ざあ、と風が二人のあきらの間を通り抜け、木々を揺らして木の葉が擦れる音がする。
ついさっきまでは楽しめていたはずの夏の匂いが、今は不安感を煽った。

しかしその答えは持ち合わせていたし、簡単だ。
少女あきらは、忘れるはずもない東京の自宅の住所をすらすらと答える。
それを聞いた少年あきらはと言うと、肩を竦めてやれやれとでも言いたげなポーズを取った。

「……分かったよ。どうやら俺はお前で、お前は俺らしい。どういうことかは分からねぇけど、お前が俺なら放っておくのは人道的じゃないな」
「……ねぇ、わざわざ『東京の住所を言ってみろ』なんて……ほんとは、あなたも同じこと考えてたんじゃない」
「さぁな」

少女あきらの推測は、答えを求めたものの要求通りの返事は無く。
だがとりあえずこれで少年あきらは少女あきらの味方に付くと決めてくれたようだ。
少年あきらは小石の転がる河原を林のほうへと歩いて行くと、日陰に置かれていた――ビニール袋入りのすいかを持ち上げる。

「え、あなたもすいかを冷やしに?」
「そうだよ。午前中に冷やしに来て、取りに来た。今たぶん2時半くらいじゃね? どうせだしうちで食ってけよ。今後について色々話し合いたいし。……名前がどっちもあきらじゃ紛らわしいな」

同じ自分なのだから、同じ行動をしていたのもおかしくはない。
が、いざ目の当たりにすると不思議すぎてどうリアクションすればいいのか分からなかった。
その割にはどこか淡々としていて冷静に見える少年あきらは、とりあえず二人を区別する名前が欲しいという意思表示をする。

「わかな」
「は?」

やにわに発せられた人名とおぼしきものに、少女あきらは目をぱちくりとさせた。
すいかを軽々と持ち上げて抱えた少年あきらは、説明するような口調で続ける。

「だから、お前の名前。『あきらか』の反対は『わからない』だろ。だから、わかな」
「うっわテキトー……でもまぁ、あきらくん……の家にお邪魔するのに私もあきらじゃおかしいよね。分かった。私はここでは『わかな』ね」
「くん付けとか要らねぇよ。気持ち悪ぃ」

あきらはあきらで『もう一人の自分』に出会ったという怪現象に何かしら思う事があるのか、『気持ち悪い』と一刀両断したがそれはさすがに少女あきら――わかなの神経に触れた。
林の中へと消えて行こうとする、淡いグレーのVネックTシャツの背中に思い切り声を張り上げる。

「こんっの……馬鹿!」
くん付けなど要らないと言われれば、呼び捨てにするだけの話である。

「ねぇ、あきら」

淀みなく二足の足を運ぶ、ハーフ丈でカーキ色のカーゴパンツを後ろから見下ろしながら、わかなはあきらを呼んだ。

「あきら」

しかしあきらに反応する気配は無く、ただすいかを抱えたまま一定のリズムで一切振り向くことなく淡々と歩き続けている。

再び名を呼ぶも反応は無い。
要するに、無視されているのだ。

「ちょっと、あきら!」
「うっせぇな、声デカいんだよ。ただでさえ『ド辺鄙な田舎』、なんだから物が少なくて声通りやすいしご近所の噂にもなるわけ。解る?」

少しばかり声を張り上げたところで、うんざりした顔のあきらが振り向く。
……嫌味だ。
『ド辺鄙な田舎』をわざわざゆっくりと抑揚を付けて言ったのは、さっきのわかなの失言を根に持っている。

……あきらはもう一人の私なら、どうしてこんなにひねくれちゃってるわけ?

再び前に向き直ってしまったあきらの背中を見つめつつ、わかなは無言で分析にかかった。
自己分析は得意な方ではないし、自分を褒めるのも少々抵抗がある。
しかしそれでも、朝倉あきらという少女はこう簡単に嫌味を言ったりするタイプではないという自負があった。
ところが少年あきらはどうだ、どことなく棘のある物言いに、言葉はいちいち放り投げるようなトーンで飛ばしてくる。

まず、少年あきらと少女わかなの決定的な違いは性別だ。
男であるあきらと女であるあきらは、16年生きていく間に接して来た友人の層も違うはずである。
なら、そういう荒っぽい男子に囲まれてここまで生きてきたのであろう。
そう思えば、少年あきらの荒っぽい態度にも説明が付く。
もしくは、もう一人の自分だと思えば手荒に扱っても構わないと思っているかだろう。

あきらの言う通り時間は午後に差し掛かっているようで、太陽の位置が川に向かった時とは違っている気がした。
来た時は向こうに太陽が見えて、帰り道の今も向こうに太陽が見えるのだから、それだけ太陽が動いたということだ。
川で溺れた時にどこかに行ってしまったらしい、麦わら帽子は今のわかなの頭には無い。
元々川に向かうつもりだったので腕時計もスマホも持ってきていないし――ということで、重大な問題に気付く。

「あのさ、あきら。私お金もなんにも持ってないんだけどどうしたらいいかな」
「そのへんはしょうがねぇからどうにか理由付けてうちに泊めてやるしかないだろ。男所帯だけど」
「は? おばあちゃんは?」
「は? 二年前にすい臓ガンで死んだけど」

――おばあちゃんが、死んでいる?
その事実には、わかなの心は大きくかき乱された。
それを淡々とした語気で言い放てるあきらの神経も、理解できない。
二年と言う年月は、人の死を割り切れるに足る時間なのかどうかも、よくわからない。
わかなの祖父、勝俊はわかなが物心つく前に亡くなっているので、はっきりと『人の死』を実感したことが無いのだ。

「え、私のほうだとおじいちゃんが死んじゃってるんだけど」
「じいちゃんは生きてるよ。俺と二人で暮らしてる」
「暮らしてる? ちょっと待って、夏休みで遊びに来てるわけじゃないの?」

わかなは混乱した。
あきらと自分は、間違いなく同じ『朝倉あきら』のはずなのに、色々なところが食い違っている。
同じことを思ったのか、あきらはわかなに振り向いて思案顔になると少し俯いた。

「……どうやら、お前と俺の置かれた状況はだいぶ違うみたいだな」

少し口を開き、何かを言いかけるあきら。
しかし声として形になることはなく、噤まれる。
わかなはただそれを見守っていたが、あきらはどこか決意したような色を瞳に浮かべると、こう告げる。



「うちの両親、親父の不倫が原因で離婚寸前だから。機能不全家庭に置いておくよりはってことで、4年前からこの町に住んでんだよ」



あきらが背にしている太陽は、ただ眩しかった。
sage