Neetel Inside 文芸新都
表紙

ぐんたいぐらし!!
7 サンドバッグのサイクル

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 風俗でミアちゃんのケロイドを舐め、胸の鼓動を聞き、

癒されながらも どこかしら賢者モードで妙な後味の悪さを感じながら

スケベ椅子に座ったわたしは身体を洗い流してもらっていた。

わたしは彼女の泡立てたスポンジの泡を取ると、

彼女の胸や首筋とケロイドの跡に塗り、すり込むように洗っていた。

「え? えぇ? いやぁ……そんなに気を遣わなくてもいいのに……」

きょとんとした顔でミアは、わたしの顔を見つめると、

わたしの手を膝へと置く。

「……いや、ヨダレベタベタつけちゃったんで……」

散々、ケダモノのように身体を蹂躙し、こしょばいと言っている彼女の声を無視して

うなじに食らいつきグールのように貪り、犯すようにわたしの欲望とストレスの捌け口に

してしまった目の前の女の子にわたしはどん底に沈んだような気分になっていた。

あくまでもビジネスだとは分かっているが、客としてかなりマナーの悪いことをしたと

申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「ありがとうございましたー また来てくださいねー」

ミアに別れ際の挨拶をされ、階段を下り、そのまま送迎のワゴン車の後部座席に乗りながら 

わたしは背もたれに持たれ、目を閉じていた。

別にミアに惚れているわけではない、あくまでもビジネスとしてのお付き合いだ。

だが、性欲の捌け口にしている自分と 自分をストレスの捌け口にしているクソ上司たちとを

重ねると 酷いことをしているなと思う。

結局、自分もまた誰かをサンドバッグにしているのだと。

実際のボクシングではサンドバッグの中に人はいないが、

社会のボクシングではサンドバッグの中に多くの人が入っているのだ。

たとえばそれが4~5人だったとしよう。

ボクサー役が居なくなると、サンドバッグの中にいた4~5人のうち

一番偉い奴がボクサー役になり、残った奴らを殴るのだ。

ボクサー役が去れば、次は残ったやつらの中から……の繰り返しだ。

最後に残った奴はどうすればいい??


殴るサンドバッグには誰もいない。

損な役回りだ。

結局、最初から最後まで殴られっぱなしだ。

そこで、空のサンドバッグを殴って耐えられる人間が立派なのだろう。

だが、わたしはそこまで強くはなかった。

わたしは、そこで今度はミアを連れてきてサンドバッグに閉じ込めた。

ストレスの支配するまま、徹底的にサンドバッグを殴ったのだ。


「最低だ……俺って」

きっとエヴァンゲリオンの某シンジ君がこんなセリフを吐いたのも分かる気がする。

男がセックスを求めるのには2つ理由がある。

捌け口と愛が欲しい時だ。

だが、悲しいことにほとんどの場合、それは捌け口にしか向かない。


ミアに見送られながら、わたしはふと考えた。


「あの娘は サンドバッグに閉じ込める誰かを連れて来れるのかな?」と。

できることなら、彼女もその誰かを殴っていてほしいと願った。

愚かなサイクルを何より嫌悪し、憎悪している自分が

そのサイクルにまた無関係の人間を巻き込む。

自分の弱さを呪った。



だが、そんな罪悪感を打ち消すほどの爽快感に勝てなかったわたしも同時に居た。

まるで股間と腹部だけ何千キロもの重力から解放されたような

あの解放感……ゴム付きとは言え、セックスをした後のあの清々しい解放感に耽りながらも、

同時に襲いかかるこの虚しい気分に耽る。

今でも時折、こういう気持ちは正直拭えない。

個人的に男は30半ばまでガキなのかもしれない。


後からこんな虚しい気持ちが襲いかかってくるのが分かっているのに

目先の快楽に平気で溺れてしまう。


「つきましたよー お客さん」

わたしは送迎のおじさんに挨拶を交わすと、そのままトイレへと向かい、

カバンに忍ばせた歯磨き粉と歯ブラシで口を洗う。


ミアとキスをした口で、何かを飲み込む気分にはなれなかった。

なにせ、自分のチンポをしゃぶった口でキスをしたのだ。

言うなれば、間接セルフフェラチオをしたような気分だ。


歯を磨くと、自宅へと向かう電車に乗り込む。途中で、県と府の間にある山を通過するため

襲いかかる耳鳴りが虚しかった。

自宅につくと、わたしは早速下描きにとりかかる。


わたしは当時、殺し屋の漫画を描いていた。今でも連載は続いている。

ストーリーはこうだ。


褐色肌の殺し屋が 幼馴染の女の子と出会い

足を洗うことを決意する。

殺し屋は その決意を示すために

長年 仕事の世話をしてくれた親友に足を洗いたいと懇願する……


まあ、あらすじだけ見ればよくあるプロットだ。

わたしがまど☆マギ→虚淵玄→ノワール作品→ジョン・ウーといった流れで

ハマったジョン・ウー監督の映画 狼・男たちの挽歌最終章にインスピレーションを受け、

衝動的に作った作品だ。舞台はブラジルのリオ・デ・ジャネイロにしたのは

大学で学んだポルトガル語、ブラジルの知識をせめてもの供養と

学費を援助してくれた母のために世の中に還元する意味でもと思ったためだ。



わたしは今、まさにその殺し屋が足を洗いたいと懇願するシーンの

絵コンテに取り掛かっていた。


取り掛かりながら、あんなクソ塗れの場所から脱出し、実家の空気を満喫している

自分に気付いた。



「あー、とーくん!!何描いてるのー??」

当時、6~7歳になったばかりの可愛い従妹が部屋に入ってくる。

幸い、殺伐としたシーンではなかったので隠しもせず、

わたしは従妹に対応する。

「わきばらー!」

「いやぁ!!とーくんやめてー!!」

脇腹をつついてじゃれあいながら、わたしはかわいい従妹と過ごしていた。

穢れた身体も 心も洗浄されるような気がした。


家に帰るなり、大量の肉を買い込んですき焼きや鍋をしてくれる母の料理……

愚痴をこぼしながら、頑張りなーと優しくわたしを宥めてくれた今は亡き祖母の笑顔。

わたしのアニメ映画好きのうんちくを文句も言わず、聞いてくれた弟……

時には厳しかったが、軍人の孫を持ち鼻高々で喜んでいた祖父……


今となっては失ってしまったものもあるが、

実家には家族もあり、温もりもあった。

そして、漫画を描くという、大好きな趣味もある。


だが、その家族や温もり、趣味を維持していくために

魂を磨り減らし、腐らせながら仕事をしなければならない。


自分が今、享受している幸せは

今、自分を苦しめる不幸と引き換えに成り立っているのだ。


いつしか、そんな仕事をしている自分と殺し屋とを重ねていた。


この彼ほどのイケメン(自分でデザインしておいてあれだが)でもなければ、

腕が立つ人間でもない。殺伐とした世界で生きているわけでもない。

彼から見れば、きっとわたしは抹茶フラペチーノのように甘い人生なのだろう。


「もう足を洗いたい……」

正直、その気持ちの深さはきっと彼と同じだったはずだ。



ようやく本描きまで終わり、新都社にアップする。

今回は何故かすこぶる反応がよかった。


その反応が クソみたいな仕事を生き抜く活力源だった。

今の趣味への入れ込みようを見ると、この時の気持ちを忘れている自分が居るのを

反省したいと思う。


なんとかギリギリまで粘り、わたしは地獄への帰途へつく。足取りは重い。

寮に帰れば、わたしの一個下の後輩たちが7時間もの時間をかけて

寮の廊下や洗濯場所・シャワー室・台所の掃除に取り掛かっている。

その光景を見るたびに、わたしは再びあのクソみたいな

サンドバッグのサイクルから逃げられていないことを思い知らされる。

わたしも一番下っ端だった時は、同じような思いをした。

公務員は週休2日が当たり前とよく言われてはいる。

だが、実際はクソくらえだ。

下級兵は、土日の時間すなわち外出時間を犠牲にして掃除に励んでいる。

無論、その間 自分も含めた上の先輩たちは外出を満喫している。

ただ、私の場合まだ一個上だったということもあり、面倒を見てやれと

いう意見もあり、時折今回のようにまともな外出が出来ないこともあった。

いずれにせよ、下級兵……つまりは二等兵たちは

最初の2ヶ月間は外出禁止令が発令され、その掃除の出来具合で外出解禁か否かが決まる。

ただ、掃除の間中もそこで寝泊まりしている先輩兵士や、伍長たちは

掃除している彼らを横目にアイロンをし、靴磨きをし、洗濯をし、シャワーを浴び、

きったなく臭いオナラを鳴らしながらトイレで爆弾を残置し……

いわば、掃除の邪魔をする。無自覚で無意識だとは言え、掃除をしている者たちからすれば

溜まったものではないだろう。 

代々続く兵士会によって築き上げられた負の歴史だ。

元は兵士と伍長との意見の相違を埋めるためのいわば、労働者組合のような意味で作られたはずの

組織が今や ただの後輩いびりのものと化している。


「やってられっかよ……クソが」

元々掃除が苦手だったわたしはシャワールームを担当することが多く、

わたしはシャワールームの壁や床や排水口にこびりついた汚れを

100均のあの消しゴムもどきのような掃除用具で削り落としていたものだ。

元々、基地の水にはなぜか多少の石灰が入っていたため

壁は青く染まっていた。手袋もせず、素手で壁や床を削り落としていく内に

わたしの爪は青く染まっていく。


「……何をやっているんだ 俺は。」

掃除をしながらわたしはそんな気分になったものだ。

伍長連中は磨き立てのトイレで糞をぶちまけ、

体毛を捨てたばかりのシャワールームでゴシゴシと身体を洗う。

先輩の兵士連中は、磨いたばかりの廊下でシューズクリームのついた軍靴で歩き回り、

靴跡をつけながらアイロンをする。


中には、上半身裸で薄汚い豚のようなメタボ腹を晒しながら

アイロンに勤しむワキガ伍長こと浅見(浅原ではない)……

持ち込み禁止だというのに

ビールや酒で酒盛りをする馬鹿伍長共とカス兵士たちの笑い声。


掃除に励みながら、部屋の向こう側から聞こえる声に

わたしは貴族と奴隷のような隔たりを感じながら、黙々と掃除をしていた。


そして、今自分がそのクソどもと同じことをしている……

だが、わたしは少なくとも彼等の掃除の邪魔だけはせぬと心に誓い、

行動した。 


廊下ではアイロンをせず、風呂は寮の建物を降りた離れにある共同風呂で入っていた。

酒の件に関しては、この場を借りて深く詫びたい。

持ち込み禁止だと言うのに、

睡眠薬代わりにわたしはバーボンを持ち込んでいた。

ただ、酒盛りだけは大嫌いだったし、そのあとに後輩に絡むようなクソ先輩どもと

同類だけにはなりたくなかったので一人ベッドで座りながら飲んでいた。

だが、いずれにしろ大嫌いなクソと罵る奴らと同じように

酒を飲んでストレスを解消している自分が情けなかった。


セックスも酒もあとで恐ろしい後悔しかもたらさないと言うのに、

それでも人は手を出してしまう。


これから1年後、わたしは哀川という自称出来る優秀な伍長(ケッ)に

一人飲みしている現場を抑えられ、


「おれら上がやってシロなことでもな、おまえら下がやってシロとは限らんのやぞ」


という広島弁混じりの関西弁で説教されることになるのだがそれはまた別の話。

(申し訳ないが、広島弁恐怖症になった。
広島の方、ごめんなさい。やけに広島出身者が多くて、クソ先輩に怒鳴られる時に広島弁で
怒鳴られたりすることが多かったのもあったが。)


……ごほん。思い出しただけで鳥肌が立つフレーズを聞いたもので

しばらく引きずりそうだ。

寝ぼけ眼が一瞬で見開き、DIOのスタンド「ザ・ワールド」も時を止められず、

もはや過去へとぶっ飛ばされる我が人生最大の衝撃フレーズに象徴されるような

カースト制がここにはあった。




そして、そのカースト制の恐ろしさを思い知らせる事件は

その日、起こるのだった。


       

表紙

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Neetsha