-11851 神は死んだと聞きました

 神は死んだと聞きました。
 ある日、ある朝、私はそれを本かなにかで知りました。
 或いはテレビのニュースか、パパかママかの戯れ言か。
 静まり返った玄関か、いつも通りの通学路、学級閉鎖の黒板か、遺書の置かれた屋上か。
 書き殴ってあったのです。
 神は死んだ、と。
 ニーチェか誰かが言ったみたいに。


 神様の声が聞こえるのです。
 私以外には誰もその声が聞こえないのだそうです。
 もちろん私も立ち尽くすばかりではそれを聴くことは出来ません。
 神様の声を聴くためには、高い場所にのぼる必要があります。高さはメートルではわかりません。そこが建物であるのなら、とにかく屋上を目指すことでその声は聞こえやすくなります。
 ただし高い場所にのぼったからといってすぐに神様の声を聴けるわけではありません。
 耳に手を当てるのです。海辺で拾った貝殻で――あの不埒で不気味な音を聞こうとするかのように。
 雑音の遮断、それが必要になります。
 すると神様は喋ります。語ります。蕩々と話しかけてくるのです。
 私が何か過ちを犯してしまったとき、何か迷ったとき、途方に暮れて死んでしまいたくなったとき、理解できない煩わしい問題にぶち当たったとき、私にどうするべきか――その正解を教えてくれます。
 誰かの言葉に従うのは酷く心地の良いことです。
 自分で考えろという言葉は人の心を萎縮させ、やがて人体にも悪影響を及ぼす――かつて奴隷を酷使した強制労働のような――悪逆非道の極致にあります。
 なので私は啓示を求めるのです。
 なので私は神様の声を求めています。
sage