2 同属と同族、そして嫌悪

 この世で最も憎いものは、ダイエットサプリメントとモグラの巣穴だ。
 邪魔な女がひとりいる。
 柊木ひいらぎつぶさという名前の現役女子高生である。
 綺麗な黒髪を台無しにする赤いメッシュと時代錯誤のゴスパンファッション。まともに生きていたら一生関わり合いになんてならないタイプの珍人類。
 出来れば彼女には死を選んでもらいたいと思っている。
 首つりでも飛び降りでもストリーキングでもなんでもいいから、可及的速やかに死んでいただきたい。
 大体、つぶさ先輩は馴れ馴れしいにも程があるのだ。ただ話をするだけなのに肩を組む必要がどこにある。仲良くなりたいと言って胸を揉む理由を、未だに私は納得できていないし、飲みかけのペットボトルを持ち帰ろうとする意味もわからない。
 総評。柊木つぶさは破廉恥かつ赤裸々でどこまでも恥知らずな――紛う事なきくそったれである。
 そう書いた賞状を渡したこともある。受け取ってはもらえなかったが、よく出来ていると褒めてはくれた。
 最悪なのは、そんなくそったれの狙いが、どうやら私の萌々子であるようなのだ。
 萌々子は――世の権力者(或いは世間一般から馬鹿と評される人々)がそうであるのと同じように、高い場所が好きだ。
 私たちの住むこの田舎の町並みに、萌々子を満足させうる超高層ビルなどは全く以て存在していない。しかし、山々に囲まれた大自然的な環境がここにはある。展望公園まで山登りをするのもいい。町外れには古代遺跡にも似た火の見やぐらなんかも遺っているし、無作為に高い場所を目指せばこんな僻地だろうといくらでも探し出せる。
 そして萌々子のお眼鏡にかなう高所を見つけると――そこには必ずと言っていいほど、くそったれ先輩の姿がぽつんとあって。
「よお、奇遇だな」
 なんて――たばこ臭い息を吐き出して、笑うのである。

「死んでください、つぶさ先輩」
 心ない中傷。
 魂の殺人。
 そんな言葉で充足感を得られる人間を私は心の底から軽蔑するが。
「これ以上、生き長らえようとしないでください、お願いですから」
 ここは砂場があるだけの寂れた公園。先輩と私は山崩しに興じていた。考えなしに山を根こそぎ削ってしまう彼女の傲慢さに、私は心底腹を立てていた。
「大体、おかしいですよ」
「なにが。政治不信?」
「違います。私は与党が野党なのかも知りません」
「ばーか」
 先輩がへらへら笑う。
 山の頂点に突き刺さった木の枝はほとんど剥き出しになっているのに、まるで倒れず揺れすらしない。
 私はちらりと滑り台の上に立つ、萌々子の姿を見遣る。
 耳に手を当て、微睡むように目を瞑っている。
 そこで何をしているのか。或いは何を――しようとしているのか、私には理解出来ない。
 ちゃんと訊いて、ちゃんと答えてもらっても、それはさっぱりわからない。
 政治の話をされてるみたいに、どんな言葉もAやBという抽象的な概念にすり替わって、私の頭をCにしてしまうのだ。
「桜木、お前の番だ」
 先輩はかんでいたガムをぷーっと膨らませる。それは割れずに肥大化し、やがて彼女の顔を覆い隠してしまう。
 雨が降りそうだなと思った。だけど、すぐに降り出すものでもない。
「先輩は、死んだりしないんですか?」
「死なんよ。不死なんだ」
 ガムは膨れたまま。腹話術みたいに声を出す。
「不死だし、不老だ。超越しているんだ。この髪が、その証さ」
 多分、前髪に入れた一本線のようなメッシュを指しているのだろうが、ガムが膨らみすぎてそれもわからない。
「不老不死って、神様の領域じゃないですか」
 先輩は神様なんですか?
 問いに対する答えはイエス。
 それが真実なら、私のこれまでと――変わることのないこれからは不敬と冒涜に満ちていることだろう。
 私は山を切り崩す。それと同時に木の枝はこてんとお辞儀をするように横たわった。
「はい、あたしの勝ちー。ごっそーさん」
 神様は容赦なく私のなけなしの一三〇円を奪っていく。
「うぐ……ぐぐ」
 悔しくても泣かないって決めている。
 だから涙はこの目に溜めて、
「死んじゃえ! 馬鹿ぁ」
 砂を掴んでぶん投げる。
 ふわりと吹いた風が、私の運命を弄ぶ。
 いつもの儀式を終えてちょうど滑り台から降りてきた萌々子が、それをまるっと被ってしまった。
「も、萌々子……。あの、ちがくって」
 ぶうんとエンジン音が鳴る。公園の外では、死と交通違反を恐れヘルメットを装着した神様もとい先輩が原付に跨がりこちらにぶんぶんと両手を振っていた。
「ねえ」
 と、私は萌々子に思い出したように声をかける。
 けれど、それにかぶせて里緒も、私の名前を小さく呼んで、
「あの人が、――嫌いだ」
「……え?」
 まるで会話のない食事のシーン。
 淡々と粛々と進行していく折檻のような静けさ。
 私は、この空気が苦手だった。
「――嘘をついてる」
 萌々子が、怯えたようにそっと私の手を握った。
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