Neetel Inside 文芸新都
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No20 「安息を配る星人」

その日、突然、世界の人々は言いようのない安心感と充足感に体を満たされた。
人種、性別、年齢、職業、犯罪歴の有無、それにかかわらず、あらゆる人間が、何かに守られているような安心感と、孤独から解放されたような充足感を感じ始めたのだ。
それは日増しに強くなっていき、それに伴って犯罪発生率が減少し、紛争も規模を縮めていく。
原因不明の心の変化の原因を調査していた科学者たちは、それがどこからか送られている未知の波長による物である事を突き止めた。
波長の発信源は、太平洋上数千mの位置にあり、各国は直ちに偵察機を派遣し、発信源の調査を始める。
偵察機によってもたらされた波長の発信源の正体は、謎の女だった。
ギリシャ神話の登場人物のような服装の若い金髪の女が、数千mの高空で、空に浮かぶ3本のリボンのような物で編まれた綱の上を渡っていて、波長はその女から発信されているのだ。
各国は女に対してコンタクトを取ろうとするが、女は人類の呼びかけに対し何ら反応を示さず、太平洋上空で綱渡りを続け、女の綱渡りが進行すると、人々の心の安心感と充足感は増していく。
何らかの侵略行為か、あるいは人類の伺い知れない友好的な行為なのか、人々の間で意見は別れ、女に対する対応策は決まらない。

謎の女への対する、各国の人々の反応は様々だった。
女を信仰する者。
何か人類を陥れようとしているのだと警戒する者。
攻撃して排除すべきだと訴える者。
意見の異なる人々はやがて対立し始めた。

そして、女の目的をめぐって混乱する地球に、宇宙から更に別の宇宙人が現れる。
地球を侵略しようとした宇宙人達から、今まで地球を守ってきた白い胴着の宇宙人、カラテレンビクトリーだ。
地球に降りたったカラテレンビクトリーは足元に集まった人々に語り始める。

「地球の皆さん、この女性型のヒューマノイドの正体は、ジャデッル星人です。
ジャデッル星人の目的は、人類の、皆さんが心と呼んでいる部分に対し、独自の干渉を行う事です。
それが、皆さんが今感じている安心や充足感です。
皆さんとは精神構造の異なるジャデッル星人には、それ以上の目的はありません。
そして星人が干渉を終える時、その感覚は固まり、常に皆さんの物となり、これから生まれてくる子供達にも引き継がれていくでしょう。
そしてそれは、皆さんが不安に思うような後々に皆さんを害するような変化が起こったりはしません。
ですが、皆さんが星人の干渉を不要だと思うのであれば、排除するのもいいでしょう。
私はここで、ジャデッル星人と皆さんの動向を、見ていようと思います」

ビクトリーのその発表に、世界中は鎮静化するどころか、大いにもめてしまった。
ある者はビクトリーの言葉を信じて星人をより信仰し、またある者はビクトリーを疑い、星人の一刻も早い排斥を行おうとする。
今まで人類のために貢献してきたビクトリーですら、いや、強大な力を見せつけてきたビクトリーだからこそ、人々は大いにその言葉に揺れた。

やがて遂に、星人をめぐる人々の対立は、正面切っての戦いへと発展しようとし始める。
星人の排斥を訴えるα国が、自国領内に綱渡りしながら侵入した星人に対し、攻撃態勢に入ったのだ。
それに対し、隣接するβ国がα国に対する攻撃の姿勢をとり、両陣営が大量破壊兵器を向け合うにらみ合いになってしまう。
更に両国を支持する国家群も戦闘態勢をとり、世界大戦が起こりかねない状況になってしまった。

カラテレンビクトリーは地球人類が自滅しかかっている事を察すると、ジャデッル星人の下へと移動する。
ジャデッル星人をビクトリーが撃破しようとしているのだと判断したβ国が警戒する中、ビクトリーはジャデッル星人に言った。

「人類が君の行いのために争い、大変な事になろうとしている、君自身の対応で、事態の終息を図ってほしい」

人類の呼びかけには応じなかったジャデッル星人は、ビクトリーの言葉に、今までずっと続けていた綱渡りを止めてビクトリーの方を向くと、ゆっくりと首を振る。

「そのために、大勢の人間が犠牲になってもか?」

ビクトリーの言葉に、ジャデッル星人は無言で綱渡りを再開した。
その横に、人型をした黒い物体が数体現れ、ビクトリーを攻撃し始める。
素早い速度で飛びまわり、ビクトリーを翻弄する人型に対し、ビクトリーは相手が自分を攻撃するタイミングに合わせて空手チョップや正拳突きを放つ。
程なく黒い人型の物体は全滅し、次いでビクトリーがジャデッル星人に構えをとると、ジャデッル星人は、舌打ちのような動作をして、その場から飛びあがり、空へと消えていった。
それに伴って人々の心の中の安心感や充足感は消滅する。

ジャデッル星人が去った後、しばらくその場に集まった世界中の軍隊を見回すビクトリー。
やがて、ジャデッル星人に続いて、ビクトリーも空へと飛び去っていく。
人類は結局、何一つ自分達で決める事ができなかった。
その心に、もう安心も、充足感もない、ただ、虚しさと情けなさだけが残る。

       

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