Neetel Inside 文芸新都
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No31「咲きほこる花、散り行く花」

「うう…く…」
「中々定着しないね、輪」

真夜中の廃校。
埃っぽい机に突っ伏して苦しむ輪に、横に立って彼女の腕を眺めている人間の女性に変身したホルビット星人が言った。
輪の伸ばした左前腕には、一輪の白い花が咲いている。

「大丈夫、計算じゃ確実にあなたと融合するはずだから」
「…うん」

顔を青ざめさせて苦しむ輪に、事もなげに言うホルビット星人。
冷淡な星人の態度はしかし輪には気になら無かった。

(こんな苦しみ、今までの地獄に比べれば何でも無い…この花が実を結べば…終わるんだ!全部!)

徐々に大きさを増していく花を見つめ乍ら、自らの決意を思いだし、輪は必死に苦しみに耐える。


今までの彼女の人生は、終わりの見えない地獄だった。
些細な事から始まった過度ないじめ、両親の不仲からくる虐待、成績不振、担任からのセクハラ、そして強姦…。
暗黒の日々を過ごし、自殺を考えていた彼女の下に、ある日突然現れたのが、地球侵略を企んでいる、というホルビット星人だった。

「君の不幸を力に変えて、盛大に暴れてみない?」

そう言って、星人は輪に侵略植物ビッグジャングルの種を渡してきた。
ビッグジャングルは人間の生命力をエネルギーにして成長し、宿主を巨大な植物怪獣に変えてしまう。
そして、人生への絶望が強く、適度に文明社会に対する嫌悪感を持っている輪が、ビッグジャングルのコアにふさわしいのだそうだ。
どうせ死のうと思っていた輪には、ビッグジャングルになる事にためらいはなく、世の中に復讐してやろうという気持ちもまた、彼女にはあった。
そして星人の言葉に流されるまま種を体に植えて、今に至っている。

「あ…あぐ…あ…あ」
「お、いい具合に成長してきたよー、一気に行くよー」

やがて、白い花は散り、花から緑色の無数の触手が生えて輪の体を包みこみ始めた。
同時に、星人の姿が女性の姿から、アゲハ蝶の羽が人間の女の形になったような黒と黄色い模様が全身を覆う本来の姿に戻り、校舎を破壊して巨大化し始める。

「うああああああああああああああああああああ」

絶叫しながら、輪もまた巨大化した。
強い破壊衝動と、言いようのない快感が、頭の中で溢れだし、やがて、輪は全身緑色の蔦と葉で覆われた怪獣、ビッグジャングルへと変わった。



山中の廃校から出現した2体の怪物に、侵略星人から幾度も攻撃を受けていた日本政府は直ちに周辺住民に避難命令を発令し、陸空自衛隊に出動を命令した。
だが、航空機とヘリによるミサイル攻撃も、戦車、火砲による砲撃も、2体の怪物には全く歯がたたず、ホルビット星人の手から放たれる熱光線を受け、戦闘機も戦車も次々と破壊されていく。
ビッグジャングルになった輪も何かしらの方法で近代兵器群を蹴散らしてやりたかったが、ビッグジャングルの体には飛び道具が無く、星人に任せるより仕方がない。
そして自衛隊が壊滅し、撤退していったその時、今度は天空の彼方から白い胴着姿の宇宙人が現れた。

(カラテレンビクトリー!!)

輪はその宇宙人を知っていた。
ホルビット星人の様な侵略星人から人類文明を守って戦う、宇宙から来た宇宙空手の達人で、これまで幾度となく人類文明を襲う侵略星人から地球を守った宇宙人、カラテレンビクトリーだ。
だが、それだけの存在を前にしても、輪の心に恐怖は無い、むしろ、こいつを倒しさえすれば、という強い目的意識さえ湧いてくる。

「輪、出番だよ、あなたの体にはカラテレンビクトリーの宇宙空手は通用しない!私達なら勝てるよ、カラテレンビクトリーに!」

ホルビット星人の言葉に後押しされ、カラテレンビクトリーに向かっていく輪。
ビクトリーはそれを飛び越えると、後ろのホルビット星人へ急降下キックを放った。
ホルビット星人はそれを両手で防いでビクトリーを撃墜する。

「輪」

ホルビット星人の声が響き、輪は反射的にカラテレンビクトリーに飛びかかった。
ビッグジャングルの姿になった輪は、獣の本能の様な物で、自らの力のすべてがわかる。
体制を崩したビクトリーに輪は後ろから組み付いて、口元に針を出現させてビクトリーの首筋にそれを突きたて、そこから毒液を注入した。
激しく苦しみ、抵抗するビクトリー、だが輪の方が力が圧倒的に強く、拘束はびくともしない。
そこに、ホルビット星人が自衛隊を倒した光線を両手から発射した。
光線が直撃し、苦しみもがくビクトリー。
それを、輪はがっしりと抑えつけ、首筋からの毒液注入を継続する。
再度光線を見舞うホルビット星人。

「グアーーー」

ビクトリーが絶叫を上げた。
勝てる!
輪がそう思った時、彼方から爆音が聞こえ、航空機の編隊が現れて空爆を見舞ってきた。
激しい爆撃の閃光と音に輪が一瞬怯んだ隙に、ビクトリーはするりと輪の体から離れてしまう。

(攻撃される!)

そう思って輪が身構えるが、ビクトリーは一瞬輪を見た後、すぐに背を向けてホルビット星人へと向かっていった。
自衛隊に応戦していたホルビット星人はビクトリーに気づくと、光線を放って応戦するが、ビクトリーはそれを宇宙回しうけで弾きかえし、星人の顔面に手刀を放つ。
しかしホルビット星人はひらりとそれをかわすと、輪の傍らに飛んできた。

「輪、もう一度ビクトリーに襲い掛かって、両手の触手をつかうの」

ホルビット星人の指示を受け、輪は両手をビクトリーに向け、そこから無数の触手を発射する。
触手はすさまじい速さで伸びて、ビクトリーへと絡み付いていった。
ビクトリーはそれをかわそうとするが、動きにキレが無く、捕らわれてしまう。

「やっぱり思った通り…」

何かをボソリと言うホルビット星人。
だが、輪がそれを気にして問いかけるより早く、星人は飛びあがると、ビクトリーの頭を急降下キックで蹴りつけた。
顔面を蹴られ、大きくのけ反り、苦しむビクトリー。
輪も触手に力を入れ、ビクトリーを締め上げる。
勝てる!
輪は今度こそ確信を持った。
今、自分とホルビット星人は、今までのどの宇宙人よりもカラテレンビクトリーを追いつめている。
邪魔な自衛隊も先ほど片づけたばかりだから、もう邪魔が入る事は無い。
先ほど輪が打ちこんだ毒が効いているのだろう、カラテレンビクトリーはどんどん弱っていっている。

「とどめよ」

ホルビット星人がそう言って、先ほどよりも高く飛びあがり、足に光線と同じ光を貯めた。

「死ねええ!」

そう言ってカラテレンビクトリーに突っ込んでいくホルビット星人。
だが、その体がビクトリーに命中するより早く、天空の彼方から飛んできた何かがホルビット星人を撃墜した。

「うわああああああああああああああああああああ」

断末魔を上げて地面に墜落し、転げまわる星人。
自衛隊のミサイル攻撃でも傷つかなかったその片脚は無残に切断され、緑色の血が噴き出していた。
輪が狼狽えていると、地響きを上げて地面に着地したそれが、輪の触手も切断してしまう。
それは、着流し姿の宇宙人だった。

「ケ…ケンゲキオーゼット!!」

その姿に、ホルビット星人が悲鳴のような声を上げる。

それは、カラテレンビクトリーと同じく、宇宙道徳に従って戦う宇宙人だ。
本来は別所で活躍しているケンゲキオーゼットが、カラテレンビクトリー絶対絶命のピンチに駆けつけてきたのである。
こんな事は初めてであり、輪は勿論、ホルビット星人も全く想定していなかった。

ホルビット星人と輪に刀を構えるケンゲキオーゼット。
カラテレンビクトリーもケンゲキオーゼットの後ろで立ちあがった。
その気迫に、ビッグジャングルになって忘れていた感覚、恐怖が輪の中で蘇ってくる。

「輪、輪喰いとめて!襲い掛かるのよ!」

後ろからヒスを起こしながらホルビット星人が叫んだ。
しかし、輪は恐怖から進む事ができない。

「行けって言ってンだよ!!行けええええええ!!」

背後からホルビット星人が半狂乱になって光線を連射した。
その一発が輪の背に当たり、凄まじい激痛が走る。

「痛い」
「戦え!お前も焼き殺すぞ!!」

最早当初の落ち着きや余裕は無くなり、半狂乱で輪に命令してくる星人。
ああ…この宇宙人はやっぱり悪人なんだ、こんな宇宙人の甘言にのっても、幸せになんかなれないんだ、やっぱり私は幸せになれないんだ。
輪はその時、心底からそう思った。
だが、もうやるしかない、死の恐怖が、彼女を突き動かし、戦わせる。

「ああああああああああああああああああああ」

両手を振るって、ケンゲキオーゼットに立ち向かっていく輪。
だが、ケンゲキオーゼットもカラテレンビクトリ―も、輪を飛び越えて、後ろのホルビット星人に襲い掛かっていった。

「な…あ…あああ」

逃走しようとしていた星人は、なすすべなく首を切断され、拳が体を貫通し、大爆発した。
残され、茫然としていた輪に、カラテレンビクトリーとケンゲキオーゼットが爆炎を背にゆっくりとふり返る。

「ああ……私……」

二人はゆっくりと、輪の方へ歩み寄ってきた。

「やっぱり……地獄からは抜けだせないんだね」

そう言って、輪は目をつぶる。
はるか遠くから、大勢の人々の大歓声が聞こえた気がした。

       

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