Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

宇宙の道徳に従い、多くの侵略星人と戦ってきた、宇宙の空手家、カラテレンビクトリー。
そのビクトリーが消えて、半年が経とうとしている。
半年前、地球はあらゆる侵略星人の中で、最も凶悪であると言われ、多くの宇宙の戦士を倒し文明を滅ぼしてきた侵略王、シャーニイト星人の侵略を受けた。
カラテレンビクトリーはそれに挑み、激しい戦いの末、見事、助けに来た多くの宇宙の仲間と力を合わせてそれを打ち破っている。
だが、ビクトリーはその戦いで、傷つき、倒れ、最後には消えてしまった。
これまでにも、ビクトリーは消えてしまうことがあったが、新たな侵略星人が現れると、ビクトリーは何事もなかったかのように天空から人類を助けに現れている。
だが、地球の存在を侵略星人達に広めていた元凶であるシャーニイト星人が倒された事で、この半年、これまで多発していた侵略星人は一体も地球に現れていない。
人々は平和を謳歌しつつも、何の見返りも求めず、あらゆる国のあらゆる人種の人々の為に必死に戦ったビクトリーの無事を祈っていた。
人は、神話の勇者の様に、彼の勇気と、献身を、その文明が途絶えるまで、忘れることはないだろう。

……いや。
正確に言うと、彼ではない。
彼女、である。

No37「ぼくらのカラテレンビクトリー」

「お姉ちゃんって、カラテレンビクトリー?」

それは、彼女が日課にしている社の掃除をしている時の事だった。
近くの木の陰に隠れ、こちらを伺っている少年を見つけ、声をかけたところ、第一声でそう、尋ねられたのだ。

地球人は、宇宙エネルギー学的、宇宙魔法的にとても優れた構造をしており、本来ならば外的な処置が必要な超能力…例えば変身している宇宙人の正体を見破るだとかを先天的に身に着けている個体が存在している。
予備知識として学んでいた事が、彼女の頭をよぎった。
だが、まだ確実に正体が見破られたと見るべきではない、こんな森の奥の、誰も来ない様な社の世話をしている巫女を見て、物珍しさから聞いてきた可能性もある。

「どうしてそう思ったの?」

彼女が笑顔で尋ねると、少年は少し顔を俯かせた。

「だって…お姉ちゃんの頭にはカラテレンビクトリーと同じ、角があるもん」

あ、確定だ。
と彼女は思った。
普段は地球人に見られてもいい様に、特殊な処置で隠している彼女の角がこの少年には見えている。
この角が普通の地球人には見えない事は、以前社に来た自治体の人間や、今はもう新しくできた親友のところに行ってしまった輪には見えていなかった事から、間違いない。
先天的に特別な才能を持った地球人に合う可能性は、砂漠に落ちた一粒の砂金を見つける様な物だから、全く対策をしていなかったのが、仇になってしまった。
さて、どうしたものか…と彼女は考える。
勿論、少年に害を与える選択肢は無い。
自分がここから去って、少年が伺い知らない遠い国に行くしかないだろう。
外国にもこの社の様に、宇宙人の手で作られた宇宙人が地球に静かに暮らすための場所は多くある。
地球に来てからずっとここに住み、慣れ親しんだこの町と別れるのに抵抗が無いわけではないが、この少年を通じて自分の正体が世間に知れ渡らせるわけにはいかない。

「わかっちゃった…か」

彼女が寂しげに笑うと、自分が正体を知ってしまった事が彼女にとって不利益を生じさせてしまった事を察したのだろう、少年は申し訳なさそうな顔になる。

「僕、誰にも言わないよ」
「うん、ありがとう」

彼女は少年の言葉に笑顔で応じるが、出ていく決心が変わったわけではない。
彼を疑っているわけではないが、彼の意としない形で自分の正体が彼の口から洩れる事があるかもしれないし、これからこの少年が成長するにつれて、彼に如何なる心境の変化があるかはわからないのだ。
そして、自分との関りを絶たせる事は、自分の力を狙うだろう大勢の汚い大人や、侵略星人から彼を守る事でもある。

「………あのね、僕の…ね、お姉ちゃん…、星人に殺されたんだ」
「!ごめんなさい…、私の力が及ばないばかりに…」

決意を固めていた彼女は、少年の次の言葉にはっとなり、反射的に謝意の言葉を述べた。
それは、自分の力が及ばなかった為に出てしまった犠牲者である事は間違いないからだ。

「違うよ!お姉ちゃんはビクトリーが来る前に殺されたんだ!だからビクトリーは悪くないんだよ!」

それを聞いて、少年は手を振って慌てて訂正する。
しかし、ビクトリーは首を振ると、深々と頭を下げた。

「それでも、私がもっと早く現れれば救えたかもしれない命だわ。力が及ばなくてごめんなさい」

カラテレンビクトリーは侵略星人が現れても、多くの場合直ちに迎え撃ったりはしていない。
だが、それにはやむおえない事情がある。
それは、第二第三の侵略星人や、敵の別動隊を警戒しての事なのだ。
ビクトリーは侵略星人が現れると、いつも新たな侵略の兆候等が無いかを入念に確認した後に出撃している。
それも人間の五感や観測機器が及ばない様な場所や範囲を、徹底的に、迅速かつ確実に行っているのだ。
それらの確認を行うと多くの時間がとられ、結果、目の前の少年の姉の様な犠牲者が生まれてしまっている。
それを怠れば、地球に重大な危機が迫るのだ、どうしようもない事だと人は言うかもしれない。
だが、彼女にとっては、それだって自分の努力でもっともっと時間を短縮できるはずであり、自分の不努力が招いた事であることに変わりはなかった。
それで死者が蘇るわけではないが、遺族を前にした時、彼女には相手の気を静める為に謝る事しかできない。

「ごめんね、ごめん」
「違う違う違う!」

何度も頭を下げ、詫びる彼女を、少年は両手を振って必死に否定した。

「僕、お姉ちゃんが何か理由があってすぐに来れないんだってわかってるんだ」

姉の事を思い出したのか、それとも、カラテレンビクトリーの謝意に感動したのか、少年は目に涙を浮かべながらそう言った。

「俺、お礼を言いたかったんだ、ありがとう!お姉ちゃん、地球を守ってくれて!お姉ちゃんを殺した侵略星人、カラテレンビクトリーじゃないと倒せなかったもん!」

力一杯、少年はそう言った。
その言葉には、ありったけの、ビクトリーへの感謝の気持ちだけが籠っている。
それを聞いて、ビクトリーは頭を上げた。
目の前には、目に涙を浮かべた少年が微笑んでいる。
ビクトリーには守れなかった命があった。
だが、目の前には確かにビクトリーが守れた命があった。

「……ありがとう」

少年の手を取って、カラテレンビクトリーは心からのお礼を述べる。
傷ついて、苦しんで、迷って、悩んで、諦めかけて…必死に守ってきたもの、守れたもの。
それが、確かにそこにあった。

「私、この星に来てよかったよ」

これから、この星で何があるかはわからない。
この少年の心の変化を自分はさっき考えていたが、自分だってどう心境が変わるかはわからないし、宇宙の道徳への物の見方が変わるかもしれない。
未来は誰にもわからない。

だが、今、この時、守りたいもの、大切な物は確かにそこにある。
最強の守護者は、それをこれからも、大切に守っていこうと思った。

       

表紙
Tweet

Neetsha