Neetel Inside 文芸新都
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一枚絵文章化企画2017
「相席酒場」作:若樹ひろし(3/7)

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 相席酒場を御存知だろうか?
 それは独り身の男女達が集まり、それぞれに出会いが与えられる場である。
 基本的には寂しさを肌に感じている人々が集まるのだが、例外も居る。

 俺は相棒のイカリと目を合わせ頷き合う。入店する前の最後の確認だった。
 二人とも相席酒場は初めての体験だから、わずかばかり覚悟が必要だったのだ。
 そうして、異国風情のある暖簾をくぐると、柔らかい笑顔を浮かべた案内人の男が待ち受けていた。
 彼は頭を下げ、俺達に身分証明書の提示を求めたため、すぐにそれを差し出す。
 案内人が身分証明書の確認を終えると、早速料金システムの説明を始めた。
「それでは、ヤベ様。職業は戦士ですね。獣人族男性の料金になりますので、90分、6000Gになります」
 またか。心の中で舌打ちをした。先日訪れた、通称キャバクラと呼ばれる接待酒場でも獣人族という理由で、高めの料金を要求されたのだ。普通の人間よりも頑丈な、誇り高き鱗質の肌を呪いたくなる。鱗でモンスターの攻撃は防げても、世の中の差別意識は防ぐことはできないのだ。
 そして、この後の展開も何となく予想できる。
「イカリ様は、僧侶の職に就かれている様ですね。生人族男性料金より2割引きの料金となりますので、90分、4000Gになります」
 やはり、こうなったか。どうやら俺は二割増しの料金らしい。そしてイカリは、満更でもない様子で自分の禿頭を撫でる。
 女性は入場料、飲食料金ともに無料である事を許すことはできる。しかし、なぜ獣人族がこんな扱いを受けなければならないのか。納得することなどできない。やはり、一言、言うべきだろうか。
「落ち着けよ。替わりにさ、お前に花を持たせてあげるからさ」そう言ってイカリは俺の肩を叩いた。
 不満を抱く俺の様子を察したのだろうか。流石は僧侶である。
 魔法でもかけられたように俺の心は安らいでしまった。
 そして、さっさと料金を払い、案内人に席へ誘導してもらった。

 案内された席は板の間に直接腰を下ろし、飲食物も直接床へ置く仕組みで、様々な種族が共存する我が国ならではのスタイルである。灯りも小さなランタンのみで雰囲気がある。そして何より、一面ぶち抜きの壁は開放感があり、中々インパクトがあった。
 腰を落ち着かせて数分、いよいよ、二人組が案内されると報せられた。昂る気持ちを落ち着かせるため、ゆっくりと息を吐く。
 しかし、現れた二人組を見て、思わず肩をすくませてしまった。
 二十台前半で二人ともタイプは違えど整った顔立ちをしている。なのだが、片方は片腕程の長さがある剣を携え、もう片方は頑丈な鎧で身を包んだ女性達であった。つまり、女戦士の二人組だったのだ。
 
 女戦士には悪い思い出がある。
 数年前、とある酒場で気分が良くなり、近くに座っていた女戦士にナンパ目的で声をかけてみた途端、剣先を向けられた事があった。
 モンスターと勘違いしてしまったのだと謝罪されたのだが、それ以来、女戦士に会うと良い気分はしない。
「おい、どうした?ぼんやりして」
 イカリが隣から肘で小突いてきた。
 いつの間にか二人組の女戦士が目の前に腰を下ろしていて、どうやら自己紹介のタイミングらしい。
 俺達が挨拶を済ませると、女戦士達も挨拶を始めた。マントに身を包んだ片目の隠れた女はミズキ、鎧を装備した女はアオイというらしい。
 さっそく、勝負にかかろう。戦士の闘いは夜も終わらないのだ。そして今日はイカリの援護もある。勝機が近い、気がする。
「ミズキさん、出身は?」
 俺は、こういった場での基本中の基本で攻めてみた。
 しかし。
 反応が、ない。
 緊張して声が小さくなっていただろうか、もう一度同じ質問を仕掛けてみた。
 だが、結果は同じだった。
 彼女たちは俺の言葉を一切無視しており、決して言葉が通じない訳でなく先程から俺達と同じ言語を使い二人で話し込んでいる。
 これはどういう訳だと、イカリと目を合わせる。
 以前、噂で聞いたことがある。異性との出会いではなく、無料で飲食が行えるシステムが目当てであったり、男性を呼び込む為のいわゆるサクラが仕込まれている事があると。
 これはまさか、タダ飯目当てという訳ではないだろうか。
 こんな事を考えている間にも、イカリが二、三度声をかけているのに、相変わらず反応が無いままである。
 初来店でこれはなんという仕打ちだろうか。ただでさえ高い料金を払っているというのに。時間経過で席替えもあるようなので、それに期待するしかないのだろうか。それは、あんまりである。
 そうして、最初の食事が運ばれてきた。牛肉のソテーだったが、とても口にする気分にはなれない。
 対して、女戦士は会話を止め、ソテーに手を伸ばした。やはり、食事目的であったようだ。
 ソテーがゆっくりと口に運ばれていく。その様をぼんやりと眺めた。そしてミズキの口の中へ放り込まれた、瞬間。
 彼女の身体がドロリと溶け落ちた。
「な、なんだ」イカリが声を上げる。
 アオイも驚き、身体を飛び起こす。
「まさか」
 俺は思い当たる節があった。
 近年増加している。擬態能力を持つスライムだ。知能が高く、人間の言語など容易く会得し、驚くべきことに、その文化まで理解してしまうという。
 時折、こういった飲食店に紛れ込んでは悪事を働いているという。
 その対策として考案されたのが、スライムにとって有毒であるが人間には無害の、とある調味料を料理に混ぜる方法だ。

 いつしか、アオイと名乗った女戦士もスライムへと身体を変えていた。
 恐らく、この姿の方が闘いに向いているのだろう。ミズキと名乗った方は全く動かない、調味料によって既に屍と化したのだろう。
 すぐに武器を取り、戦闘態勢に移る。しかし、わずかに遅れたイカリが隙をとられ、スライムに纏わりつかれた。
 イカリを傷つける危険があり、俺は上手く手出しが出来ない。彼は激しく身体を揺らし、なんとかスライムを振り払った。
 しかし、イカリはその場に倒れ込んでしまった。
「気をつけろ、そいつの身体は毒性だ」
 忠告は少し遅かった。彼がそう言い終わる前に、スライムは俺に飛びかかり、俺の上半身を包む。
 まったく、本当に何という日だ。
 俺は小さく溜息をついて、纏わりついたスライムを地面に叩きつけそのまま切り刻んだ。
「獣人族の鱗に、毒は効かない」
 
 この騒ぎで相席酒場の営業は終了となってしまった。
「良かったな。ふんだくられた分は返ってきたじゃないか」イカリが冷かす。
「良くない」
 結局手に入れたのは、スライムを狩猟して得た1500Gだけだった。
 いや。他にも、少しだけ。
 ほんの少しだが、鱗質の肌に対する誇りも取り戻せた気がした。
 

       

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