「氷の惑星へ」作:のば 0320 2:59


 その日、ぼくは不思議な夢を見た。
 夜、自分の部屋で、いつものようにベッドに入ろうとしたら――窓をこんこんと叩く音がする。
 なんだろうとカーテンを開けてみると、そこには雪だるまが立っている。そういう夢。
 眠りにつく前の光景を夢に見ているというのが不思議な点で、実際ぼくは自分がいつ眠ったのか思い出せなかった。
 窓を開けてみると雪だるまは、ぼくと顔を合わせるなり、細い小枝の口をひん曲げて――
「全ゆ連からね、苦情があったんだ……」
「……」
「……」
「……全ゆ連?」
「そう。全日本雪だるま連合」
 こんなことを言った。
 いつ眠ったのか思い出せないけど、夢であることは間違いなかった。
「あのう……、えっと、あなたは? どちらさまですか?」
「どちらさま? そりゃあ君、君たちが昼間に作った雪だるまに決まってるじゃあないか!」
「……」
「……」
「あのう……、これって、その、夢ですよね?」
「夢……? ……ああ、そういうことにしておいたほうが、君にとっては都合がいいかな?」
 夢であることは間違いなかった。
 窓辺の雪だるまは、手袋を差した木の枝を器用にしならせて、まるで腕を組むようなポーズをとる。それから、鼻がわりにつけてやったニンジンをやや上に向けると、得意そうに言った。
「いやあ、君たちは実にセンスがいい! 見たまえこの手袋と帽子。……あっと、作った本人だから見たまえも何もないか。ともかく君たちのセンスのおかげでね、この冬全ゆ連が選ぶナンバーワン雪だるまの座はわたしで決まりと言われているんだ。ミスノーコンにも出る予定になっている」
「ミスノーコン?」
「ミスタースノーマンコンテスト、略してミスノーコン」
「……」コントロールのない女の人のことかと思ったけど、ちがった。
 雪だるまはそこで急に、目のつもりでつけたボタンを少し下にずらすと、落ち込んだような声で言う。
「そんなミスノー一位間違いなしの私だがね、実を言うとさっき怒られてきたばかりなんだ……」
「怒られた……? なんで?」
「……泣いちゃっただろう? あの子」
「ああ……」
 そう言われて、ぼくは朝の出来事を思い出してしまった。


 雪だるまの言うあの子とは、隣の家に住んでいる女の子のこと。
 ぼくよりちょっと年下のその子は、今朝、真っ白に降り積もった雪に目を輝かせ――
 一緒に遊ぼうとぼくを誘うと、近くの公園まで走った。そこで、ぼくらは雪だるまを作ったのだ。
「うふふふふ、ふっふふふー。そのぼうしは返してくれなくてもいいからねー? もう古くなっちゃったやつを、お母さんからもらってきたんだ」
 木の枝を刺して腕を作って、仕上げに毛糸の帽子をかぶせながら、女の子はにこにこと微笑んだ。鼻歌まで歌い始めて、本当に楽しそうに笑っていた。
 でも、ぼくのほうはあんまり楽しくなかった。ぼくは寒いのが苦手だったし、雪なんかで騒ぐほど子供じゃないと、そう思ってもいたから。
 だから、ぼくは冷えたほっぺたをさすりながら、こんなことを言ったのだ。
「返してくれなくても、っていうけど、結局は取りにこなきゃなんないでしょ?」
「取りに……?」
「だって、雪だるまってそのうち解けるじゃん。帽子だけ放りっぱなしじゃ、迷惑だって」
「あ……」
 そこではじめて気づいたというように、女の子は雪だるまの顔を見つめた。
「そっか……。解けちゃうんだね、雪だるまって……」
 雪だるまのほっぺたにそっと手を添えて、つぶやく。
「……さみしいね」
 本当に、さみしそうだった。
 でも、ぼくは寒かったのだ。
「さみしいってわかってんなら、さっさと帰ろう。無駄なこといつまでもやってないでさ」
「無駄……」
「どうせ解けるんだから、無駄だよ。寒いし、ほら、早く帰ろうよ」
「……」
 そこで――そこでやっと、ぷるぷると体を震わせ始めた女の子を見て、まずいことを言ったと気づいた。
「無駄じゃ……ないもん……」
「わ、え、ちょ、ちょっ……」
「無駄じゃ、ないもん!」
 でも遅かった。女の子は声を上げて泣き出した。
 大粒の涙をぼろぼろこぼして、雪だるまにしがみついた。
「あー、うー、……わかった! わかったから! ほら!」
 なんとかしなければと思ったぼくは、はめていた毛糸の手袋を外して、雪だるまの腕にひっかけてやる。
「手袋! 手袋してあげたよ! これで寒くなくなった! ね? ね!?」
 それでも女の子は泣き止んでくれなくて、なんとか連れては帰ったけれど、ぼくはお母さんにこっぴどく叱られてしまった。


「寒い冬、子供たちにひとときの笑顔を提供する存在――それが、わたしたち雪だるまだ。でも、雪だるまはいつか必ず、解けてなくなってしまうものである」
 雪だるまは鼻のニンジンを上げ下げしながら、難しい表情を作って語る。
「子供たちを笑顔にするべき雪だるまが、別れによって子供を悲しませてしまう……この矛盾は、全ゆ連でも問題になっていたんだ。でも、だからって雪だるまがいつまでも解けずに残っていちゃあ、おかしい」
 そこで一度咳ばらいをして、僕のベッドに雪の粉を飛ばす。
「だから、わたしは悩んでいるんだ。別れは必ずやってくる、それは変えられない。でも――もっと、悲しくない別れ方はないのかと」
 左腕、左の木の枝をまっすぐに伸ばした雪だるまは――手袋の指で、ぼくを指す。
「というわけで、なにかいいアイデアはないかな?」
「……なんで僕に聞くんです?」
「だって、泣かしたのは君じゃないか」
 けろりとした顔と声色でそう言った。それを言われると、ぼくも弱い……。
 悪いことを言ってしまったとは、ずっと思っていたのだ。でも、なんと謝ればいいのか、さっぱりわからない。
 悩むぼくを尻目に、雪だるまは自信ありげに胸を叩いた。
「なんでも言ってくれていいよ。たいていのアイデアは実現できるから」
「な、なんでも……?」
「そう、なんでも。だってわたしは雪だるま、子供の笑顔のためならなんだって!」
「……」
 いろんなことを考えた。
 外がうっすらと明るくなるまで、一生懸命頭をひねって、考えに考えて――
「……じゃあ――――」
 思いついたアイデアを、雪だるまに言ってみた。


 次の日の朝、僕は女の子を連れて公園に行った。
 昨日のことを引きずっているらしい女の子は、歩く間もずっとぶすっとした表情で、ぼくと目を合わせることはなく――
 でも、公園にたどり着くと、目を丸くしてあたりを見回した。
「あ、あれっ。雪だるまは……?」
「……」
「……もう解けちゃったの!? 一日しか経ってないのに……!」
 雪はすっかり解けてしまって、地面には水溜まりが残るだけ。映りこんだ空の色も、澄んだ水色をしている。
 高く昇った太陽の下、おろおろと雪だるまの姿を探す女の子を見て――
 ぼくは、大きく咳ばらいをしてから、叫んだ。 
「……雪だるまって、なんで溶けるんだと思う!?」
「な、なんで……?」
 急な大声に女の子は驚いたようだったけど、少し考えてから答える。
「外が、あったかくなるから?」
「それもあるけど、それだけじゃない」
 ――ここからが、勝負どころ。
 ぼくは、右手の人差し指を空高く突き上げて――こう叫んだ。

「雪だるまは、体の中にジェットエンジンを搭載しているからなんだ!」

「……じぇっとえんじん……?」
「そ、そう! 雪だるまは、大きくなると夜中ひとりで動いて、燃料を集めて……体の中に、ジェットエンジンを作る。だから、飛ぶのが下手な雪だるまは、自分の中のエンジンの熱で、溶けてなくなっちゃうんだ」
「飛ぶ……飛ぶの?」
「そう、飛ぶ!」
 女の子がきょとんとした表情を浮かべた瞬間は、ものすごく”やっちまった感”みたいなものを感じた。
 でも、ここで止まってはいけない。なんとしても、押し切ってみせなくては!
「成長した雪だるまは、ジェットエンジンで飛んでいくんだ。地球よりもずっと寒い、氷の惑星を目指して!」
「氷の、惑星……」
 半信半疑といった表情ではあるけど、女の子は不安げに口にする。
「そこなら、雪だるまも解けないかな?」
「解けるわけないでしょ? ――ほら、あれ見て!」
「え――」

 ――ぽぉん、と。
 花火を打ち上げるような音が、遠くのほうで響いた――

「――あっ!」


 雪だるまが空に打ち上がっていた。
 足元からオレンジ色の炎を噴き出して、
 青空に、白い煙をたなびかせながら――

 赤い毛糸の帽子と手袋。
 昨日ぼくたちの作った雪だるまが、ジェット噴射で空を飛んでいた。


「――ほら! 早くバイバイしないと、行っちゃうよ!」
「えっ、あ――ゆ、雪だるまさーん!」
 女の子は慌てて駆け出そうとして、駆け出してもしょうがないことに気づいて止まった。
 かわりに、大きく両手を振る。
「――雪だるまさぁーん!」
 首をほとんど水平にして、真上を見上げて――雪だるまに手を振る。
 雪だるまはどんどん小さくなっていった。雲を突き抜け、飛行機とすれ違い、ぐんぐん、ぐんぐん昇っていく。
 だから、手袋なんかもうほとんど見えなかったのだけれど――
 それでも一瞬、雪だるまが、手を振り返してくれたような気がして―― 
 女の子は、顔いっぱいに満面の笑みを浮かべた。
「――元気でねぇー! ――ばいばぁーい……!」
 夢を見ているような気分だった。
 というか、これは夢のはずなのだ。昨日の夜からずっと夢を見ているのだ。
 そうぼくは思っていたけれど、でも、隣でぴょんぴょん飛び跳ねながら叫んでいる女の子を見ていると、どうしてだか――
 ぼくもそういう気持ちになって、小さくなっていく雪だるまに向け、そっと片手を振った。

 雪はすっかり解けてしまって、地面には水溜まりが残るのみ。
 青く、水色に澄んだ空の色を、水溜まりは写し取っている。
 氷の惑星の氷というのも、こんな色をしているのかなと――そんなふうに、考えた。 



 あれは不思議な夢だったんだと、今でもぼくはそう思っている。女の子と、二人で同じ夢を見たんだ。
 それでも、たわむれに考えることはある。もしあれが夢でなかったとしたら、彼はいまごろ、何をしているのだろう。
 たぶん、ミスノーの表彰式でもしているんじゃないだろうか。氷の壇上で、差し出された氷の賞状を受け取るに違いない。
「おっかしいわねえ……」
「なに、どしたのお母さん」
「……あんたさあ、このまえ雪だるま作るのに手袋つけていったじゃない。あの手袋どうしたの? どこに置いた?」
「あっ」
 ――赤い、毛糸の手袋をはめた、木の腕で。
sage