Neetel Inside 文芸新都
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一枚絵文章化企画2017
「トイレの神田さん」作:竹トンボ(3/8 22:58)

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 昔僕が通っていた小学校には、トイレの花子さんという噂話があった。現在僕が通っている高校では、トイレに神田さんがいる。
 神田さんは綺麗な赤い髪を長く伸ばしていて、僕たちの学校の制服を着ている。幽霊なんかじゃない実在する人物だ。
 だけど神田さんは僕たちの学校の生徒ではないと考えられている。1年生から3年生までのどのクラスにも、そんな生徒は在籍していないからだ。


 北校舎2階女子トイレの真ん中の個室。そこに神田さんはいつもいる。トイレの中にいつもいると言っても、ずっと用を足しているわけではない。目撃証言によると神田さんはノートパソコンで何か作業をしていたり、バッグいっぱいに詰まった札束の枚数を数えていたり、狭い個室の中で器用にサッカーボールをリフティングしていたりするらしい。
 神田さんはパソコンやサッカーボールだけでなく、トイレの個室にさまざまなものを持ち込んでいる。冷蔵庫や掃除機、扇風機などの家電や、制服をかけるためのハンガー、そのハンガーを壁にかけるための金具も壁に取り付けている。トイレのタンクにはぬいぐるみが置かれているが、可愛らしいものだったとか呪われていそうな怪しいものだとか、証言にはばらつきがある。
 そうした様子から神田さんは個室の中に住んでいるとするのが大方の生徒たちの共通認識だ。しかし個室内にある物について多くの目撃証言が出る中「布団や枕などの寝具があった」という証言が皆無であるため、寝起きは個室以外のところで行っているとする説も根強い。


 ここまでの神田さんに関する情報は、多くの生徒による目撃証言を元にしたものだ。神田さんは幽霊などではなく実在の人物だが、後に述べる事情により深く踏み込んで調べたという者が未だおらず、その正体は謎に包まれている。


 神田さんが初めて目撃されたのは、去年の夏休みのことだ。だからといって神田さんがその時期に個室に現れたとは言い切れない。北校舎の2階は教材資料室などの教師にしか用がない部屋が並ぶフロアであり、生徒の出入りはほとんどない。去年の夏以前から神田さんがトイレにいたとしても気付く生徒はいなかっただろう。
 神田さんの第一目撃者は当時3年生のA子である(A子の本名等は広く知られているがここでは伏せておく)。A子の証言は神田さんの謎を解く上で非常に重要なものだが、それゆえに流言飛語も多く、信頼性のある情報を得ることは難しい。
 例えば神田さんはA子に対して
「悪いこと言わないから、何も見なかったことにしておいて」
 と声をかけたとする説が主流である。一方で何も言わずA子に拳銃を突き付け、A子を立ち去らせたという話もある。この拳銃は本物だともモデルガンだとも言われている。
 また、そもそも普段生徒が利用することのない北校舎2階のトイレにA子が入ったこと自体が不自然だとし、A子と神田さんとの間になんらかのつながりがあるとする説もある。A子がトイレに行きたくなったときの最寄りのトイレがたまたま例のトイレだったなど、不自然でない理由はいくらでもありえると僕は思うけれど。


 教師たちも神田さんという存在を認めてはいる。しかし神田さんのことは公然のタブーとなっているようで、何も語りはしない。学校のトイレを神田さんが私物化している状況を変えようともしない。
 また神田さんについて生徒からしつこく追及されて
「俺も生活がかかってるから勘弁してくれ」
 と口走った教師がいたという話から、タブーに触れた教師はクビにされてしまうと言われている。
 教師がクビにされるということは、生徒も同様だろう。不都合な真実を知ってしまった生徒は、何かの理由をつけて退学させられるのではないか。受験のときに不利になるように手を回されるのではないか。そんな憶測が広まった。さらにはそうした噂に尾ひれがついて「神田さんを見た人は大学に落ちる」、「呪われる」、「一生恋人ができなくなる」などということを本気で言う生徒も現れるようになった。
 神田さんの存在が明らかになってしばらくは、北校舎2階女子トイレには常に人だかりができていた。このとき神田さんは多くの生徒に目撃され、怪談や都市伝説の類ではないことが証明されている。しかし神田さんの呪いについてまことしやかに囁かれるようになってから、神田さんの話は次第と生徒にとっても公然のタブーとなっていった。神田さんの元に足を運ぶ生徒も減っていった。


 生徒たちは表立って神田さんの話をすることはなくなったが、今でもこっそりと神田さんの話をする。教室の隅で小声で話したり、SNSで長文考察を書き連ねたり。ブログを開設し、収集した目撃証言をまとめている者もいる(そのブログの主は退学などの可能性を恐れ、絶対匿名を宣言している)。
 「神田さん」という名前はそのブログのコメント欄に書かれた証言が元になっている。理事長と教頭の会話を盗み聞きしたのだという。コメントが匿名で行われたこともあり信憑性は極めて低いとされているが、それでも神田さんという呼び名は定着していった。




 ――以上が神田さんに関する概要だ。

 長々と書いておきながら、僕は1回しか神田さんを見たことがない。それもだいぶ前のことだ。
 今度またこっそり見に行こうかな。神田さんはきっとこれまでと同じように、見物人なんかいないみたいに涼しい顔して、札束数えたりしているんだろうけど。

       

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