「教祖大山川様の偉大なる実験」作:うんちつよ 0312 18:05

 ―大アジア心と最先端技術の心理教団教祖 大山川 大弘 西暦1999年7月3日の手記より

 月日は百代の過客にして行き交う年もまた旅人らしい。

 「造化にしたがひて造化にかへれ」に辿り着いた芭蕉という偉大な先達に敬意を表す為にも、大事な日の前日には必ず芭蕉を読むことにしている。
 芭蕉の言う事はもっともだ。時の神は待ってはくれないのだ。つまるところ、事態はいつだってなる様になっているのではなく、なる様にしかなっていない。
 その点でNASAは生温いと言わざるを得ない。奴らの対応から察するに、観察、防衛に重きをおき、対話と友好は向こうからの接触があり次第、適宜検討するという、極めて非主体的で薄志弱行なスタンスを保っているようだが、それではやはり後手に回る。
 
 大アジア心と最先端技術の心理教団教祖である私の研究により、セクシャルチャネリングはもはやロストカルチャーではなくなった。一般大衆の多くがそれはエキセントリックだと、少なからず嫌悪を抱いている様子なのが嘆かわしい。時代は巡るも不易であるというのに。それは衛星軌道上の彼らとも必ずコミュニケイトできる代物だと言うのに。
 チャネリングにおけるセックスとは解体であり融合であり折衝である。さらに言えば、カオスとなった後に、不離一体と成る為の爆発なのだ。つまり今回の行動は種も星も超えたすべてが融和へ向かう為のテストと言ってもいいのである。

「宇宙平和」

などといえば青臭く聞こえようが、あえてそう記す事にする。宇宙平和を体現するには明日のテストが必要不可欠である事はもはや疑うべくもない。教団員との協議の結果は絶対だ。

 明日、決行する。

 邂逅でありたいと強く願うが、彼らの先進性を考えるとどうだろうか。よしんば彼らにとって思いがけないものであったとしても、こちらの意図に気付きはしないだろうか。

 まあいい、明日の結果を見てみることにしよう。




 大山川は寝台に載せられた女性の、無駄に細やかな髪を愛撫した。艶やかな肌はぬめりとした快楽を思い出させ、思わず生唾を飲んでしまう。
 「やはり少し惜しいか……」
 ここ最近、一番融和を深めたチャネリングパートナー、情を捨て切ることはいかに教祖と言う立場の大山川だとしても、人である以上困難だろう。しかし教祖がその身を犠牲に出来ない以上、文字通り自分の性が染み付き、どこまでも従順なこの団員を贄とするのが最適だとする教団の総意をなぜ否定できよう。決定を否定する訳にはいかない。
 邪念を振り払うと気がかりは一つだけになる、彼女がしっかり仕事を成せるかどうか。

 「教祖様、そろそろ」
 
 団員の促しに、少し感傷的になっていたことに気がつく。そうではない、そうではないのだと思い直す。
 その場にいる10人程の幹部連中に目配せをする。しばらくして意識朦朧の操り人形の様な女性はゆっくりと静かに、それでも確実に空に登っていく。まず女性の口元にたれる涎が目視できなくなった。次いでたなびく襷の文字が判別できなくなった。やがて女性がなにかの塊としか見えなくなり、ついには足に括りつけた教団の象徴である「心のリボン」だけが空に向かって垂直に線を書いた。
 
 観察を続けて40分、目標高度に達した頃、青い空が一瞬だけ真っ白になった。
 さざ波に絵の具をぶちまけたように真っ赤が一気に空を染めあげるのにすこし遅れて、融和のビッグバンとも言うべき地の底すら震えさせる大爆音がその場に居た全ての人の耳をつんざく。


 これでもかと言う静寂の中、映像が地上で確認されると、歓声が起こった。




 ―大アジア心と最先端技術の心理教団教祖 大山川 大弘 西暦1999年7月4日の手記より

 衛星軌道上の母船に向かってまっすぐ飛ばせば必ず様子を見に来るとは思っていたが、次代のセクシャルチャネリングがここまでうまくいくとは思っていなかった。ホイホイと彼女に向かってくる様を見るに付け、存外、彼らは短慮で迂闊な部分があるのかもしれない。まあ、彼女がうまくやったと言うことでいいだろう。ともかく、私たちの融和の第一段階は灰燼すら残さず遠い空で融和を成したようだ。喜ばしいことだ。
 
 「造化にしたがひて造化にかへれ」の世界に近づくだけの成果は得た。時流にそぐわず、行動が結実しなかった芭蕉に哀れみと感謝を。
 
 思うに、芭蕉は池の水面にカエルを叩き付けたに違いない。カエルの臓腑と、木々と水、光、空、空気、種々。全ての調和をテストしたに違いないのだ。

 水面とカエルの爆ぜる音を聞いて、ニヤついた芭蕉の顔は、さざ波立つ水面でさらに歪んで見えたことだろう。
 爆発直後の私の顔と同じか、少し足りないくらいに。
sage