Neetel Inside 文芸新都
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一枚絵文章化企画2017
「冒険の結末」作:ヤスノミユキ 0319 19:26

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 俺は、打ち明ける機会をずっとうかがっていた。彼らにとって都合の悪い真実を。
 別に悪気があったわけじゃない。勘違いしていただけだ。言うなればこれは、他愛のない行き違いだったはず。しかし、いまとなってはもう遅い。いくら申し開きをしたところで、なにもかもが手遅れなのだから。



「私たちが猫に姿を変えられてから、もう一年以上が経つのだな」
 俺たちのまとめ役、金色の毛並みをもつ『金子』が口火を切った。
「うん、大変だったよね」
「まったく、長い道のりだったぜ」
 続いて、二人の仲間――青色の毛並みをもつ『青山』、ぶち模様の『渕』が口を開く。
「……あぁ」
 一拍遅れて、俺もようやく相槌を絞り出した。
 俺を含めた四匹の猫は、車座になって向かい合う。時刻は昼、正午近く。柔らかな陽気に似合わず、俺たちには神妙な雰囲気が漂っていた。
 辺りをかこむ冷たいコンクリートも、その一因だろう。打ちっぱなしの建物はすでに廃墟と化している。壁の一部はツタに覆われて、灰色が見えない。窓はなく、長方形にくり抜かれたところから、ちょくせつ日光が差し込む。所々に見えるひび割れが、放置されてからの長さをうかがわせた。
 一見すれば、打ち捨てられた事務所か個人宅のようである。しかし、この場所がただならぬ<神聖特異点>であることは間違いない。壁に描かれた記号のようなもの。これが、いつか金子が言っていた、両乳首の均衡を表す<バランスマーク>であることからもそれは明らかだった。
「我々の冒険もいよいよ大詰めとなるわけだが」
 金子が、引き続き会議の進行を務める。
「情報の限られた神託で、よくぞここまでたどり着いたものだと思わないか」
 金色の毛並みを悠然と揺らし、神託を口ずさむ。
「『勇者よ、哀れにも猫に姿を変えられてしまった勇者よ。まずは仲間とオーパーツを集めなさい。勇者の数はぜんぶで四人。飛騨高山にある城山公園に向かえば落ち合うことができるでしょう。』」
 金子に目で促され、続きは青山が引き取った。
「『仲間を見つけることは簡単です。毛並みの特徴を見ればよいのです。ひとりは金色の毛並み、ひとりは青色の毛並み、ひとりは白地に黒のぶち模様、ひとりは白地で片耳と尾だけが黒く染まっています。』」
 いつか青山が言っていたことだが、神託を受けた者がその内容を忘れることはないらしい。なんでも、神託は脳の記憶媒体ではなく、魂に刻まれるとか。だから、長たらしい文言を彼らがそらんじることに不思議はないわけだ。
 今度は青山に促され、渕が続きを引き取った。
「『オーパーツは二つ。<ヴィマナの鍵>と<アビドスの魔導書>です。場所はわかっていませんが、北海道の十勝に手がかりがあるとされています。無事に仲間とオーパーツを集めたら、最も強い<神聖特異点>に向かいなさい。四人の勇者、二つのオーパーツが揃っていれば魔女の呪いは解けるでしょう。そして力を合わせ、魔女を打ち滅ぼすの――』」
 渕はそこまで言ったあと、俺に目を向けた。口元には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。期待に応えないわけにもいかず、俺は神託を締めくくった。
「『です』」
「フハハッ」
 金子が息を漏らすと、堰を切ったように笑いが起こる。
 これは、俺たちが出会った当初からあるジョーク。いわば勇者ジョークだ。金子も青山も渕も、大口を開けて笑っている。哄笑の隅で、俺は下手くそに頬を歪めることしかできない。
「はは……」
 俺は、打ち明ける機会をずっとうかがっていた。彼らにとって都合の悪い真実を。別に悪気があったわけじゃない。勘違いしていただけだ。彼らのおかしな言動はすべて、そういう遊びに過ぎないのだと。
 俺は幾度となく機を逸した。いい加減な神託をよこした神とやらを、なんど呪ったかもわからない。そうして真実を告げられぬまま、物語は大詰めを迎えてしまったらしい。こうなればもはや、申し開きは手遅れなのかとも思われる。
「玉田くん、大丈夫かい? 顔色が悪いようだけど」
 気遣い屋の青山が心配してくれる。いまでは優しさすら、毒のように俺を苦しめるというのに。
「ところでよぉ」
 渕が口をはさんだ。
「いつになったら呪いが解けるんだ? 勇者は四人いるし、オーパーツも二つある。ここは最も強い<神聖特異点>だろ?」
「そういえば、そうだね。なにか儀式が必要なのかな。神託にはなかったけど……」
 青山も首を傾げる。
 俺には、なぜ呪いが解けないのかわかっていた。「とにかく、建物内を散策してみよう」という結論になっても、俺は一歩も動けずにいた。黙って、打ち明ける機会をずっとうかがっていた。彼らにとって都合の悪い真実を。
 ――俺は、始めからただの野良猫なのだということを。
 元から、人間の勇者などではない。俺は猫だ。城山公園に暮らし、人間たちから『タマ』の愛称で親しまれる猫だった。
 一年以上むかしのある日、三匹の猫が現れた。彼らは俺のことを勇者に違いないと決めつけ、着いて来いと言った。おかしな遊びが流行っているのだなと、最初は思ったものだ。しばらくは嫌々遊びに付き合っているつもりだったが、抵抗はすぐに消えた。『冒険』と称して全国を周るのは刺激的だったし、『勇者』になりきって振る舞うのも悪い気分ではなかった。それになによりも、気の置けない仲間がいることがうれしかった。
 途中、疑惑が湧かなかったわけではない。いかにも本物らしい魔導書や、様々な超常現象を目にするたび、「変だな」くらいは思っていた。とはいえ、大いなる勘違いが発生していると確信したのは、ごく最近のことなのだ。と、言い訳はさせてもらいたい。悪気はなかったのだ、決して。
「おっと、あぶねぇ」
 俺の煩悶を破って、渕が声を上げた。
「どうかしたのかい」
「何か見つけたのか」
 散っていた青山と金子がのろのろと集まっていく。俺も後に続いた。
「こんなところに穴があんだよ」
 渕の言う通り、確かにそこには穴があった。コンクリートの床から正方形に掘られている。断面が整って、タラップもあるので、建物に備え付けられていたものらしい。しかし、上り下りの便利などは所詮、人間用に考えられている。猫が足を滑らせれば、タラップを掴む間もなく地面に叩きつけられるだろう。俺は穴から、半歩後ずさった。
「下には何があんのかね」
「渕くん、危ないから覗きこんじゃだめだよ」
「うおっ、見ろよ、野良猫の死骸が落ちてるぞ」
 青山と渕が騒いでいる。
 二人のやり取りは自然なものだったので、何気なく流してしまいそうだった。あるいは流してしまった方が幸せだったのかもしれないが、俺は引っかかってしまった。『猫の死骸』というワード。野良猫が落ちて死んだだけなら、気にかかるほどのことではない。いかにも猫が落ちそうな穴に、案の定、猫が落ちただけだと結論するだけだ。……ここが、<神聖特異点>という場所でなければ。
 <神聖特異点>を訪れそうな猫に、俺は一匹だけ、心当たりがある。早まる心音に急かされるようにして、一歩踏み出す。そして、穴の中を、見下ろした。
「ああっ、なんてこった!!」
 穴の底を認めた瞬間、俺は悲鳴を漏らさずにいられなかった。
 そこには、猫の死骸があった。白地の毛並み、片耳と尾だけが黒く染まった、俺と同じような猫の死骸が。

       

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