朝日が夜露で湿りきった町を明るく照らす。住宅街からは朝食を作っている湯気が所々立ち上っている。
そして住宅街とは不釣り合いなほど高くそびえ立つ中心街のビル群の窓ガラスが光を反射し七色に光輝いていた。
中心街に近ければ近いほど富裕層が生活する高層ビルが並び、遠いほど利便性が悪いので貧困層が集まり違法建築の
集合住宅が並ぶ。夜は郊外から中心街まで独特な光のグラデーションを作り出していた。
そして、貧困街の片隅にある”どんな案件も”扱う変わった便利屋が存在する。
普段はお使い代行、家の掃除、迷子になったペットの捜索等、普通の依頼をこなしているが、ある時はテロリストのアジトを特定、またある時は12年間行方不明だった殺人犯への報復。
ただ、世間一般にはこの裏の顔はあまり知られていない。特殊な事案なら尚の事知られていない方が良い。
事務所には 黒猫、白猫と呼ばれる2人の変わった女がおり、ここを知る人間は「猫の便利屋」と呼んでいた。
2013年10月7日
「ありがとうございます。こちら猫の便利屋……だから、うちは手打ちそば屋じゃないです! 」
間違い電話が頻繁に続き、白猫は耐え切れず電話口で叫んでいた。ひび割れた鉄筋コンクリート造のビルに叫び声が響き、割れが進みパラパラと破片が落ちて来たように思えた。
声の主は興奮が冷めぬまま受話器をガシャンと強く叩きつけて振り向く。彼女の目線の先には適当なファッション誌を顔に乗せてソファーで昼寝をしている黒猫がいた。
「くろさん!くろさんってば!」
寝ている黒猫に声を掛けても一向に起きる気配はなく、ただ寝息だけが憎たらしいほどリズミカルに聞こえてきた。その事にカチンときたのか白猫の中で何かがはじける。
「いい加減に仕事しろ、黒猫ーーーー! 」
白猫は持っていたコーヒーカップを黒猫へ目がけて投げた。
カップは寝ている横顔に命中し、んがぁあっ! と叫びながら左頬を抑えて黒猫はとび上がる。頬は真っ赤に腫れ上がって黒猫は涙目になりながらさすっていた。
「い……いってぇな……何だってイライラしてるんだい。あの日ですか、多い日ですか、殺すぞコラ!」
「うるさーい、全然ちげぇよ!」
「じゃぁ、何だ。一昨日の合コン失敗引きずってんのか。大体お前の爆弾発言で連中引いてたぞ! 」
「……ほら、久しぶりにお持ち帰りとかされてさ……間違いとか有ってもいいかなーって」
「その調子じゃ、痛いキャラのまま閉経迎えるぞ……まぁ、今度はアンタの好きな細マッチョのダチに声掛けるけどさ」
「ホント? って、話を逸らすな――――!」
少女は、黒猫が寝ているソファーをぐるりとひっくり返した。
その勢いで顔から落ち、後頭部をかきながらゆっくりと起き上がる。
「あー……なんですか?ノラ。というか何で昼間から顔ボコボコなんだあたしゃ……」
「ノラじゃないです。私は仕事上、白猫っていうコードネームがあります! ちゃんと呼んでください。」
「わかりましたよ、野良ネコちゃん」
黒猫は、白猫の要求に頭の上でひらひらと手を振りながら答えた。少しづつ場の雰囲気が悪くなっていく。殴り合いこそ無いが、猫の便利屋では暇を持て余すと喧嘩が勃発する。男より血の気が盛んな女と彼女らを知る人物からも言われているが本人たちは否定していた。
「まぁ、どーしてこうヒステリックなのかねぇ……おぉやだやだ」
「どーしても何も無いですよ。解ってますか?この状況!」
白猫はおもむろに今月の予定表を指さす。休みとゴミ出し以外の日には何もチェックが入っておらず、ほぼ空白の予定表が空しく壁に掛けられていた。
「どうせ、仕事がないから収入厳しいとか言いたいんだろ?」
「そこまで解ってるならなんで行動しないんですか!」
白猫は不満を黒猫にマシンガンのようにぶつけながら、ブロンド髪の頭をわしゃわしゃと掻き毟る。せっかくの繊細で流れるような髪が一瞬にしてちぢれた中華麺のようになってしまった。
「そりゃ、あたしらが扱うような案件……困りごとが無いほうが世間一般的にはいいですけど……でも……」
「でも?何だよ。」
「ここは一回どかんと、誘拐事件でも起きてくれないかなーって……」
白猫の爆弾発言で場の空気が一気に冷めていく、黒猫は心なしかサーッと何かが引いていく擬音が聞こえたように思えた。そしてお互い熱が冷め、冷静になった黒猫が白猫を諭しはじめる。
「……お前、自分の言ってる事わかってるよな?」
「どうせ平和を愛せませんよだ……」