Neetel Inside 文芸新都
表紙

三月の金平糖
八月のドロップス

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カランカランと缶が鳴る。誰もが一度は食べたことがあるだろうドロップ。それを見るたびに思い出す人がいる。友達でもなく恋人でもない。彼女にとって、俺は何だったのだろう。

大学四年生の夏。大学院進学を控えた俺は猛勉強に励んでいた。研究室に出勤してずっと勉強。昼食食べてまた勉強。たまの息抜きに動画サイト。向かいの机では同級生が同じように猛勉強。隣の机は、マインスイーパーやってやがる。
隣の席は女子。進学せず就職するらしい。GW前には内定貰って、今は卒論に向けてデータ集め中。
いや、そんなことはどうでもいいんだよな。彼女は半月前、俺に告白ってきたんだ。

彼女のスペックはまあまあ美人でツンデレ女王様キャラやってくれてる。そして巨乳。Fカップあるらしい。

で、どうしたかって言うと、断った。「院試前でそれどころじゃないから」って。彼女は泣きながら「大丈夫。ありがとう。ごめんね」ってそれだけ。何事もなかった顔してる。実験室で1人で泣いてたりして、本当は全然大丈夫じゃないみたいだけど、気丈に振る舞ってるんだろうな。

向かいの席の奴が先生に呼び出されて出ていったのを機に、俺も休憩する。うーんと伸びをしたら、コトンと机に何か置かれた。
ドロップの缶。
「差し入れ」
とマインスイーパーのセルをすごい勢いでクリックしながら言われる。なんでこいつ、旗立ててねーの?
「お、ありがと」
コスパの良さから勉強のお供にしているドロップを、彼女はいつも差し入れてくれる。未練がましいとも思うけど、受け取ってしまう俺も俺だ。
「ありがとついでにさ」
言い終わらないうちに、彼女が立ち上がる。初級8秒とか何者なの。
「マッサージでしょ、いいよ」
「悪いねー、いつも」
彼女の特技、肩もみ。おばあちゃん子だったのか、めちゃくちゃ上手いんだ。一日中机に向かってるから、正直かなり助かってる。これで今日も夜まで頑張れる。
「あのさぁ」
あーやっぱ無理かも。
「上、行かね?」

最上階にある、ほとんど使われていない資料室。本棚とソファがあって、内側から鍵がかかる。彼女は何も言わずにソファに腰をおろした。色が白くてまるで人形みたいだと、こうする度に思う。
「ごめん」
そう言うと俺は彼女を押し倒した。

     

「ねえねえ、今度飲みに行かない?」
シナをつくった様な誘い。こいつこんなキャラだったか?
「合格祝いに奢るからさ、二人で行こうよ」
「合格祝いならさ、みんなで行こうよ。受かったの俺だけじゃないんだし」
「んー。そーだねぇ」
院試が終わって、俺も彼女も卒論研究が忙しくなった頃。度々の彼女の誘いを俺はことごとく断っていた。夏に遊べなかった分、仲間との約束でスケジュールはいっぱいだったし、合格祝いならみんなでやりたかった。

秋が過ぎて冬が来ると、卒論の大詰めで皆忙しかった。進学して研究室に残る俺たちと比べて、彼女は学会発表だとか追加の実験に終われて夜遅くまで残っているようだった。
「バイトあるからお先にー」
「お疲れ様ー」
そんなやり取りしかしない日すらあった。

春が近づいて卒業旅行は、研究室のメンバーで東南アジアに行ってきた。彼女は国内なら同行するとのことだったが、多数決で決まった海外旅行に意義を唱えることなく実験に勤しんでいた。
旅行から帰るとあっという間に卒業式で、段ボールに詰め込んだ荷物と一緒に彼女は去って行った。

一年半後、彼女は結婚が決まり、研究室のメンバーみんな二次会に招待された。ドレスを着た彼女はびっくりするくらいに綺麗で、屈託のない笑顔で挨拶をして回っていた。卒業後、一度もあって会っていない俺たちには特に話す事もなく、当たり障りのない会話が過ぎただけだった。

実は一度、彼女からメールが来たことがある。
「貴方にとって、あたしは一体なんだったの」
それだけの文面で、責めているのか悔いているのか判別はつかなかった。
「研究室の仲間だよ。他の皆と同じ」
そう返信すると、それ以来連絡はなかった。次は結婚式二次会の招待状だったのだ。

何故今さらこんなことを思い出したのかと言うと、今度先輩の結婚式があるのだ。どうやら彼女も出席するらしい。俺自身、結婚を考えている相手がいる。
あの頃を振り返って、どんな顔をして彼女に会うべきか。何を言うべきか。未だ決めかねている。

       

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