第三話:倉持蜜葉とメッチェン通り

 平成の到来と同時に姿を消した――この町を象徴していた商店街であったメッチェンロード商店街連合会は、死屍累々たる同胞たちに対する弔いの気持ちを込め、名もなき寂れた細い路地に、新たにメッチェン通りの呼び名を与えることに決定したのが二十数年前のお話。
 高度経済成長期には一番空いている時間帯の銀座顔負けの大盛況ぶりを誇っていたいつかの街角は見る影もなく、都市計画の一環として行われた大規模な区画整理により、メッチェン通りは更なる縮小の憂き目に遭った。
 新時代への突入を目前に控えた今となっては昭和の時代から残る焼け跡のようなビルヂングは恥ずかしいものを覆い隠すように裏へ裏へと押し込まれ、メッチェン通りの名前は日照権を蹂躙された「暗闇通り」振られるルビとして活用されるまでに至っている。
 没落し沈没し陥没し湮没してしまったその路地には、不老不死の魔物が暮らすと言われている。時代に取り残され、隣町の超巨大ショッピングモールになぶり殺されたことに気付かず、魂だけの存在になっても地上を彷徨い、メッチェンロードの再興を願う悲しき地縛霊――。
「おい」
「はい、なんでございましょうか」
 不動産屋の親爺が僅かに浮いた腰を落として、人の良さげな笑みを顔に張り付かせる。
「魔物なのか霊なのかはっきりしろ」
「――と、仰いますと」
「今、お前はメッチェン通りには魔物が棲んでいると言った。でも、何故か話の後半で登場したのは地縛霊だ。魔物と霊は――違うだろう」
「はあ」
「はあじゃない!」
 私は喚く。
「そもそも事故物件はもういいって言ったじゃないか! どうしてお前はそういう家ばかりを薦めるんだ!」
 この一年で、三回も引っ越しを繰り返しているのは、そういう霊とか天使とか悪魔とか、オカルティックな風聞に振り回された結果であることを、どうやらこの男は理解していないようだった。
 私の当然の怒りに、親爺は悪びれる風でもなく、
「倉持様がなるべく安く済ませたいと仰ったので」
「お前、私がJKだと思ってなめているな?」
「とんでもございません」
「ゆるせない」
 ゆるせないから、拳を握りしめる。
「とにかく引っ越し代だって馬鹿にならないんだ。風呂とトイレは一緒でもいいから、霊もお化けも出ないところを紹介してくれ」
「倉持様」
「んだよ」
「霊とお化けは同じものではございませんか?」
「……そうなの?」
 よくわかんない。
 すると、無知を晒したことで私が怯んだとみて、親爺が素早く仕掛けてくる。
「ご安心下さい。今回紹介致します物件は決して曰く付きのものでも過去に自殺者を出したものでもございません。メッチェン通りの噂も飽くまで噂、商店街の衰退に伴い、多くの人間が路頭に迷ったのは事実ですが、それが凄惨な事件に繋がったという事実は存在しません」
「ほんとか?」
「お客様を騙すはずがありません」
「っていうのが既に嘘じゃないか!」
「私は矜持を持ってこの仕事に勤めております、倉持様」
 まっすぐな目をしていた。
 後ろめたさなど微塵も感じていないという真摯な眼差し。
 私はそれを真正面から受け止めてしまう。
 いや、違う。この親爺はこういうことが出来る親爺なんだ。
 頑張ってねと言ったくせに同意書ひとつ書いてくれない母の顔を思い出す。顔というか、後ろ姿だ。最後に別れた時、母は手を振ることすらしてくれなくて。
「――ああ、もう!」
 この親爺は、私のクリティカルな事情を把握している。
 弱味を握ったつもりで妙な物件ばかりを紹介してくるのだ。要するには私は悪趣味な不動産屋の実験用マウスというわけだ。思えば、最近白い服ばかり着ているような気がする。
「どうせ、普通のアパートは扱ってないって言うんだろ。……もぉいいよ、そこで」
「ありがとうございます、倉持様。では、早速――下見に参りましょうか」
sage