Neetel Inside 文芸新都
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 学校の外に出ると、この前のように空はもう赤紫に変わってしまおうというところだった。近頃はほとんど同じ時間に学校を出ているんだから、当然といえば当然だが。
「ふー、思ったより寒いね。ちょっと前まではまだ夏休みかと思うほど暑い日もあったのに」
「そうですね、でももうすぐ十月ですから。むしろ今までの方が暑かったんですよ」
「かもね、そろそろマフラーでも付けてこようかな」
 先輩首をすくませて腕を組み、体を縮こませるようなジェスチャーをする。
 普段大人びている先輩が普通の高校生のようなしぐさをしているのがおかしくて、僕は小さく吹きだしてしまった。
「どうしたの? 笑ったりして」
 そんな失礼なことをそのまま正直に答えるわけにもいかず、僕は「なんでもないです」とだけ言って、
「じゃあ、行きましょうか」とごまかすように促した。
 学校と駅までの道は、バスなども頻繁に通るような幅の広い一本道だ。春には満開の花を咲かせる立派な桜並木も、今は葉がほとんど抜け落ちてしまっている。僕たちはその落ち葉を踏みしめるようにして歩を進めていった。
 僕は先輩のやや斜め後ろを、上司に付き従う部下のように歩いていた。
 こうして一緒に歩くと改めて思い知らされる。先輩は美人だ。
 背筋をスッと伸ばし前だけを見て颯爽と歩く姿は、それだけで育ちの良さを感じさせ、目に付く長髪と端正な顔立ちは通りすがったうちの学校の生徒はもちろん、スーツ姿のサラリーマンや買い物帰りのおばさんまで振り向かせる。
 そんな人の隣を堂々と歩くことなど僕にはできなかった。でも、おどおどと着いていく自分の姿を先輩に見られることも嫌で、僕は斜め後ろという位置から動けずにいる。
「そういえば、生徒会長が買い食いなんかしちゃ、マズいんじゃないですか?」
 僕は一歩先を歩く先輩に声をかけた。
 先輩は半身こちらに振り向くと、心底不思議そうな顔をする。
「なんで、生徒会長だと買い食いしちゃいけないの?」
「いや、そりゃあだって、校則に違反してるじゃないですか」
「そうじゃなくてさ」
 体を完全にこちらに向ける。まっすぐに見られた目を、なんとか逸らさなかった。
「『生徒会長が』っていうのが、おかしいよねって話。他の生徒は好きなだけやってるよね。駅前のファーストフードなんて外から丸見えだし、コンビニで何か買って帰る人だって山ほどいる。じゃあどうして『生徒会長』はダメなの?」
 正論だった。だからと言って校則を破っていい理由にはならない、と返すこともできたが、僕にはそれを告げることはできなかった。
「それは……そうですね。僕の言い方が間違ってました。すいません」
 軽く頭を下げた僕に、先輩は戸惑ったように手を振った。
「いや、そんな深刻にして欲しくて言ったんじゃないから、気にしないで」
 さっきのは、明らかに僕の失言だ。
 先輩は以前、自分が『会長』と呼ばれていることを気にしていた。僕もせっかく『先輩』と呼ぶのにも慣れてきたのに、また先輩を生徒会長として扱ってしまった。学校の外なのにも関わらず。
 僕が軽く俯いて歩いていると、先輩はおどけたように付け足した。
「それにしてもさ、高崎君でも謝ることがあるんだね」
 それは予想外の言葉だった。僕は顔を上げてわけがわからないという顔を先輩に向ける。
「僕だって悪いと思ったら、普通に謝りますよ?」
「いや、それはそうなんだけどね。私、高崎君が人に謝るの初めて聞いたから」
 そんなことを言われたのは初めてだ。そんなに自分は謝っていないだろうか?
 いや、そもそも、人間普通に生きていたら人に謝ったりしない方がいいに決まっている。僕は怒られて喜ぶような人間でもないし、自分の不利益になるようなことはできるだけ避ける。
 先輩が、謝らないという事をそこまで気にする理由も分からなかった。
「ほら、最近ってみんな何か人の機嫌損ないそうな事があると、別に悪いことをしてなくても口癖みたいに『すいません』って言うでしょ?」
 先輩は僕の疑問に答えるように、話を続ける。
「自分に非が無いと思うのに謝るのは、自分の行動に自信が無いからだと思うんだ、私は。役職のある立場に立つことが多いからかな、この前言った『会長』って呼ばれ方もそうなんだけど、何かにつけて『すいません』って謝られる機会も多かったのね?」
 先輩は前を向いて歩みを速めた。気が付けば僕たちは、ほとんど足を止めて話をしてしまっていたらしい。空はもうすっかり夜らしい黒に染まっていた。
「みんなが顔色を伺ってくる、関係ないところで謝ってくる。なんだか、私が怯えさせているような気になってくる」
 学校の外だからだろうか、先輩の表情は学校で見るよりも、素に近いような気がした。起伏が表に表れているというのだろうか? 口数も多いような気がする。
「ほとんど話さなかったっていうのもあるけど。高崎君は先生に対しても謝ってるってのを本当に見たこと無くて。だから、高崎君って自分の行動にちゃんと自信を持ってるんだなーって、そう思ってた」
 先輩はいたずらをした子供のような笑顔で僕を見た。その視線をなんとか正面から受け止めながら口から出た言葉は、全然食い違っていると自分でも分かっていた。
「……さっきのは、僕に非があるから謝ったんです」
「うん、知ってる」
 その声は、なぜか嬉しそうな響きが混じっているように聞こえた。もっとも、先輩はもう前を向いて歩いてしまっていて、表情は僕からは見えなかったが。
 僕は前に出てそれを確認するでもなく、相変わらず斜め後ろを付き従うように着いていく。

 話している間に駅周辺までやってきていた僕たちは、駅前のバスやタクシーの停まっているターミナルを大きく回って駅へと向かう。
 ここまで学校からまっすぐほとんど道を曲がることもなく歩いてきたが、僕たちの一緒に歩いている目的は『ご飯を食べに行く』ことだったはずだ。
 どこで食べるか、などをすっかり聞きそびれていたが、このままだともう駅に着いてしまう。先輩と帰ることなどこれが初めてだから知らないが、電車に乗って降りる駅まで一緒という事は無いだろう。先輩はどこで何を食べる気なのだろうか?
 その辺りを訪ねると、先輩は駅の方を指差した。
「とりあえず駅まで行こう。そうしたらすぐに分かるよ」
 諦めて着いていくと、先輩は駅の改札へと上るエスカレーターに乗ってしまう。おいおい、本当にこのまま帰るのかと思うと、先輩は切符売り場を通り過ぎて反対側の階段を下りていった。
 うちの学校から見て反対側にあたる南口側は、学生がよく利用するために栄えている北口側と違ってほとんど何も無いと言ってもいい。コンビニが一軒と、流行っていないファーストフード店があるだけだ。
 先輩が向かったのは、まさにそのファーストフード店だった。

「じゃ、とりあえず入ろうか、高崎君」

       

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