Neetel Inside 文芸新都
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 ファーストフード店を出る。少し歩く、などという間もなく駅に着いてしまう。
 駅の南側は、今までいた店と同じく人気が無い。駅に向かって上がるエスカレーターに足を乗せる前に、ここで聞いておきたい事があった。
「今日、どうして僕を誘ってくれたんですか?」
 特に理由がないのかもしれない。後輩と一緒にご飯を食べるくらいなら、普通によくあることだと思う。でも、今日の誘いはちょっと面食らった部分もあって、何か理由があるなら知りたい、それぐらいの気持ちだった。
「うん? ただの偶然だよ」
 だとしても、その答えにがっかりしていないといったらウソになる。
「そうですか」
 それ以上突っ込むのも不自然だ。僕は先輩の先を歩くように駅に足を向ける。
 もう夜も遅くなってきた。少し曇った空は星一つ見えず、少ない街灯がこころもとなく僕たちを照らしている。このままここにいたら、もしかしたら補導でもされてしまうかもしれない。今日はもう――
「……でもね」
 聞こえた声に振り向くと、先輩はまださっきと同じ場所から動いていなかった。
「期待してた、かも。生徒会室に戻ったらいるんじゃないかとか、話ができるんじゃないかとか。勢いでこういうのに誘っちゃったのは、本当に偶然だけど……」
 言葉が足りないそのセリフでは、誰のことを指して言っているかは確実には分からない。しかし、ここで自分のことだと思ってしまうのは僕の自惚れだろうか?
 それは喜んでいいはずの答えだった。聞きたかった言葉、向けて欲しかった気持ち。恋をしているはずの自分なら、諸手を挙げて受け入れるはずなのに、僕はその時ひどく不安な気持ちに襲われた。
「期待……ですか?」
「ほら、高崎君が言ったんでしょ? 『他の人に愚痴でもこぼして、甘えてみたらどうなんだ』って。考えてみたんだけど、私って特別親しい友人とかいないんだよね。あ、だからって友達が少ないってわけじゃないから、そこは勘違いしないでね?」
 僕は苦笑しつつ「はぁ」と答える。夜の暗さのせいで先輩の表情は完全には見えない。話すのに適したとはいえない僕たちの距離。詰めようと思えばいくらでも近づけるはずなのに、僕も先輩もそれを縮めようとはしない。
「だから、そこはもう言いだしっぺの高崎君に相手をしてもらうしかない、と思って。でもほら、この何日かは忙しくてまともに話す時間も無かったし、文化祭が終わっちゃったら私引退だから、高崎君と話す機会もなくなっちゃうでしょ? だから今日帰り際に見かけたときに、今しかない……っと思ったりして」
 先輩は奇妙な身振り手振りを混ぜながら、妙に落ち着かない調子で話を続ける。不安はますます強くなる。
「とにかく! また話したいと思ったって、そういうこと」
 まとめどころを失ったのか、声を張り上げるようにして言葉を切った先輩の顔が、急にくっきりと見えた。言い切ってやったとでもいうかのように、晴れやかな笑顔に見えた。
 その時ふと、僕は気付いた。自分の矛盾した感情に。
 先輩の言葉を嬉しいと感じながらも、僕はそれが嘘であって欲しいと願っていた。だって、この自惚れが本当だとしても、僕はそれを受け入れることは無いだろうという事が、なんとなく分かってしまったから。
 先輩は夜の寒さから身を守るように腕を組んで、所在無げに視線を泳がせている。次の言葉が見当たらないのか、そもそも言葉を振られて黙っている僕がいけないのだろう。
 胸が痛んだ。
 言葉を交わすようになって、まだ一週間ちょっとしか経っていない。でもそれだけの間に、色々な素振り、色々な表情を見せてくれた先輩。それなのに、自分考えていたのは酷く汚いことで、僕はその対比を見せ付けられるのに耐えられるほど、強くなかった。
 だから確かめた。終わりにしたかっただけかもしれない。逃げたかっただけかもしれない。それでも――
「織原先輩」
「……え? うん、何?」
 もしかしたらこの人は、頭がいいだけに逆に予想外の事態に弱いのかも、などとまた勝手なことを思いながら、僕は思いっきりにこやかな笑みを作って、自殺的にバカなことを口走った。まるで、冗談みたいに。
「先輩、そんなこと言うと、僕のことが好きみたいですよ?」
 瞬間、時が止まったような気がした。
 いや、分かってる。僕だって今のセリフは無いと思う。もう正気の沙汰とは思えないほどにバカだと自分でも思う。
 それでも……僕はこの気持ちに決着を付けたかった。
 先輩が言ったとおり、先輩は今週で生徒会を引退だ。そうなってしまったら、ほとんど話もしなかった一人の下級生である僕なんかとの接点は、全く無くなってしまうだろう。
 この自惚れが間違っているなら、それでいい。むしろ、違うと言って欲しい。先輩の引退という形で終わるよりも、はっきりとした答えが欲しい。
 だから、これがバカな事言ったとは思いつつも、先走りすぎだとは全く思わなかった。だって僕は、否定して欲しいんだから。
 だというのに、僕の予想は最悪の形で的中した。
「うん」
「は?」
「うん……私は、高崎君のこと好きだよ」

       

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