Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 屋台付近の混雑から少し離れた、丸テーブルが均等に並べられたテラスで、僕は福原を待っていた。
 僕の手にはさっき買ったチヂミとサーターアンダギー――なんか揚げ物っぽい沖縄のおやつ?――のトレイ。
 昼飯にはどうかと思うチョイスだが、待たずに買えそうなのがこれくらいしかなかったのだから仕方ない。売ってる側には悪いが、やはり知名度がある程度低いものは人気も芳しくないのだろう。
 周囲のテーブルでは、僕と同じようにトレイを持った生徒たちが思い思いに食事をしている。時間が時間だけあってテラスは人が多く混みあっており、こうやって僕が座れたのも運が良かったという事なのだろう。
「よっ、お待たせ」
 何分も待たずに、福原がオムソバのトレイを両手に抱えてやってくる。
「ありがとうな。助かったよ」
 おつりを返してもらいながら言うと、福原は肩を回すようにしながら目の前の椅子に腰掛ける。テープルにどっかと置かれたトレイからは、うまそうな卵の匂いが漂ってきた。
「いいって。それより先輩のことなんだけどな」
 僕としては、冷めないうちに飯を届けなければという気持ちもあったのだが、昨日先輩を避けていたという負い目もあって、僕はそれを言い出すことはしなかった。
「今日、なんか様子がおかしいんだ。さっきもステージの方に様子見に来てたんだけどな、いつもの落ち着いた感じとちょっと違う気がしてな」
「昨日まで忙しかったから、急に暇になって気が抜けたとかじゃないのか?」
 先輩も僕と同じように、今日はほとんど仕事が割り当てられていないはずだ。
 僕や福原、織原先輩のように役職のついている人間は、この準備期間本当に忙しかった。だから、そういった準備期間に忙しかった人ほど文化祭当日は仕事を入れない割り当てにしたのだ。
 この文化祭の準備に一番貢献していた先輩は、今日明日とほとんど仕事という仕事は入っていないはずだった。
「俺も最初はそう思ったんだけどな、話してみると微妙に挙動不審だし。聞いてみるとなんでもないって言うんだけど、たまに誰か探してるみたいに辺り見回すしな……。ま、それで何かあったんじゃないかと思ったわけだ」
「それはいいけど、それがなんで僕と関係あると思うんだよ?」
「ほら、俺がこの前言っただろ? 『お前は告白しないのか』ってさ」
 そういえばそんな事も言っていた。まぁ結局、僕が自分から告白するという選択肢は永遠に失われてしまったわけだが、それを福原が知る由も無い。
「だから、まさか先走って告白でもしたんじゃないかと思ってさ」
「そりゃあ……まさかだろ」
 僕の方が先輩に告白されたという事実を、福原に言う事はできなかった。
 妙な罪悪感があった。
 福原は自分に告白する気は無いようなことは言っていたが、それでも先輩のことを少なからず想っているはずなのだ。弓道部に入って、先輩を追って生徒会まで始めて、そのどれもで成果を上げて、僕よりも先輩のことについて詳しかった。
 こんな、一週間かそこらしかコミュニケーションしていない人間が先輩に好かれてしまったことを知ったら、福原はどう思うだろう。多分、笑って「良かったな」とか言い出すに違いない。僕にはそれが耐えられなかった。
「告白なんか、するわけない」
「ふーん。じゃあお前は会長に対して、特に後ろめたいことはしてないのな?」
 下から伺うように聞いてくる、ニヤニヤと笑いながら。
 バカにされているというか、むしろ全部知っていて聞いているのかと思うような素振りだった。まぁ実際、後ろめたいことがあった僕は、その視線を真っ直ぐ受け止めることはできなかったわけだけども。
「……当たり前だろ」
「ま、そう言うならそうなんかな」
 それだけ言うと、福原はオムソバのトレイを持って立ち上がった。僕はあわててそれを呼び止める。
「おい、それ持ってどこ行くんだよ」
「ああ、これは俺が教室のやつらに持って行ってやるから。お前の方はお前でしっかりやれよ」
「は? 意味が分からない……」
 立ち上がった福原は、俺の後ろ辺りを指差す。それに促されるように振り向いた僕は、驚いて腰を抜かすかと思った。
「……先輩」
 胸の下で腕を組んだ織原先輩が、まるで当然のように僕の後ろに立っていた。人が多く、周りの話し声も多かったからだろうか、全然気が付かなかった。
「お前が言ったんだぞ、後ろめたいこと無いってな。それじゃ、ごゆっくりー」
 僕が呆然としている間に、福原は足早に立ち去っていく。恨めしげな視線を送る暇さえなかった。いや、それ以前に目の前の先輩から目が放せなかった。
 先輩の表情はいつものように、穏やかなままに見えた。少なくとも表面上は。でも、少しずつ話すようになった今ならなんとなく違うのが分かる。怒っている気がする、なんとなくだったが。
「高崎君」
「はい」
「ちょっと、場所移して話さない?」
 拒否権など、あろうはずもなかった。

       

表紙
Tweet

Neetsha