Neetel Inside 文芸新都
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 まくしたてるように自分の気持ちを一方的にぶつける。そんな暴力のような言葉に、先輩は黙って聞き入っていた。
 気が付いたら自分だけが喋っていて、でも勢いを抑えることはできなかった。ずっと隠しておくことなんて無理だったから、逆に少しでも早く言い切ってしまいたかった。楽になりたかった。
「それが、僕が断った理由です」
 嫌われても仕方ない。いや、むしろこれで吹っ切れるなら嫌われたいとすら思った。本当はなし崩し的に迎えるはずだった終わりを、はっきりとした形で迎えられるんだから。
 しかし――
「……それは違うんじゃないかな」
 先輩の言葉は、カケラも冷静さを失っていなかった。
「何が、違うって言うんですか?」
 自分から出たはずの声は、搾り出したようにか細い。
 嫌われるならいい。自分の気持ちが受け入れられないのなんて百も承知だ。でも、正直に言ったつもりのそれを頭ごなしに否定された。その事が、少なからずショックだった。
「今、高崎君が言ってたのは、今まで私に告白しなかった理由でしょ?」
 先輩が一歩、前に足を踏み出す。
「私が聞いたのは、私の告白を断った理由。私のどこが気に入らないとか、私と付き合ってたら高崎君にどんな不都合があるかとか、そういうこと。私が釣り合わない人と付き合ってるのが見てられない? それって、私が好きになった人の選択を間違えたって事? 付き合う人なんて私自身が決めることでしょ、私は間違えたなんて全然思ってない。勝手に私が好きになった人を馬鹿にしないで!」
 ずかずかという擬音が似合いそうな勢いで、先輩は僕に詰め寄ってきた。
 冷静さを失っていないなんてとんでもない。僕は初めて、先輩が激情のままに言葉を吐き出しているのを見た。
 熱く語ったその好きな人とやらは僕のことなのだが、珍しく語気を荒らげる先輩にそんなことを冷静に突っ込むことなどできるはずもなく、ふと気付くと先輩はもう、手を伸ばせば届くほど近くに立っていた。
「じゃあ、僕だって言わせてもらいますけどね、僕の方にだって選ぶ権利はあるんですよ」
 気が付けば張り合っていた。もう意地になっているのかもしれない。
 流してしまうのなら、素直に謝って先輩を失望でもなんでもさせれば一番いいはずなのに、僕は半ばムキになって言い返す。
「先輩のどこが気に入らないなんてあるわけないじゃないですか、好きなんですから。でもね、僕がダメなんです、僕の方が付き合うってことに耐えられないんですよ!」
 泣きそうだった。なんで好きな人と付き合うのを断るのに、こんなに意地にならなければいけないのか。
 もう諦めてくれればいいのに、自分なんかにそんなに食い下がってくれなくていいのに、どうして先輩はこんなに意固地になっているのか。
 決まっている、僕が知っている先輩、僕の好きな先輩だから。相手のことも自分のこともひっくるめて、自分の納得の行っていないことには妥協できない先輩だからだ。
 目の前に立つ先輩が、ため息を吐き出す。
「私たち、両想いだよね」
「…………」
「それが分かってて、それでも一緒にいない。そっちの方が私には耐えられないよ」
 そう言うと、先輩はさらに一歩前に出る。
「勝負をしよう、高崎君」
「え?」
 突然のセリフに驚いた僕は顔を上げた。突拍子も無いその内容が、冗談なんかでは絶対にありえないことを先輩の表情が語っている。
「私がこれからすることを避けられたら高崎君の勝ち、避けられなかったら私の勝ち。負けた方は買った方の言い分通りにして、なんでも一つ言う事を聞くこと。どう?」
 まるで子供の口約束のようだと僕は思った。多分頬でも引っぱたくつもりなのだろう。僕が罪悪感で避けられないと思って。
 しかし、それならば非常に徹してこの勝負に乗ろう。そして、もう僕なんかのことを気にするのは止めてもらうのだ。この距離で完全に避けきるのは難しいのかもしれないが、やってやれないことは無い。
 そして言おう。『僕のことを嫌いになってください』と。
「いいですよ。その勝負、受けます」
 頷いた先輩の手が動く。やはりそうかと構えた瞬間、その手は予想外の動きをした。
 そっと僕の頬に触れられる先輩の手。秋風にさらされたひんやりと冷たいそれは、僕の意識を一瞬で刈り取って行く。
 ああそうか、なんてこったい。まいったねこれは。
 近づいてくる先輩の顔、火照った頬、瞑られた目、そして軽く閉じられた唇。
 避けるのは簡単だ。マンガか何かでよくある、唐突にこういうことがあって避けられないなんてのは嘘っぱちだから。こんなもの、少し顔をびくつかせただけでも位置がずれてしまうし、軽く首を倒すだけでも回避できる。
 そうとも、避けてしまえばいい。今まで自分の口から出した言葉を考えれば、それが当たり前だ。軽く手を払って、一歩後ろに下がる。したたかな顔を作って『僕の勝ちですね』と言ってやればいいのだ。
 なのに――
「ん……」
 触れた柔らかい感触が、全身の力を抜いていく。
 避けたくないと思ってしまった。
 これからのこと、今までのこと。考えればそれが良くない選択だって分かっているのに。自分の今までのセリフを考えれば、絶対にやってはいけないことだって思っていたはずなのに。
 避けたくなかった。それがこの後どんな結果に繋がるとしても、今、目を閉じて顔を近づけてきた好きな人を避けることなんてできるはずが無かった。
 十秒も経たずに離れる唇。ステップを踏むように一歩後ろに下がった先輩は、
「ほら、私の勝ち」と言った。
 真っ赤な顔で、それでもしてやったりという表情で、抜けるように広がる青空に負けないくらいの笑顔で。

       

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