Neetel Inside 文芸新都
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僕たちは恋してない
Child play(7) -解放-

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 あの後、保健室で目を覚ました僕は、その場で翌日からの自宅謹慎を言い渡された。
 そりゃあそうだ。教師との不純異性交遊の上、それが無理やり犯した可能性もあるというのだ。下手をすれば警察沙汰になっていてもおかしくない。
 まぁ、幸いにもそうはならなかったわけだけど。
 三日後、母親とともに学校に呼び出されて事情説明をされた僕が受けた処分は、無期停学というものだった。自分で言うのもなんだが、退学にならなかっただけ良かったと思う。
 もちろん、親にはこっぴどく叱られた。というか泣かれた。
 それでも、僕は先生とのことについて詳しく親に説明することを避け続けた。僕にかけられた嫌疑を否定することも、あえて嘘をついて先生をかばうこともできたけれど、どちらをすることもしなかった。
 なるようになるのが正しい。僕が行ってきた行動の結果に、最後まで従おうと思ったから。
 そして、僕の停学が決まったのとほぼ同時に彼女の教育実習生としての任期も終わり、結局あの日から一言も言葉を交わす機会もなく、彼女は大学へと戻っていった。
 彼女だけではない。言葉を交わさなかったのは、先生とも――。
 僕は、今の学校を辞めて、別の学校へと移った。とは言っても、無期停学になった年に大学受験なんて無理だったから、翌年に別の学校の三年生に編入させてもらったのだ。留年が前提の転校みたいなものだろうか。
 新しい学校での一年間を、僕はずっと勉強だけにつぎ込んで過ごした。
 三年生にもなってクラスにやってきた闖入者に、進んで関わろうという意欲や時間がある人間はいなかったし、僕も近づいて欲しくなさそうなオーラを出していたんだと思う。
 とにかく、独りで落ち着いて何かに打ち込みたかったのだ。
 前の学校での噂が伝わったりして、面倒なことにならなかったのが幸いだった。
 そして今、僕は人より一年多い高校生活を終え、大学二年生としての日々を過ごしている。

 ――あれから、もう三年になる。

 ついこの間、彼女が結婚した。
 なぜかは分からないが、うちにも式の招待状が届いていて、僕は一つのけじめにするつもりで顔を出した
 ウエディングドレス姿の彼女の隣に立っていたのは、年配の教授でも昔の先生でも、無事に先生になった後の教え子でもなくて――余談だが。この場で知ったのだけれど、彼女は大学の卒業後、中学校の教師になっていた。何かしていたら完全に犯罪だ――大学時代から付き合っていたらしい、彼女には似合わず誠実そうな青年だった。
 親戚や友人たちに囲まれて笑顔を振りまく彼女を見ていると胸の中の何かが蘇ってきそうで、僕は披露宴の区切りがついたところでこっそりと抜け出そうとした。
 その顔だけで、本当に幸せなのが分かったから。
 ――それなのに。
「来てたんだね」
 廊下へ続く扉を出た瞬間。さっきお色直しへと新郎と一緒に引っ込んだはずの彼女が、なぜかそこにいた。
 夫になる男に向けていたさっきまでの笑顔とは程遠い。あの日のように人を食ったようなにんまりとした笑みを浮かべて。
「あなたが呼んだんじゃないですか」
「そうだけど、来るって思ってなかったから」
 白いドレスが目に眩しくて、僕は目を細めた。
「……お久しぶりです」
「そうだね、ホントに。……荷物なんか持って、帰っちゃうの?」
 責めるような口ぶりではなかった。
「ええ、あなたの顔は見れましたし。それに、知り合いが誰もいない場ってのは、ちょっと居辛いんで」
 それは別に嘘でもない。会場にいたのは新郎新婦の親族以外では、二人の共通の知り合いである大学の友人たちがほとんどを占めていたからだ。ここに僕の居場所は、最初からない。
「そう」
 彼女はそれだけ言うと、何を言うでもなく僕の顔を見上げてくる。瞬間――ほんの一瞬だけ、三年前のあの日の姿が脳裏を掠めて、僕は思わず目を逸らした。
「なんです?」
「ん……ちょっと、大人になったんじゃない?」
 不意打ちのようなその言葉に、不覚にも涙がこぼれそうになる。
 目を逸らしていてよかった。目を合わせたままでそんなことを言われたら、やっとここまでこぎつけた何かが、あっという間に崩壊してしまいそうだったから。
 あの頃の僕。子供だった僕。恋愛を履き違えていた僕。
 誰かに手を引いて欲しかった。高い場所から。いいことも悪いことも、その区別の仕方も教えてくれる。その人の言う通りにしていれば安心できる。
 なんでも一人でこなせるように見えていた彼女は、それを望むのに最適だった。
 それは対等なんかじゃない。恋人なんかじゃない。ただ、依存したかっただけだ。
 一人では生きていけなくても、手を引いてもらうだけじゃ何も変わらない。横に並んで、互いの顔を見て、そこから少しずつでも何かを学び取っていく。それが、恋愛というものなのかもしれない。
 そう、気付いたから。
「……そりゃあ、前に会った時のあなたに追い付きそうな年齢ですからね」
 歳の話なんかじゃないってことは分かっていたけれど、わざとそう答えた。嬉しさで、身が震えるのをなんとか抑えつけた。
「そっか、そうだよね」
 彼女も、それ以上何も言わずに笑った。
「それじゃあ、僕はこれで。新郎をあんまり待たせると悪いでしょうし」
「ねぇ」
 横を通り抜けて去ろうとした僕に、彼女は最後の悪ふざけをする。口元に人差し指を当てて、僕が大好きだったあの声で。
「最後に、してみる?」
「バカ言ってんじゃないですよ。じゃ、お幸せに。さようなら」
 後悔も淀みもなく、言葉はさらっとこぼれ落ちた。そのことが、少し誇らしかった。
 式場から出ると、一面の曇り空。結婚式なんてするには最悪の天気で、今にも雨が降り出しそうだ。
 それでも、僕は一歩を踏み出した。
 取り除くのは、僕の茨だけじゃないから。
 もう一つだけ。これが本当に最後のけじめ。それを、付けに行こう。

       

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