Neetel Inside 文芸新都
表紙

見開き   最大化      

 織原姿子の名前は、僕が入学してきた時にはすでに学校の有名人だった。
 当時『しなこ』は無いだろう、と思った僕の疑問は当然だったようで、クラスのその筋に詳しいヤツらはみんなその由来を知っていた。曾祖母の名前を与えられたらしいとの事だが、こういう情報は誰が聞いて誰が広めてるんだろうね? どっちもかなり悪趣味だと思う。
 そも、彼女が最初に人の目を集めたのは入学式で生徒総代だったからだと言う。
 まぁ、うちの学校は学区内ではそれなりに高い位置にあるが、総代を読んだからといって普通はそこまで有名になるわけでもない。
 問題だったのはやはりと言うべきか、その外見である。
 背中に届くまで伸ばした洗うのが面倒そうな髪は絹糸のようになめらかで、切れ長の目と高い身長、ほっそりとして整ったプロポーション。どれをとっても大和撫子以外に適切な表現が見当たらない存在だったのだ。
 それがいきなり入部した弓道部で、一流の腕前を見せてしまった。まぁそれは多少誇張されていて、それなりの経験者だったのが大げさにされたらしいのだが、それでもイメージを定着されるのに一役買ったのは間違いない。
 かくして、品行方正・頭脳明晰・容姿端麗・運動神経も申し分ないという完璧超人・織原姿子の名前は入学式から一ヶ月もしないうちにほぼ全校に広まったというわけだ。

「うそっぽー」
「嘘じゃねーっつーの! 俺が弓道部の先輩から聞いたんだから間違いねー!」
 いわゆる『その筋の人』の一人、友人の福原晴彦は机をぶったたきそうな勢いで頭を振りかぶって大声で叫んだ。そう、昨日生徒会の鍵を借りていたあの福原君である。
「言っとくけどな、俺やお前なんかよりもっと昔からあの人にぶつかってる先輩だぜ? 傷の多さも知識の量も桁違いなんだからな、信憑性については絶対なの!」
 何度もぶつかってるというのは何度も断られているってことでは?
 それでも知識が多いってのは、もうその人ストーカーでは?
 それを自慢するのはいかがなものかと思いますよ、僕は。
「っていうか、僕をお前らみたいなのと一緒にするなよな。会長がどうしてあんなに有名なのかを聞いただけで、別に会長のこと好きとかそんなんじゃないんだから……」
「は、違うの?」
 心底驚いたように福原は言う。なんでやねんと突っ込みたかったがまるでこたえなさそうなので止めた。
「お前、まだ二年生なのに生徒会一本じゃん? 絶対会長狙いでそんなことしてるんだと思ってたんだけど」
「馬鹿言うな、ただ部活に興味無かっただけだろ。なんでもかんでも恋愛に結びつけるなよ。大体、時期会長候補のお前がいまだに部活やってる方が問題アリなんじゃないのか?」
「俺はいいんだよ、ちゃんと両立できてるんだから。会長だってそうだったろ?」
「まぁな……」
 なんとこの福原という男。こんないい加減な風体をクラスでは見せているくせに、会長によく見られたいというだけで生徒会の仕事をバンバンこなす。しかも、会長が二年生までやっていた弓道部に素人同然で入学と同時に入部、今は県大会ベスト16の腕前である。
 クラスの中でも特定の友人以外にはおちゃらけた部分を見せないため、生徒会の連中などは二年も付き合っているのに、福原が会長に推されているのを誰も疑問に思わない。実力が伴っているからだ。恋愛をパワーに変えるという言葉を地で行っている男なのだ。
 実際、素直に羨ましかった。僕にはここまで何かのために行動することなどできない。
 織原姿子という人に一目惚れして、何も知らない弓道を初め、生徒会の仕事も熱心にこなして、それで福原には何が残るのだろう。
 先ほどの言葉が頭をかすめた。
『傷の多さも知識の量も桁違いなんだからな――』
 福原はもう、一度でも告白したのだろうか。傷を負ったことがあるのだろうか。
「そういえばさ」
 黙っていた僕のことを気にもかけず、福原は話題を変えて話を続けてきた。
「今度の文化祭が終わったら会長も引退だろ? 俺らで送別会みたいなのぱーっとやろうと思ってんだけどどうよ? 文化祭の打ち上げも兼ねて盛大にさ」
「いいんじゃないか、っていうか反対する人なんかいないだろ」
 福原はニカッと笑って、
「だよなー」
 と嬉しそうに言った。自分の好きな人が回りに好かれているというのは、そんなに嬉しいものなのだろうか。
「じゃあそっちの件は、他の一・二年にも俺から話しておくな」
「最近は僕の方が生徒会室にいる時間長いんだし、見かけたらこっちからも言っておこうか?」
「あーそうだな、今日は俺も一日生徒会のつもりだけど、そん時はよろしく」
 昼休みの終わりが近づいているのもあって、キリのいいところで会話を切り上げて福原は自分の席に戻っていった。
 あいつと話すのは楽しい、ふざけたところもあるが、明るく活発で人を惹きつける何かがある。次期会長に推されているのだって単に仕事ができるだけではないと思っている。本人には口が裂けてもいえないが。
 正直、辛い時もある。福原は『恋』をすることにとてもまっすぐだ。捻くれた自分にはできない、自分の気持ちを人にぶつけることだってあいつは事も無げにやってのけるだろう。
 そう、自分にはできない。告白することなど考えられない。その事に対する言い訳を常に求めている。
 その言い訳を作るのに、織原姿子は都合が良すぎたのだ。
 そうして、僕はまた人のせいにするのだ。今日もまた嬉々として、生徒会室に足を運ぶくせに。

       

表紙
Tweet

Neetsha