Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕たちは恋してない
Four Feelings For you(7) -Autumn(1)-

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 幼馴染みになる要因として最も多いものは、『親同士が仲がいい』というやつだろう。
 集合住宅内での繋がりだったり、家が隣同士だったり、小学校の保護者会で仲良くなったり、子供ができる前からの友人だったり。
 ナツキとハルはまるで漫画みたいにその典型なわけだが、俺とユキもご多分に漏れずに『それ』だった。俺とユキは、小学校卒業まで同じ団地に住んでいたのだ。
 とは言っても、別に仲が良かったわけじゃない。そもそも、ユキにはその頃から友達が少なかった。さらに言うなら、俺はユキと友達になった覚えなど一回もない。
 今と変わらない野暮ったい長髪、初対面の人間とはめったなことでは喋らない人見知りな性格、当時から本を読むのが好きなインドアな趣味。ユキにはとにかく根暗な印象しかなく、俺とは全く反りが合わなかった。
 俺はといえば、当時は同じ団地の男友達と駆けずり回るのが楽しくて、本なんて読むのは教科書だけで十分だと思っていた。俺たちの住んでいた団地はいくつもの棟が連なった集合団地で、同世代の遊び友達には事欠かなかったから。
 そんな、正反対といってもいいほど接点のなかった俺たちが会うことになった要因こそ、最初に言っていた『親同士の繋がり』というやつなわけだ。
 小学校へ上がって少し経った頃から、ユキの母親はたびたびユキを連れて俺の家へとやってきた。それ自体は、俺にとって特にどうでもいいことだった。だが問題は、そういう時に俺とユキを一つの部屋に押し込めていたということだ。
 今でこそ分かるが、おそらく母親たちは子供に聞かれたら不都合なことでも話していたのだろう、夫や家事への愚痴だとか、近所の誰かの悪口だとかそういったもの。だからといって、小学校低学年のユキを家に一人で放置しておくわけにもいかない。だから、同い年の俺と遊ばせておけばいいという結論に至ったわけだ。
 大人から見れば、子供なんて近づければ勝手に仲良くなるものと思っているかもしれないが、そんなのはとんでもない話だ。あの息苦しさ、閉塞感は、幼少期に学ぶようなレベルではなかったと断言できる。
 ユキはとにかく話さない子供だった。その髪と雰囲気のせいで、同じ団地の子供の中では『お化け女』の名で通っていて、もう少し学年が上だったのなら真っ先にいじめの対象になっていただろう。もちろん俺も気味悪く思っていたことは確かで、本当は面と向かうことすら嫌だった。
 それでも俺は、少しずつユキとコミュニケーションを取ろうとした。本にかこつけてしつこく話しかけてみたり、いきなり大声を上げて反応を見てみたり、子供なりに頭を悩ませて色々とやってみたのだ。これから何度も顔を突き合わせる奴と、毎回陰気臭い付き合いしかできないだなんて、真っ平ごめんだったから。ユキが今人とそれなりに喋れるのは、この時の俺の努力のおかげだと思って差し支えないだろう。
 だが、そもそも俺たちは趣味から何から正反対だったのだ。多少話せたくらいではどうにもならない溝が、俺たちの間にはあった。俺たちは互いに興味がなく、一緒にいる時間は苦痛でしかなかった。さすがに直接確認したことはないが、ユキにとってもそうだったはずだ。
 だから、小学校卒業と同時にその団地を出ることが決まったときは、心の底から嬉しかったものだ。
 どこから情報が伝わるのか知らないが、俺の家にちょくちょくユキが来ていることは、いつの間にか学校でも周知の事実となっていた。ユキと公認の幼馴染みとなってしまった俺は、カップル扱いをされたり、仲間外れになりがちなユキの保護者扱いをされたり、とにかくからかわれる日々を送ることになり、胃に穴が開きそうなストレスに苛まれていたのだ。
 もちろん、それが全部ユキのせいだったなんて言わない。今だから分かるが、子供ってのはそういうものだ。でも、ユキがいなければと思ったことが数知れないのも確かだ。
 幼馴染みはみんな仲が良い、なんて酷いファンタジーだ。ハルは自分たちのことを腐れ縁だなんて言っていたけれど、俺から見たら全然違う。本当の腐れ縁っていうのは、中学では別の学校に行って、全く示し合わせたわけでもないのに、同じ高校になった挙句にクラスも一緒だった俺たちみたいなのを言うのだ。
 ユキとはただの腐れ縁。仲も良くないし、お互いに興味もない。同じクラスになって少し挨拶しただけで、積極的に話すでもないだろう。できれば、もう関わり合いになりたくない。
 そう思っていたのは、ユキがある一人の女子と、仲良くなるまでの話だった――

 
「ナツキと、もう会わないでくれないか?」
 俺はそう口にしてから、自分が情けないくらいに焦っていたことを自覚した。
 屋上に出て、フェンスに寄りかかった後。まず一言目にに口から漏れた言葉は、俺の心情をあまりにも直接的に表現し過ぎていたから。
「いや……すまん、間違えた。ナツキと、もう二人で会うようなことを、しないで欲しいんだ」
 念を押すように区切って言ったそれを聞いて、ハルの顔に若干の驚きが浮かぶ。
「それは、今みたいに四人で登校したりするのも止めよう……ってことか?」
「ああ、そういうことだ」
「なんでいきなりそんなこと言い出すんだよ。何かあったのか?」
 ハルのその問いかけはもっともだ。
 いきなり呼び出されたと思えば、長年付き合いのある幼馴染みと二人で会うなと言われる。たとえば俺とハルの関係が険悪であったとすれば、まだ話は分かるだろう。だが、俺たちは紛いなりにも友人として、普通に互いに接してきたはずだった。一緒に登校をしてきたことに関しても、今までは何も言わなかった。そう、普通に考えれば、これは理不尽極まりない要求だ。
 だが、この提案は『いきなり』なんかじゃない。俺が、もうずっと前から考えていたことなのだ。
「何もないさ。何も、ない。……知ってるだろ?」
「は? おい、何の話をしてるんだよ」
「俺と、ナツキの話だよ」
 そう言うと、ハルは何かを察したような顔をして、
「あ、あー。いや、それは気にすることじゃないと思うぜ。俺とユキだって、その……まだだしさ。大体三ヶ月じゃそんなもんなんじゃねぇの?」と、困ったように頭を掻きながら苦笑いを見せる。
 ハルの反応は絵に描いたようで、ほぼ事前に俺が予想していた通りだった。こちらの突然の要求に戸惑い、突拍子もない下ネタとも取れそうな話題に対しても、まじめに答えようと狼狽する。それは、今まで俺とハルがやってきた『普通の友達』という関係として見れば、全く以て不自然ではないものだったろう。
 だが俺はハルのセリフから、妙な芝居臭さを感じ取っていた。その仕草、言葉が予想通りであればあるほど嘘臭く見えてしまうのだ。
 いや、それは芝居『臭さ』とか、嘘『臭い』なんていうレベルじゃない。確信だ。なぜなら、俺とハルは『普通の友達』などではないのだから。
 俺たちは、ナツキやユキという共通項で繋がっているだけの関係に過ぎない。ナツキとユキのように前から友達だったわけでもない、共通の趣味があったわけでもない。ただ『彼女の幼馴染み同士』という立場の上で、「まぁ険悪なよりは仲良くやろうか」という暗黙の了解があっただけの話。
 それが今、ほとんど二人で話したことのない相手の悩みに、友達みたいな顔で受け答えをしている。そのこと自体がすでに不自然極まりないのだ。
「俺は、ナツキと付き合ってる」
 俺がそう呟くと、ハルは訝しげに眉を寄せた。
「そんなもん改めて言われなくても知ってるよ」
「なのにこの三ヶ月間、二人きりで会ったのは両手で数えられるくらいしかない」
「お互いに部活で忙しかったからだろ?」
「違う。休日を含めても、だ。ナツキと会っていないんじゃない、『二人で』会ってないってことを言ってるんだ」
 二人で、を強調すると、ハルの目つきが変わったような気がした。
「だから……俺とユキと一緒にいることが多いから、二人きりでは会えてないってことか? だから、俺をナツキから遠ざけたい」
 それだけが理由という訳ではなかったが、一番大きな理由はそれで間違いない。俺は首を縦に振る。
 一緒にいるとき、いつもハルとユキに感じていた違和感。今、ハルの言葉から感じた芝居臭さ。その正体に、俺はなんとなく気付き始めていた。
「なあ」
「ん?」
 ハルの顔には、うっすらと笑いすら浮かんでいる。俺は動揺が顔に出ないようにしながら、根本的な疑問を口にした。
 それは、ハルの言葉を借りるなら、改めて言わなくても知っていたこと、そうであると信じきっていたこと。
「お前とユキは、付き合ってる……んだよな?」
 正直な話をすると、俺は今日、そんなに大層な要求をしているつもりではなかったのだ。ただ、ナツキと二人だけで登校がしたかっただけ。休日もそうだ、なにもみんなで遊びに行くのが嫌だってわけじゃない、二人きりになる機会が少なすぎるから、しばらくは控えてもらおうと思っていただけ。
 確かに、ハルを遠ざけたかったという理由もないわけじゃない。幼少のことから仲のいい、俺とユキとは違うテンプレ通りの幼馴染みという存在は、付き合い始めた当初からずっと俺にとっては目の上のたんこぶだった。
 だが、ハルにはすぐに彼女ができた。俺の幼馴染み、ユキという彼女が。なら、心配することなんてない。いくら幼馴染みだからといって、もうお互いに彼氏彼女がいる状態でどうこうなったりはしないはず。
 俺はそう信じきっていた。まるで示し合わせたようにあっさりできあがったこの関係を、今まで疑いすらしななかったのだ。
「ああ、もちろん」
 ハルの答えに胸を撫で下ろしかけた俺は、今までそんな勘違いをしていた自分を、心底呪った。
「付き合ってはいるよ。ただ、好き合っては、いない」
「なっ……」
 ハルはそれを笑い混じりに、いとも簡単に口にした。

       

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