Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕たちは恋してない
Four Feelings For you(13) -Winter(2)-

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 放課後。ナツキちゃんの目はまだ少し腫れぼったかったけれど、私が妥協するような形で寄り道していくことに決まった。
 私たちが向かったのは、私たちが通う高校から二駅のところにある、ここ周辺の中高生がどっと集まる繁華街だ。
 駅から出てすぐの大通りに入ると、学生向けの安いアクセサリーショップや服屋が並ぶ。マスコットグッズの専門店や、私は全く興味ないけれど芸能人の写真なんかを売っているお店まで、様々なジャンルが揃っている。
 もちろん甘味処なんかもあちらこちらにあって、ナツキちゃんが目星を付けていたお店もそこにあるらしい。
「多分ユキも行ったことないと思うんだけど、大通りから二本外れたところに美味しいケーキ出す喫茶店があるらしいんだよ。こないだ雑誌で特集されたとかで、ちょっと話題になってるみたい」
 そう楽しそうに話すナツキちゃんの横で、私は辺りを見回す。
 大通りは休み前なせいか人も多く、通りの反対側が見通せないほどに混み合っている。人ごみが嫌いな私は、ナツキちゃんと一緒でもなければこんな場所にはほとんどやってこない。
「今日は、私が一緒でよかったの?」
 さり気なく、ナツキちゃんの様子を伺いながらそんなことを聞いてみる。
「私が……って?」
「だから……彼氏ほっぽっといていいんですかー? って話」
 ああ、と言ってからナツキちゃんは笑う。
「いいのいいの。ほら、今日は昨日行けなかった買い物の代わりなんだしさ。それに、シュウくんに会ったらまた目のこと突っ込まれちゃいそうだしねー」
 苦笑交じりの言葉は私の欲しかったものとは違ったけれど、それでも私は嬉しかった。
 ナツキちゃんがまだ、私を友達だと思ってくれていることが嬉しかった。
 もちろん、ナツキちゃんは『協定』のことなんか知らないんだから当たり前だ。でも、その当たり前にほっとしてしまった。
 ナツキちゃんと友達で、シュウくんとそれなりに話せて、ハル君と付き合っていて。そういう関係が、この三ヶ月間は当たり前だったんだ。
「なに暗い顔してんのー? これからケーキ食べに行くんだよ、ケーキ。もっと楽しそうな顔しなさいよ!」
「う、うん。分かってる」
 でも、そんな関係は終わった。今の私はもう、ナツキちゃんを友達として見れていない。そしてそこに、後悔はない。
 こんな日が来るなんて思ってなかった。ナツキちゃんが私を見限る想像なら何度もしてきたけど、今私は自分から、ナツキちゃんとの関係を壊してしまおうとしている。
「あ、ここだよ!」
 そうナツキちゃんが指差したのは、赤レンガ造りの洋風の建物だった。
 大通りから道二本も外れているからだろうか。落ち着いた佇まいのそこは、人が満員に近いくらい入っているのに不思議と騒がしい感じがしない。
 席に案内されて、メニューを眺め、店員に注文する。私はブルーベリーとヨーグルトのタルト、ナツキちゃんは苺のショートケーキ。それと二人分のアイスティーを頼んで、私たちは一息ついた。
「やっぱり涼しいねーお店の中だと」
「そうだね。最近、本当に暑くなってきたから」
 数日前、清春君とも同じような会話をしたのを思い出す。
「こないだの話はダメになっちゃったけど、夏休みはどこか泳ぎに行きたいなー」
「行ってくればいいじゃない。クラスの子と一緒にでも」
 そう言うと、ナツキちゃんは細くてかわいい眉をしかめた。
「もー、またそうやって自分は他人事みたいな言い方してー。それ、ユキの悪い癖だよ? ユキも一緒に来ればいいのに」
「それは、ちょっと……ナツキちゃんだって分かってるでしょ?」
 『ナツキちゃんの友達』の中に、私の居場所はない。ナツキちゃんが個人的に、私と友達として付き合ってくれているだけだからだ。ナツキちゃんはグループでも中心核というわけじゃないし、無理に私を仲間にいれようなんてしたら、ナツキちゃんの方が反感を買ってしまうかもしれない。
 だから私は、ナツキちゃんとお昼を食べたいと言い出さない。一緒に帰りたいとも自分からは言わない。自分の分を越えたことはしない。
「そうやってすぐ諦めてさー。ダメだよ、せっかくの学園生活なんだから。友達作って色々やらなきゃ!」
「うーん、そう……だね。でも、やっぱり海とかなら私は遠慮するかな。私、肌弱いから」
 その時、店員さんがケーキと紅茶を持って現れた。会話が一度途切れ、私は内心で胸を撫で下ろす。
 ナツキちゃんはまだ納得していない様子だったけれど、それでも興味の大半はケーキに向いてくれた。
「よし、それじゃあ頂こっか」
「うん」
 私はあまり期待していなかったのだけれど、それでもそのケーキは驚くほど美味しかった。
「んー、おいしっ! これ、後で一口交換しよう?」
「うん、いいよ」
 しばらく食べるのに夢中になったあと、ポロリと溢すようにナツキちゃんは呟いた。
「でもさー、やっぱりもったいないよね」
「もうその話は――」
 また友達の話をぶり返されると思い、私がナツキちゃんの言葉を遮る。
 しかし、ナツキちゃんは顔の前で手を横に振りながら、
「いやいや、そっちじゃなくてさ。みんなでプールの方の話」
 ちょっと早口でそう言った。
「ああ」
 みんな――私、シュウくん、ナツキちゃん、清春君。この四人でどこかに行く事なんて、もう二度とない。舞台裏を全部知っている私からすれば、簡単にそう言い切れてしまう。
 でも、全く知らないナツキちゃんからしてみれば、確かに名残惜しいのかもしれない。
「そう、だね……」
 私は……私はどうだろう。口ではそう同意しながらも、自分が本当に名残惜しく感じているのかどうか、考えても分からない。
 そもそも、この関係ができた原因、そして壊れた原因も有り体に言えば私にある。そんな私が、名残惜しく感じるなんてお門違いだ。
「あのさ、ユキ」
「ん?」
 木製の机をはさんで、対面に座るナツキちゃんは笑っていた。いつも通りに見える笑い方。でもどこか違う気がする笑い方で、
「ハルとやり直す気とか……ないの?」
 そんなことを、私に向かって口にした。
 楽しかった空気が。久々にリラックスできていた空気が、一気に冷え込んでいく錯覚を覚える。
「ないよ、そんなの」
 言い方が冷たくなってしまったのは、きっとそんな空気のせい。
「でもさ、別れようって言ってきたのってハルの方からなんでしょ? 二人とも私に謝ってきたし……もしなんか思うところがあるなら、あたしがまた取り持ってあげるからさ」
「違うよ。言ってきたんじゃなくて、原因になったことをしただけ。別れたのは二人で話して決めたことだし、もう戻ったりしないから」
「そっか……でも!――」
「なんで?」
 ナツキちゃんの言葉を遮って聞く。
 清春君に向かって話していたときのようなキツい声が、自分の口から出ていて驚いた。
「なんで、寄りを戻そうとか考えるの? 私たち別れたのって、つい昨日のことなんだよ?」
「だって……それは……。そうしたらまた、四人で色々なことができるし……」
 できない。そんなことは、できないんだよ。ナツキちゃん。
 私たちが付き合わなきゃいけない理由はもう無いし、シュウくんがまた四人で遊ぶことを許すはずが無い。
 真正面から否定されたせいか、ナツキちゃんの目は徐々に泳ぎ始めていた。
「そ、それに、昨日の今日だからだよ。まだ未練があるかもしれないなーって……」
 未練。そんなもの、私たちの間にあるわけが無い。それに、寄りを戻したい風になんて見えたわけも無いんだ。そんな仲がいいカップルに、見えていたわけが無い。
 だったら、今喋っていることの内容は――
「未練があるのは、ナツキちゃんでしょ?」
 瞬間、少しだけナツキちゃんが震えたのが分かった。
「……は? え、意味分かんない。なんであたしが? 何に未練があるっていうの?」
「『ハルくん』に、だよ」
 間髪入れずに、私はそう答える。
「今分かった。ナツキちゃんも、もうどうにもならないの分かってるんだよね」
 ナツキちゃんの顔から、笑みが消えた。
 やっぱり、ナツキちゃんは清春君が好きなんだ。だから、傍に繋ぎ止めたい。でも、何故か分からないけどナツキちゃんは恋人じゃあ嫌なんだ。恋人とは違う形で清春君を傍に置きたいと思ってる。
 清春君が自分を好きなことには、薄々感付いていたんだろう。自分だって好きなんだから、告白されたら断れない。だから、その前にその席を埋めてしまいたかった。だから、シュウくんと付き合い始めた。
 ナツキちゃんにとって誤算だったのは、その後すぐに私と清春君が付き合い始めたこと。そして、長くは続くまいと思っていたそれが、三ヶ月も続いてしまったこと。
「私、聞いたよ。ナツキちゃん、この間シュウくんとしたんでしょ?」
「……それが、何?」
「どういうシチュエーションだったのかなんて知りたくもないけど、シュウくんの態度からだと無理にって感じでもなかったみたいだった。納得してシたすぐ後に、別れて乗り換えなんてできないものね」
 それは、ナツキちゃんが一番恐れていることに繋がる。清春君に、拒絶されるかもしれないということ。
 もちろん、シュウくんとのことなんて自分の口から言うわけがない。でも、今別れてシュウくんが何もしない訳はない。
 まあ、事情を知っている私からしたみたら、そんなことで清春君が動じるわけがないというのも分かってるんだけれど。
「言葉が繋がってないよ、ユキ。なんであたしが付き合ってもないハルに、未練があることになるわけ?」
「私が全部分かってるって、全部言わなきゃ分からないかな? それとも、自覚するために言葉にして欲しい?」
 ナツキちゃんにとっても、私と清春君が付き合っていたのは都合が良かったんだ。私と清春君の動向は私から探れるし、関係が先に進み過ぎそうなら抑制もできる。そして何より、私たちは率先して四人で会う場を設けていた。
 シュウくんは前から、私や清春君と一緒に行動するのをよく思っていなかった。それでも私たちの『協定』がうまく回っていたのは、私と清春君だけじゃなくナツキちゃんにとっても、それが望んでいた形だったからだろう。
「ナツキちゃん。もうね、誰も傷付かずに元通りなんて無理なんだよ。シュウくんと付き合ったままで、清春君を繋ぎ止めてはおけないんだ。ナツキちゃんは、選ばなきゃいけない」
「やめてよっ!」
 その大きな声で、落ち着いたざわめきに包まれていた店内が一瞬で無音になる。
 ナツキちゃんははっとした顔で口元を押さえて、それでも私を鋭く睨み付けていた。
「……アンタがなんでそんな、あたしのこと分かったこと言うの? あたしだって……あたしのこと、分からないのにっ……!」
 押し殺せない感情をめいっぱいに込めた声と視線。
 今、全ての関心が私に向いている実感に、ふっと口元が緩む。
「ずっと見てたから。好きな人のこと」
 驚きからだろうか、ナツキちゃんの顔から怒りが一瞬だけ消えた。
 まるで告白とは思えないほどあっさりと、私はそれを口にしていた。
「私が好きなのは、ナツキちゃんだよ」

       

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