Neetel Inside 文芸新都
表紙

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「戻りましたー」
「あ、お疲れ様。高崎君」
「おー、お疲れー」
 生徒会室の中には織原先輩と福原の二人しかいない。まだ他の役員たちは戻ってきていないようだ。
 二人は先輩の机の方で話をしているようだった。普段なら他の人が話している最中だったりする時は邪魔にならないようにそっと席に戻るのだが、今日は先輩に頼まれた飲み物をもっているためそういうわけにもいかない。
「お待たせしました。ミルクティー、ちゃんとありましたよ」
 二人の話が一段落したようなタイミングを見計らって先輩の机に缶を置く。ちょうどその時に二人の話は終わったようで、福原は先輩から受け取ったファイルを持って出口の方へ向かった。
「それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「え、おい。どこ行くんだよ?」
「今外回ってるやつらの分でアクシデントの処理終わりだろ? 俺がこれから直接回収して、そのまま高坂センセに見せてくるんだよ。今日中に全部終わらせちゃった方がいいだろうってさ、今話してたんだ」
 確かに時計を見ると、もう完全下校時刻までほとんど間が無い。高坂先生は学年主任だから、それを過ぎるまでは学校にいるだろうが、取り合ってもらうには早い方がいいだろう。
「んじゃ、そういうわけだから」
 そう言って出て行こうとした福原に先輩が口を挟んだ。
「そうだ。ついでだから、書類回収のついでに今外回ってる人はもう直帰でいいって言っておいてくれない? みんな今日は来てすぐ外回りだったから、こっちに荷物置いてないし」
「あ、そうですね。了解です!」
 ふざけたように敬礼の真似をすると、福原は今度こそ生徒会室を出て行った。
 閉まるドア。襲ってくる静寂。
 ――――
 唐突だ。唐突に二人きりにされた。生徒会室に戻ってくれば福原がいるからと思って油断していたのかもしれない。
 しかし、それなりに食堂で気分を落ち着けてきたせいだろうか。さっきまでよりもすんなり言葉が出てきたような気がする。
「あ、アクシデントの処理の方がもう片付いたんだったら、こっちも上がりって事ですか?」
 先輩はちょっと考えるようなそぶりを見せた後、
「うん、そうだね。でもせっかく高崎君が飲み物買ってきてくれたんだし、これ飲み終わるまではいようよ」
 といって自分のミルクティーを手に取った。『いるよ』ではなく『いようよ』という事は僕にまた話し相手になって欲しいという事だろうか?
 それならばと、僕は自分の缶コーヒーを持って会長席に近づいた。近くの椅子を引っ張ってきて先輩と向かい合うように腰を下ろす。
「そうですね、せっかくだから」
 缶コーヒーのプルタブを押し上げ、一口飲む。思ったより渇いていた喉が潤っていく。
 一息つくと、先輩は独り言のようにつぶやいた。
「あと、一週間かー……」
「文化祭ですか?」
 黙っているのも変だと思って聞き返すと、先輩は少し寂しそうな顔をして笑った。
「ううん、そうじゃなくて。私が生徒会長でいられる時間」
「あ、そうでしたね」
 この前福原とした送別会の話を思い出した。あれから色々あって忘れかけていたけど、この文化祭が終われば先輩は晴れて引退なのだ。
「うん、やっぱりちょっと寂しいかなってね」
「そんなこと言っても先輩には受験だってあるんですし、ずっとこっちを手伝ってもらうわけには行きませんよ。新しい役員だって、このままおんぶにだっこじゃあ、来年になって困っちゃいますからね」
 そう、本当に困った時に教室に質問に行けば答えてくれる先輩がいるうちに、自分たちだけで仕事ができるようにしておく。
そうやって新しい地盤を早めに固めておくためにも、三年生は文化祭には関わらず、夏前に引退するのが伝統になっていたのだ。
「そうだよね、正直な話、この文化祭も私手伝ってよかったのかなって思ってたんだ。なんか子離れできてない母親みたいじゃない、私?」
 恥ずかしそうに頬に手を当てる先輩に、僕は首を振って答える。
「いやいや、みんなものすごい助かってますから、全然気にしないでくださいよ。それに今回はアクシデントもありましたし、特例って感じで。僕たちだけじゃあ多分、この処理今週中に終わりませんでしたよ」
「そっか……じゃあやってよかったんだ」
「ええ、そりゃあもう。胸張っていいと思いますよ」
「じゃあ……――」
 その後、先輩は何かを小さくつぶやいた。それは本当に僕に聞こえないように言った独り言のようだったから、僕はそれを聞き返さなかった。
 コーヒーを一口すする。
 僕は、自然に笑いながら話せている自分に驚いていた。先週――いや、二日前までの僕には想像もできないほど打ち解けている。距離が縮まっているという実感がある。
 沈黙。それでも、昨日まで感じていたような息苦しさは無い。どこかリラックスして落ち着けるような空気が夕暮れの生徒会室に漂っている。
 その時、不意にスピーカーからチャイムの音が鳴った。静けさに慣れた耳は過敏に反応し、僕も先輩も、ビクリと肩を震わせた。
「え、今何時!?」
 先輩は腕時計に目を落とすと、珍しく焦ったような素振りを見せた。
「うわ、完全下校時刻になっちゃった。急いで片付けなきゃ!」
 そこからはさっきまでの空気が嘘のようなドタバタとした片付け。最低限のものだけ仕舞って、パソコンの電源を落とし、戸締りを確認して、慌しく荷物をまとめた。
「それじゃ、私急いで鍵返してきちゃうから、これでね。また来週!」
 ほとんど走るような勢いの――生徒会長としての意識なのか――早歩きで去っていく先輩を見送った後、僕は落ち着いた足取りで下駄箱へ向かった。
 校門を過ぎて空を見上げると、すでに空はオレンジから黒へと移り変わろうとしている。何週間か前までは考えられなかった冷たい秋風が、首筋を撫でて流れていった。
 今日の自分を振り返る。まるで自分ではないように先輩と喋れていた自分。二人きりの生徒会室で、笑いながら話していた自分。
 思い出し笑いしそうになってしまう。たとえば福原だったら、当たり前のようにできて当然のことなのに。僕はそれだけで嬉しかった。
 自分の『恋』が順調にいっている。自惚れでは無く進展がある。それが気持ちまでボジティブにしてくれている。
 その事だけを噛み締めて、うかれたように帰り道を歩いた。

       

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