Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕たちは恋してない
No believe(5)

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 注文したものを持って、とりあえず席に着く。
 このファーストフード店は学校から見て反対側という地理的に不利なだけでなく、ろくにテレビCMもやっていない、いわゆる流行っていない店だ。店内を見渡しても、席は半分ほども埋まっていなかった。
 二回窓際の、一番いい位置だと思われる席に夕飯時のこの時間に座れるなど、北口にある有名店では考えられないことだ。
「意外でしたよ。先輩がこういうところでご飯食べるなんて」
 当然の疑問を、僕は席に着くなり先輩にぶつけてみた。
「よく来るんですか? ファーストフード」
 先輩は「やっぱり意外かな?」と苦笑した後に、
「うん、たまにね。うちって両親共働きだし、自分で作るのが面倒な時はこういうところで食べちゃうかな」と答えた。
「意外っていうか、イメージじゃないっていうか……」
 それもそれで失礼な発言だと思うのだが、正直なところ僕は質素な定食屋とか、蕎麦屋とか、そういうところに連れて行かれるんだと思っていた。
「イメージっていうと、いわゆる大和撫子ってやつ?」
「そう、そんな感じです」
 持っているイメージを本人に直接言うなんて恥ずかしいことを堂々と言うわけにもいかず、僕も苦笑しながら話す。
 先輩は手に持ったえびバーガーを一口かじると、ウーロン茶で喉を潤し、ため息をついた。
「ま、分かってたけど、やっぱりそういう風に思われてたんだね。私。本当は全然違うんだけどな」
「そうなんですか?」
「高崎君はさ、私の家ってどんなのだと思う? イメージでいいから言ってみてよ」
 僕はボテトを摘む手を止めて考えてみる。
 眉目秀麗、才色兼備、頭脳明晰、大和撫子、元弓道部のエース、生徒会長。数々の先輩のイメージは嫌味なほどに『完璧』だったが、そこから導き出される自宅のイメージというと考えたことがなかった。
「やっぱり和式の一軒家で、縁側があって……弓道の道場とかが隣にあるとかですか?」
 思いついたことをとりあえず口にしてみると、先輩はなんと吹き出すように笑いだしてしまった。多分僕がとんでもなく見当違いな事を言ったのだろうとは思うが……
「そんなに笑わないでくださいよ、先輩が聞いたんですから」
「そ、そうだよね、あっははごめん。なんかあんまりに予想通りだったから逆におかしくて」
 先輩は落ち着こうとするようにウーロン茶を一口飲む。その途中でまた笑い出しそうになったのを見て、可愛いとか思ってしまう自分が悲しい。今鏡を見たら、なんともいえない渋い表情が写ることだろう。
「で、正解はなんなんですか?」
 不機嫌な声を作る。先輩にからかわれているというこの現状を、冷静に客観的に見たら色々な意味で耐え切れなくなってしまうだろう。僕は頭を冷やす意味も込めて、自分のコーラをすすった。
「うち、マンションなんだ、普通の」と先輩はまだ半分笑いながら言う。
「ほら、ひいお婆さんから名前もらったっていうのと混ざって、私の家が何かそういう弓道だとか華道とかやってるみたいな噂があるけど、全然違うの。弓道は私がやりたくて、小さい頃に無理言って習わせてもらってたんだ」
 なるほど、と僕は思った。先輩の姿子という古風な印象を持たせる名前、曾祖母から受け継いだという伝統を思わせる由来、弓道というキーワードと相まって、みんなが勘違いしたのも頷ける。
「大体、私って本当は大和撫子なんて性格じゃないんだよね。自分で言うのもなんだけど、割とわがままな方だと思う」
「あ、それはなんか分かる気がします」
「え?」
「先週の……火曜か水曜だったと思いますけど、僕と先輩が生徒会室に最後までいた日、覚えてますか?」
「うん、確か火曜日」
「僕が疲れてそうなのを見て先輩は、『今日は終わりにしよう』って言ったんですよ。それで僕は、その日はもう仕事終わりにして帰るんだと思ったんです。実際、鍵の話とかもしたと思います。でも、先輩は僕が出て行った後も仕事を続けてました」
 先輩は責められてると思ったのか、少々ばつの悪そうな顔でわざとらしく首を傾げる。
「そう……だったっけ?」
「そうだったんです。先輩はわがままっていうんじゃなくて、人の都合を理解して他人を気遣って、それでも自分の意見を優先するタイプなんだと思います」
 そうだと思ったきっかけはそれだけじゃない。今日ここに来る前のパンフレットを運んだ時だって、僕が断れないように量を調節して持ち上げた。
 こちらがどうしたいかを考慮して、その気持ちをある程度酌んでいたとしても、自分の意見はしっかり通す。やり方に文句が言えないように、相手のギリギリ妥協できるラインをキッチリ見極めて行動する。
 無意識でやっているとしたら、凄く厄介な人なんじゃないかと自分で言って思った。
「……最近話すようになって思うけど、高崎君って思ったことを結構ハッキリ言うよね。それが人の欠点だったりしたときに、相手が傷付くとか思わない?」
 割と強めに響いたその言葉は、僕の言ったことに怒っているのかと思った。
 しかし先輩は、むしろ純粋な疑問として聞いているようだった。今までのような笑い混じりの会話ではなく、真面目な問いかけとして。
 だから僕も、それに答えなければと思った。いつのまにか残り少なくなった飲み物を置いて、僕は真面目な顔を作る。
「思いますよ。それが欠点だと思ったら遠回しに言いますし、純粋に嫌な人だったらそれ以前にそこまで口出さないですし」
「じゃあ、今のは?」
「傷付いたんですか?」
「傷付くかも」
「僕は『わがままじゃなくて』って言ったんですよ」
「どういう意味?」
 先輩の目を真っ直ぐ見る。
 今日、長い時間先輩と話をした。先輩が段々と砕けて接してくれているのが分かる。だから、これは何かのきっかけなんだと、そう感じた。
「人の話を聞かないで自分の意見を通すだけなら、それはわがままです。でも、そうじゃない。先輩はちゃんと自分と相手を見て、ちゃんと相手のことも考えても自分の意見を通すんです。それはさっき先輩が言った、『自分の行動にちゃんと自信を持ってる』ってことなんじゃないんですか?」
 それが欠点だなんてとんでもない、と僕は言った。
 先輩はきょとんとした顔をして僕を見ていた。黙って先輩の顔を見続けていると、ハッとしたように表情を引き締める。
 言葉を探すように、しばらく「うーん」と唸った後、堅い空気を払拭するようなため息を一つ吐き出して言った。
「……私は、そこまで深く考えてないよ。ただ、いつも一番いい方法だと思うのを選んでるだけ」
 その表情は、どこか照れているようにも見える。僕は約一時間前の先輩を思い出しながら、
「ええ、知ってますよ」と答えた。

     

 ファーストフード店を出る。少し歩く、などという間もなく駅に着いてしまう。
 駅の南側は、今までいた店と同じく人気が無い。駅に向かって上がるエスカレーターに足を乗せる前に、ここで聞いておきたい事があった。
「今日、どうして僕を誘ってくれたんですか?」
 特に理由がないのかもしれない。後輩と一緒にご飯を食べるくらいなら、普通によくあることだと思う。でも、今日の誘いはちょっと面食らった部分もあって、何か理由があるなら知りたい、それぐらいの気持ちだった。
「うん? ただの偶然だよ」
 だとしても、その答えにがっかりしていないといったらウソになる。
「そうですか」
 それ以上突っ込むのも不自然だ。僕は先輩の先を歩くように駅に足を向ける。
 もう夜も遅くなってきた。少し曇った空は星一つ見えず、少ない街灯がこころもとなく僕たちを照らしている。このままここにいたら、もしかしたら補導でもされてしまうかもしれない。今日はもう――
「……でもね」
 聞こえた声に振り向くと、先輩はまださっきと同じ場所から動いていなかった。
「期待してた、かも。生徒会室に戻ったらいるんじゃないかとか、話ができるんじゃないかとか。勢いでこういうのに誘っちゃったのは、本当に偶然だけど……」
 言葉が足りないそのセリフでは、誰のことを指して言っているかは確実には分からない。しかし、ここで自分のことだと思ってしまうのは僕の自惚れだろうか?
 それは喜んでいいはずの答えだった。聞きたかった言葉、向けて欲しかった気持ち。恋をしているはずの自分なら、諸手を挙げて受け入れるはずなのに、僕はその時ひどく不安な気持ちに襲われた。
「期待……ですか?」
「ほら、高崎君が言ったんでしょ? 『他の人に愚痴でもこぼして、甘えてみたらどうなんだ』って。考えてみたんだけど、私って特別親しい友人とかいないんだよね。あ、だからって友達が少ないってわけじゃないから、そこは勘違いしないでね?」
 僕は苦笑しつつ「はぁ」と答える。夜の暗さのせいで先輩の表情は完全には見えない。話すのに適したとはいえない僕たちの距離。詰めようと思えばいくらでも近づけるはずなのに、僕も先輩もそれを縮めようとはしない。
「だから、そこはもう言いだしっぺの高崎君に相手をしてもらうしかない、と思って。でもほら、この何日かは忙しくてまともに話す時間も無かったし、文化祭が終わっちゃったら私引退だから、高崎君と話す機会もなくなっちゃうでしょ? だから今日帰り際に見かけたときに、今しかない……っと思ったりして」
 先輩は奇妙な身振り手振りを混ぜながら、妙に落ち着かない調子で話を続ける。不安はますます強くなる。
「とにかく! また話したいと思ったって、そういうこと」
 まとめどころを失ったのか、声を張り上げるようにして言葉を切った先輩の顔が、急にくっきりと見えた。言い切ってやったとでもいうかのように、晴れやかな笑顔に見えた。
 その時ふと、僕は気付いた。自分の矛盾した感情に。
 先輩の言葉を嬉しいと感じながらも、僕はそれが嘘であって欲しいと願っていた。だって、この自惚れが本当だとしても、僕はそれを受け入れることは無いだろうという事が、なんとなく分かってしまったから。
 先輩は夜の寒さから身を守るように腕を組んで、所在無げに視線を泳がせている。次の言葉が見当たらないのか、そもそも言葉を振られて黙っている僕がいけないのだろう。
 胸が痛んだ。
 言葉を交わすようになって、まだ一週間ちょっとしか経っていない。でもそれだけの間に、色々な素振り、色々な表情を見せてくれた先輩。それなのに、自分考えていたのは酷く汚いことで、僕はその対比を見せ付けられるのに耐えられるほど、強くなかった。
 だから確かめた。終わりにしたかっただけかもしれない。逃げたかっただけかもしれない。それでも――
「織原先輩」
「……え? うん、何?」
 もしかしたらこの人は、頭がいいだけに逆に予想外の事態に弱いのかも、などとまた勝手なことを思いながら、僕は思いっきりにこやかな笑みを作って、自殺的にバカなことを口走った。まるで、冗談みたいに。
「先輩、そんなこと言うと、僕のことが好きみたいですよ?」
 瞬間、時が止まったような気がした。
 いや、分かってる。僕だって今のセリフは無いと思う。もう正気の沙汰とは思えないほどにバカだと自分でも思う。
 それでも……僕はこの気持ちに決着を付けたかった。
 先輩が言ったとおり、先輩は今週で生徒会を引退だ。そうなってしまったら、ほとんど話もしなかった一人の下級生である僕なんかとの接点は、全く無くなってしまうだろう。
 この自惚れが間違っているなら、それでいい。むしろ、違うと言って欲しい。先輩の引退という形で終わるよりも、はっきりとした答えが欲しい。
 だから、これがバカな事言ったとは思いつつも、先走りすぎだとは全く思わなかった。だって僕は、否定して欲しいんだから。
 だというのに、僕の予想は最悪の形で的中した。
「うん」
「は?」
「うん……私は、高崎君のこと好きだよ」

       

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