Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕たちは恋してない
Four Feelings For you(11) -Summer(2)-

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「今、ちょっといいか?」
 ハルからそんな電話が来たのは、かなり夜更けになってからのことだった。
 あたしがシュウ君と付き合い始めてから、二人で電話するなんて機会は極端に減っていたから、あたしはそれだけでちょっと戸惑ってしまう。
 昨日の今日なら、尚更だ。
「え、うん。全然大丈夫。なんかあったー?」
 あたしは緊張を隠すようにして、ベッドの上で携帯電話を握りなおした。
 一昨日までのあたしだったら心の中で喜んで、それを表に出さないようにぶっきらぼうな受け答えをしていただろう。昨日のあたしだったなら、ハルからの電話になんて出れなかったかもしれない。
 今日――シュウ君と『した』翌日のあたしは、気持ちだけは落ち着いていて、でも何を口にしていいのか分からない。ハルと話すことに悩むなんて、生まれて初めての気持ち悪さを抱えながら携帯を握っていた。
 今日が部活の朝練の日で、朝は一緒に登校しなくて良かったのは幸いだった。これで直接顔を合わせていたら、不自然さ丸出しだったと思うから。
「俺さ……ユキと別れたんだ」
「……え……えぇ!?」
 それでなくても戸惑っていたあたしは、そのハルの言葉で一瞬固まった後、さらにパニックになってしまった。
「今日の昼休みのことなんだけど……その調子じゃ、ユキからは何も聞いてないのか?」
 全然何も聞いてない。完全に初耳だった。
 それに、今日はユキともなんとなく話しづらくて、ほとんどちゃんと顔を合わせていなかったから。
「まぁ、色々と食い違うところが出てきてって感じでさ……。紹介してくれたナツキには、一番最初に言っておこうって思ってな」
 悪かったな、とハルは付け足した。
 悪くなんて全然ない。元々、付き合ってるほうが不自然だと思うような組み合わせだったんだ。紹介したあたしが言うのは何だけど、正直二人が付き合い始めるとは思ってなかった。
「いや、それは別に……二人の問題なんだし、気にしなくてもいいけど……」
「そっか、そう言ってくれるとありがたいよ」
 ハルは少し落ち込んでるみたいで、声にいつもの調子がない。当たり前だ。今日、彼女と別れたばかりなんだから。
 なのに、あたしはほっとしていた。
 なんでだろう。彼女がいなくなって、きっとハルは傷ついている。なのに、それをどこかで嬉しく思うなんて。
「あのさ」
「うん?」
「別れ話って、どっちから切り出したの?」
「あー、どっちかって言ったら俺かな? そんな話をしなきゃいけない原因を作ったのも、俺だと思う」
「え……そうなんだ」
「『え……』ってなんだよ。俺がフられたんじゃなかったのがそんなに意外だったか?」
 ハルは笑い混じりにそう言う。
「いや、そういうわけじゃないけど……」
 ユキはハルと付き合う前から、もちろんあたしとハルの関係は知っていた。面識はなかったけど、あたしの日常を話す上でハルのことは外せなかったし、仲のいい幼馴染がいることはみんなが知ってることだから。
 もしかして、ユキはあたしがハルを『特別』だと思う気持ちに、気付いていたのかもしれない。そんな考えが、ふっと頭の中に浮かぶ。
 ハルはあたしの『特別』だ。だからこそ幼馴染という関係を守って、恋愛関係には絶対にならない。ハルの方にもそんな気なんてないのだと、ハルの家に行ったあの日に体感もしたから。
 だからこそ気持ちを固めて、シュウ君と『した』翌日。そんな都合のいいのか悪いのか分からないタイミングで別れたなんて聞かされたら、邪推してしまうのも無理は無いと思う。
(でも……さすがに考え過ぎだよね)
 選んだのはあたしだ。誰かが何かをしたからこうなったってわけじゃない。
 そもそも、ユキが昨日のことを知るわけも無いのだ。あたしが、ハルとユキが別れていることを知らなかったみたいに。
「――ってことだからさ。って、ナツキ。俺の話ちゃんと聞いてるか?」
「えっ? ゴメン聞いてなかった」
 考え込んでいたせいか、ハルの言葉をほとんど聞き取れていなかった。いけない、これじゃあ落ち込んでるハルの方に、気を使わせてしまうかもしれない。
「ホントゴメンね。で、何の話だっけ?」
「だから、明日からは別々に登校しなきゃなって話だよ!」
 瞬間、あたしは再び静止した。
「……え? なんで?」
「なんでって……。本当に何にも聞いてなかったのか? しょうがねぇなぁ」
 その後の話を聞いて、あたしはハルの言葉を聞き取れていなかったのではなく、理解したくなくて聞き流していたのだと知る。
 ハルが言うには、こういうことだった。
「だからさ、俺とお前が途中まででも二人っきりで登校してたのは、俺が彼女持ちだったってのが大きかっただろ? それがあったから、シュウだって多少は安心できてた」
「まあそう……だね」
「それがなくなって、俺はもうフリーだ。お前が浮気するなんてシュウは思ってないかもしれないけど、俺の方が少し心苦しいんだよ」
 ハルの言葉はこれ以上ないくらいの正論だ。むしろ今まで――彼氏彼女がいたのに二人で登校していたのが、いけなかったみたいな言い方だった。
 いや、実際にそうだったんだろうと思う。あの登校は、完全にあたしのわがままだったから。
 でも、だからこそあたしはそれがなくなることにショックを受けていた。他の人はたかが登校、と思うかもしれない。教室に行けばいつでも話せる。こうやって電話だってできるはずだと。
 でも、教室では二人きりになれるはずもないし、電話は直接話すわけじゃない。決まった時間にその両方が満たされるあの時間は、一日の中で最も大切な時間だったのだ。
 逆に言えば、それがなくなるということは、二人で話す機会なんてほとんどなくなってしまうに等しい。一気にハルが、遠ざかっていってしまうような気がした。
「でも!……ハルは、それでもいいの?」
 自分でも驚くくらい悲痛な声で、あたしは携帯に向かって叫んでいた。
「それでもって……そりゃあ、俺だって寂しくなるなとは思うさ。でも仕方ないだろ? 俺はナツキの彼氏じゃないし、お前はシュウの彼女なんだから。俺がお前を縛るなんて、できないよ」
 縛る? 違う。あたしが本当にしたいことはハルと一緒にいること。今あるそれを大切にしてくれればいいのに、どうして分かってくれないの!
 ……なんてね。ハルに、分かるわけがないんだ。あたしは、自分の考えを何も口にしていないから。
 そうだ、あたしが本当にしたいことは、ハルと一緒にいること。『幼馴染』とか『特別』とか、そんな形にこだわっていたせいで、どんどんやっていることが裏目に出ている気がする。
(どうしたらいいんだろう……)
 どうしたら、ハルを傍に繋ぎとめておけるんだろう。ずっと、変わらない関係でいられるんだろう。
 『恋愛』ではダメだと思ったから、『幼馴染』を続けられるようにしてきた。それなのに、今の関係は『恋愛』でのゴタゴタに押し流されそうになっている。
 シュウ君としたせいで、ハルと話しづらくなった。ハルとユキが別れたせいで、一緒に登校できなくなった。このままじゃあそのうち、『幼馴染』なんて肩書きだけの、友達以下の付き合いになってしまうかもしれない。
 嫌だ。そんな疎遠になってしまうのだけは、絶対に嫌だ。
「お前が俺の彼女なら、良かったのかもな……」
 そんな言葉が、こぼれるように耳の中に落ちた。
「えっ……?」
「いや、悪い。なんでもないから。じゃあ、もう遅いし切るぞ? また明日!」
「え、ちょっと待って……!」
 あたしの言葉を無視して、ハルは電話を切ってしまった。
 最後にあたしを驚かせるだけ驚かせて。
 ハルはあたしを、恋愛対象として見ていないのではなかったのか。
 友達が彼氏との付き合いを軽んじていたのと同じくらい、ハルにそういう気が全然見えなかったからこそ、あたしは『恋愛』だけは絶対にないと判断したのではなかったのか。
 そのハルの口から、あたしと付き合うことを肯定するような言葉が出た。
 パタッという、枕に何か落ちる音が小さく響いて初めて、あたしは自分が泣いていることに気付いた。
 ハルの言葉がうれしくて――ではない。ただ、哀しくて、あたしは泣いていた。
 その言葉を、もう何日か前に聞いたのなら。
 その言葉を、たとえばハルの家に行った日に聞けていたなら。
 きっとあたしは、喜んでハルに飛びつけていたのに。
 顔を両手で覆うと、びっくりするほど濡れていた。自分の部屋でよかったと思うほど、いろんな液体が出まくっていた。
 自覚してしまったのだ。もう、戻れないのに。もう、シュウくんとしてしまった後なのに。
 あたしは、最初っからハルが大好きだったんだって。

       

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