Neetel Inside 文芸新都
表紙

僕たちは恋してない
Four Feelings For you(12) -Winter(1)-

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 私は、好きな人に嘘を付いた。
 本当にたくさんの、どうしようもない嘘。全部懺悔したとしても、許してもらえないくらいに数多い嘘。
 それでも言い訳をさせてもらうなら、それは全部、あの人が好きだからしたことだということ。
 それだけは、嘘じゃないと胸を張れる。
 あの人が初めて私に話しかけてくれたとき、なんでそんなに無理をしてるんだろうって不思議に思った。無理やり話題を搾り出して、無理やり顔に笑顔を作って、それが透けて見え過ぎていて。そこまでしてくれなくていいのにって、いつも考えていた。
 だって、あの人の周りにはいつも友達がたくさんいて、私に話しかける必要なんて微塵も感じなかったから。すぐにでも別の場所に行って、他の友達と楽しく話せばよかったのに。でも、あの人はそうしなかった。
 多分、あの人は凄く責任感が強い人だから。私を一人置いておくなんて、考えの選択肢にも入れないくらい生真面目な人だったからだと思う。本人は絶対に、否定するだろうけど。
 そんな性格のあの人と、こんな嘘吐きで根暗な私では、不釣合い過ぎるに決まってる。
 だから、自分が『そういう』意味であの人を好きだなんて、考えたことさえ無かった。そういう好意を持つことさえおこがましいと、ちゃんと私は自覚していたのだ。
 自分からあの人を遠ざけることなんてできない。でも、あの人が私に飽きて離れていくことがあったとして、それは仕方ないことなのだと、心の準備さえ私はしていた。
 でも、それは本当に形だけ。覚悟も何もない、ポーズの卑下でしかなかったのだ。
 気持ちを自覚したのは、もう半年以上も前になる。高校に入って、あの人と話すようになってすぐのこと。
 あの人の口から、やたらと名前が多く出る人間がいることに気がついた。
 ああ、その人のことが好きなんだと、程なく察しが付いた。
 その後、どうしてもそれが頭から抜けなくて、学校から帰ってきてもそのことばかり考えて。それがどういうことなのか死ぬほど想像して。
 ある時、パンクしたように私は自室で吐いた。
 それが、私の恋の始まり。


 朝、シュウくんたちとは別々に登校して教室に着いた私は、ナツキちゃんと顔を合わせて酷く驚いた。
 いつもは元気に見開かれた大きいその目が、一晩泣き腫らしたかのように真っ赤だったから。
「あ、ユキ。おはよう」
 なのに、その挨拶は不自然なくらい自然だった。他のナツキちゃんの友達も、その様子を感じ取ってか誰も周りに寄り付いていない。
「おはようじゃないでしょ! どうしたの、その顔?」
 ナツキちゃんの机に近寄って、開口一番にそう聞いた。最悪の想像が頭を掠める。
「うーん。昨日、ちょっとね」
「昨日って……」
 私はハルくん――清春聡志君と別れたこともあって、昨日はなんとなくナツキちゃんと距離を置いていた。放課後も一人でまっすぐ帰ってしまった。その間に、何かあったのだとすれば……。
 私は声を潜めて聞く。
「まさか、シュウくんに何かされたとか……?」
 すると、ナツキちゃんは軽く笑って、
「違う違う、そういうんじゃないって。シュウくんは今朝、超心配してくれたよ。凄い問いただされて、もう大変だったんだから!」
 冗談みたいにさらっと返された。
「そういえば、ハルから聞いたよ。別れたんだってー?」
「え、あ……うん」
「なんですぐ言ってくれないかなー。ハルに電話もらって、凄いびっくりしたんだからね?」
「ごめん。ナツキちゃんに紹介してって私から言ったのに、三ヶ月で別れちゃったなんて言い出しにくくて……」
 理由はもちろんそれだけじゃない。これからのこと、清春君の思惑、シュウくんとのこと。考えることが山ほどあって、呆然としていたというのが本音だ。
 でも、そんなこと今は言えるはずが無い。少なくとも、こんな教室の真ん中では。
「ううん、ハルにも言ったけど二人の問題だしね。別れちゃったのはしょうがないよ。……でも、ちょっと残念だったよね?」
「残念って……何の話?」
「もー、忘れちゃった? 四人でプール行くって話ししてたじゃない。水着とか買いに行こうって」
「……あ」
 すぐにピンと来ずに聞き返した私は、そこまで聞いてやっと思い出した。
 そういえば、つい一昨日にそんな話をしていたはずだ。さらに言えば、昨日はそのためにナツキちゃんと水着を買いに行く予定だった。
「まぁ、あたしも水着のことはちょっと忘れちゃってたんだけどね」
 ばつが悪そうな顔で頬をかくナツキちゃん。本当に、痛々しい目元以外は怖いくらいにいつも通り。
「代わりといっては何だけどさ、今日どこか寄って帰らない? 甘いものでも食べにさ」
 それは願ってもないお誘いだったけど、私は即了解というわけにはいかなかった。何故なら、ナツキちゃんの様子はどう見てもおかしかったから。
 ここ数日、多分色々なことがあった。私と清春君の間でもそうだし、ナツキちゃんとシュウくんの間でもあったはずだ。そういったことと、今日の様子が無関係とは思えない。
 いや、そうだ。シュウくんが関係してるのでなければ、これはもしかして清春君が――
「あ、これ? 大丈夫だよ、放課後には治るってー」
 私の視線に気付いたのか、ナツキちゃんは目元に手を当てて言い訳をするように言った。
「そう? じゃあ、それがちゃんと治ってたら付き合いましょう。甘いもの」
 しょうがないなーというポーズを作って、渋々という雰囲気で私は了解する。
「やった! じゃあ、授業始まる前に顔洗ってきちゃうよ。また後でねー」
 立ち上がって歩いていくナツキちゃんを見送りながら、私は考えた。
 目が放課後までに治るかなんて分からない。それでも、私はナツキちゃんに付き合うつもりだった。
 清春君やシュウくんは、今のナツキちゃんにも何をするか分からない。今の、見るからにギリギリそうなナツキちゃんにも。だから、傍にいておきたかったのだ。
 ナツキちゃんのことが心配とか、そういうわけじゃない。『協定』なんてものを仕掛けといて、心配だなんてどの口が言えるのか。ただ私は、自分の知らないところで取り返しのつかないことになるのが嫌なだけ。
 自分の席について、こっそり唇をかみ締めた。
 私は、最低だ。
 分かってる。何をするか分からないのは、私も同じだ。


 昼休み、私は弁当の包みを持って教室を出た。いつもの屋上へ向かうためだ。
 昨日で清春君とは別れたけれど、私は存外あの場所を気に入っていたらしい。ナツキちゃんはいつも通り、他の友達と食堂へ行ってしまったし、他に行くところがないというのもある。
 教室を出て階段に向かうと、途中でシュウくんと擦れ違った。
 いつもなら、そのまま通り過ぎる。シュウくんのことは小さい頃から知っているし、こんな呼び方にも慣れてしまったけれど、決して仲がいいわけじゃない。
 でも珍しいことに、今日はシュウくんの方から話しかけてきた。
「お、ユキ」
「ん。どうしたの、何か用事?」
「おう。ちょっと話したいんだが……これからハルと屋上か?」
 弁当を見て言ったこの言葉に、私は少し驚いた。
「ナツキちゃんから聞いてないの? 私たち、別れたから」
「は? それ、マジな話?」
「うん。つい昨日のことだけど」
「あー……それは……。んー、なんかコメントしづらいな」
 その顔が本当に困った様子で、私は思わずクスリと笑ってしまいそうになった。
 確かに、清春君から『協定』のことを聞かされたシュウくんの立場からすれば、私を励ますのは若干おかしい。だからといって、『別れてよかったな!』なんて手放しで喜ぶような人でもないのだ。
 この人は、どこまでいっても律儀だから。
「無理して何か言わなくてもいいよ。……で、そんなわけだから時間は空いてるけど?」
 私たちは、私の当初の目的地である屋上へ向かった。もともと、あの場所は人から隠れて話をするために見つけた場所だ。何か話すなら、あそこよりいい場所を私は知らない。
「今日、ナツキの目真っ赤だっただろ?」
 着いて早々、シュウくんはそう切り出した。
「クラスで様子とか、どうだったかと思ってな。やっぱり心配でさ」
「一応いつも通りだったと思うよ、私から見ても。目、以外は」
「やっぱそうかー」
 大きく伸びをしながら、シュウくんはあくびをしてそう言う。その顔は、言葉とは裏腹にそこまで心配でもなさそうに見えた。
「シュウくんは、理由知らないの? 今朝聞いたんでしょう?」
「いや、結構しつこく聞いたんだけどな、教えてくれなかった。まぁ、俺にもお前にも心当たりがないんだったら、もう一人に決まってるんだけどな」
「ああ……」
 私がナツキちゃんと話しているときに至った結論に、シュウくんも思い当たったらしい。いや、最初から予想はしていたのだろう。
「……」
 会話が止まる。意味深な静寂の中で、初夏の生ぬるい風が私の多すぎる髪を揺らす。
 さっきシュウくんに声をかけられたとき、今の――ナツキちゃんの目のことではない話だと、私はすぐに考えていた。
 それはもちろん、『協定』のこと。清春君と付き合っていた私が、シュウくんとナツキちゃんの邪魔に関与していたのかどうか。シュウくんに気になっていない筈は無い。
 私は思わず、自分の方から口を開いていた。
「何も……聞かないの?」
「あぁ? 何を?」
「だから……この間、清春君と話したんでしょ?」
「ああ、そのことか。それなら、もういいかな」
「……え?」
 もういい。そう言ったのが信じられなくて、私はシュウくんの横顔に目を向ける。
 もういいとは、どういうことだろう。今までナツキちゃんのことを気にしていたのだ、もうナツキちゃんのことは諦めたという意味でなど有り得ない。
 なら、邪魔の話なんて眼中になくなったという意味? もしそうなら、そんな考えになるきっかけなんて、一つしか――
「昨日別れたお前にする話じゃないけど、俺さ……こないだ、ついにナツキとシたんだよ」
 恥ずかしげに、照れながら溢したその言葉に、私は目の前が真っ暗になった。
「ハルがやってたことはムカついたし、今でももちろん許せないけど。そういうの全部どうでも良くなったっつーかさ。ははっ、俺単純すぎるかなーとか思うけど」
 私の様子に気付かず、シュウくんは惚気た話を垂れ流している。
 なんで、とは思わない。ただ、遅かったのだという事実に愕然とする。
 間に合わなかった。届かなかった。結局、こうなってしまった。
「ユキがハルとグルだったのかって、考えなかったわけじゃないけどよ。お前にはそんなことする理由なんて無いしな。別にどうでもいいかなってさ、思うことにした」
「そっか……ごめんね」
 自分でも驚くくらい自然に、そんな言葉が出た。
「ん? 何の謝罪だよ、それは」
「色々と。シュウくんがいいって言うなら、いいの」
 口元が笑った形になってしまったのは、演技ではなく引きつっていたからだ。普段笑わない私には不自然に見えたかもと、後から気付いた。
「なんだそれ」
 そういいながらシュウくんは、まるで気にした風もなく笑っている。
 そうか。不自然だと思われるなんて、そんな心配は杞憂だった。彼は昔から、私に興味なんてなかったから。ただ、義務感と心ばかりの優しさで、私と『幼馴染』でいてくれただけなんだから。
 バカなシュウくん。調子に乗ると考えなしになる、本当に浅はかなシュウくん。
 セックスしたから安心だって、もう自分たちは大丈夫だって、今日のナツキちゃんのことも大して気にしてないんでしょう。
 そんなわけない。あの『ハルくん』が、そんなことで諦めてるはずがない。あのナツキちゃんの目は、その証拠だっていうのに。
「なんか、ユキとこうやってちゃんと話すの、久しぶりな気がするな」
「そうだね」
「なんでだろ。こないだまで一緒に毎日通学してたのにな」
 決まってる。通学してたときは、私たちは全然喋ってなかったんだから。
 私が普段考えていること、やっていること、そういうことに全然興味が無いから話すことが無い。おざなりで少し話したところで、印象には残らない。
 昔から私たちは、ずっとそうだった。
(シュウくん。ごめんね)
 私は心の中で、もう一回シュウくんに謝った。
 私は、貴方に味方しないから。
 そして今日、貴方の好きな人を、傷付けてしまうかもしれないから。 

       

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Neetsha