Neetel Inside ベータマガジン
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「私の親友について私に何が言えるというんだ」
一階堂 洋

 やっぱり私は掌編が好きなんだなあとしみじみ思いました。長編を何度も読むのは時間的に骨ですが、掌編は何度も読めます。科学用語が散乱したり精神障害者が登場したりするので、真実と妄想の間に物語が揺蕩っています。コメント欄に宇宙語ゴッコを喜々としてやる子供というのがあって言い得て妙だなと思いまして、私たちは自分が思いついた言葉や表現、あるいは真理への妄想みたいなものを誰かに見てもらいたいのかもしれません。もちろん私も。物語の種は案外そんなものなのかもしれません。

箱のうちの未知

 精神薬パキシルを飲む母を持つ語り手。母のことを名前にさん付けで呼んでいるなどある程度距離がありそうです。滅多にない母の実家への里帰り。そこで語り手は祖母と心を通わせていきます。ある種のテレパシーのように。猫は好かずハムスターを飼う祖母。里帰り最終日、急になにを考えているのか分からなくなった祖母に手を引いてつれていかれた先には。といった感じでしょうか。箱のうちの未知は結局我々読み手にとっても未知のままです。語り手も確かめようとはしません。あるいは彼女の中に答えはあるのでしょうか。未知はすこしずつ語り手の心を蝕んでいくようです。最後の一文がなぜなのかは私にはわからないままです。また時間があるときにでも読み直します。

今すぐに!

 文芸ニノベ短ページ漫画化企画で深爪先生により漫画化されていたこの作品。別企画の一枚絵文章企画2017以来、深爪先生の絵に心惹かれていたので羨ましいなあと思いました。
 狂った中年の東口さんとぼくのお話。怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよとどっかの誰かが言ってましたが、このお話の怪物は東口さんなのかぼくなのかどちらなのでしょうね。前話に続きパキシルが出てきます。作者にとって精神異常のステレオタイプ的な何かなのでしょうか。執着を感じます。

兵士たちは演習の一環として夜通し歩かされた

 科学用語の散乱する本作。正直読む気が多少失せますが、感想企画なので読んでいきます。親切に誰かが何でも説明してくれる昨今、分からないなら分からなくていいよという小説が書けるのは、新都社ならではですね。
 科学者でない市井の人間には興味の湧かない科学の大事件が冒頭で起こるわけですが、それに対して熱力学のみはほぼ同じ形で生き残る、ということになっています。作中でもエントロピー増大の法則については受け入れるという表明なのでしょう。きちんとした理解をして読んでいくのはしんどいので、時間が進めば進むほどエントロピーさんは増えていくんだ、という法則だと思って読んでいきます。冒頭の大事件によって、時間ってなんだっけ、となったので、逆にエントロピーさんがどれくらい増えたかで時間の進み具合を考えましょう、と。物語中に何度も孤立系とか閉じたとか出てきます。エントロピーさんが部屋から出ていけてしまうと、時間が進んでも部屋の中のエントロピーさんが増えるかどうか分かりません。時間が進めば進むほどエントロピーさんが増えるのは閉じた部屋の中だけの話なのでしょう。ところで私たちの宇宙って今この瞬間の宇宙から外に出て行けないんだっけ、という辺りから物語が膨らんでいきます。
 感想というより自分勝手な解釈みたいになってきてしまいましたが、結局僕はなぜ兵士だったのでしょうね。科学的決定論のようなものに囚われていた気もしますが、私には結局読み取れないままです。ニンゲンは犬に食われるほど自由だ、と誰かが言ってましたが、死に触れ合うことで人は自由になれるのでしょうか。まるで死によって自由を齎されているようで、死という他者の介在を必要とするなど自由からはほど遠い気が私にはしてしまいます。
 今回はここまでにします。

       

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