窓際に座った千我勇真は大きな体を縮めるように木製の椅子に座り、申し訳ないと言った気持ちを節々から出しながら謝罪会見を開いた朝青龍のような顔でテーブルに置かれたグラスに口をつけた。
その隣に座る白木屋純也はここに来る途中にドラッグストアで買った当て布とテープが張られた左頬を撫でていた。さっきまで変身を介してふたりと闘っていた事実を未だに受け入れられない自分がいる。俺は気を強く張ってふたりに声を出した。
「どうして俺の動画を無断転載して、家に嫌がらせをして妹を誘拐したんですか?」ふたりの間にしばしの沈黙が流れ、白木屋が目で合図すると千我が静かに話し始めた。
「まず、ひとつずつ、順を追って説明します。日比野さんのインドマン動画、再生数凄い伸びてて。俺らの動画最近全然伸びてなかったから、つい羨ましくてやってしまいました」
「他の人の動画も似たようなやり方で転載してるんでしょ?」「次に嫌がらせの件ですが、」「答えろ!」
テーブルを叩いて立ち上がった俺を夕方の多客が振り返る。俺は咳払いをしてゆっくりと席に着く。
「あの、ドリンクバー持ってきていいっすか?」「ふざけるな。他にもやってるんだな?やめろよ。普通に犯罪だろ。警察に届けたらサイトのアカウントBANで済まないだろ、それ」
マイペースな白木屋を一瞥すると千我が申し訳なさそうに深く頭を下げた。「すみません、日比さん。もうしませんから」「その、日比さんってやめろ。友達じゃないんだから」
俺はさっきの闘いで俺を見下すように嘲笑った千我の態度を思い出して深く息を飲み込んだ。「で、社宅への嫌がらせはオレがやりましたー」白木屋が右手を上げてその手をテーブルの上に置いた。
「どうして俺の住んでる場所が分かった?向陽町はお前たちが住んでる都会から大分離れてるだろ」
「えっ、日比、野さん自分で動画に上げてるじゃないですか」千我が自前のノートパッドを開いて見慣れたサムネの動画を再生させた。そこには去年の秋口に撮った俺のフリートーク動画が写っていた。
「これ、日比さんパソコンのインカメラで撮影してる動画なんすけど、今は部屋の間取りや柱の構造で住んでる所がすぐ分かっちゃう時代なんですよ。ほら、ここの柱とか居間の間取りとか窓の風景とかに特徴あるじゃないですか。ネットの有志に訊ねたら速攻で特定できましたよ。玄関に表札も出してるし」
俺はグラスを取って中の冷たい氷を舐めた。「で、妹を誘拐してどうするつもりだった?」怒りを押し殺して真っ直ぐ被られたベースボールキャップに問い質す。
「いや、別に目的が済めば普通にお返しするつもりでしたよ。俺たちだって犯罪者じゃない」「人の妹をご丁寧に亀甲縛りまでしやがって。六実はまだ高校生だぞ」「ははっ、喰べ頃じゃないっすか」
その瞬間、思わず立ち上がって白木屋の首元を掴んでいた。闘いのトラウマが残っているのか、自分より体の小さい俺に白木屋は怯えた表情を見せた。「よしてくださいよ」千我に解かれて俺は再び椅子に深く腰掛ける。
「すんません。少し調子こきました…ネットではキチガイやってますけど、普段の俺は超まともですよ。
このアクターの力を手に入れてちょっと暴れてみたくなっちゃたんですよ。信じてくださいよ!俺はレイプなんてやらない!相手も嫌がってるし千我ちゃんも横で見てるのにそんな事できる訳ないじゃないですかっ!正直に言うっ!オレはあなたと同じ、童貞さ!」
白木屋がわめくような主張を言い終えると向かいのボックス席に座る女学生のグループがこっちを振り返っていたずらな笑みを見せた…教えてくれ。なぜ俺まで巻き添えで恥をかかされた?
「すいません。ブレンド3つください」店員を呼び止めて3本指を立てた千我を慌てて咎める。「ちょっと待て!まだ話は終わってない!…なぜお前たちもインドマンみたいに変身できるんだ?そしてお前らが欲しがってた『カード』って一体なんなんだ?」
「えっ?」「なんなんだ?ってあーた」千我と顔を見合わせて俺の言葉をオウム返しした白木屋が不思議そうな顔をして店員から受け取ったコーヒーカップをテーブルの上で受け渡す。
「あっこから変身キットとカードが配送会社から送られてきたでしょーが。俺たちは選ばれた人間なんだ」カップに砂糖を注ぐ白木屋の隣で千我が俺をちらりと見てカップに口をつけた。
「インドマンはそうじゃないんですか?」「初耳だ。このベルトの所有者が“呪い”だと言っていた。お前たちが闘う理由はなんなんだ?」「あー、話がこんがらがってきたからひとつずつね」
白木屋がスプーンでカップの中をぐるぐるとかき混ぜた。ミルクの真っ白な渦が黒いコーヒーの海を泳いでいく。
「4月某日、海外の動画配信会社があるプロジェクトを立ち上げた…ユーチューブを開けば、ランキングに並ぶのはいつも同じ顔ぶれ、飽和しつつある供給高の有象無象な動画達。
それをもう一度まっさらな状態、とまではいわなくても質の高い動画が正当に評価される環境を作るために中堅動画配信者を中心としたあるバトルロイヤルが開かれたというわけさ」
「話が壮大すぎて本筋が見えないな」白木屋の話に呆れて俺はコーヒーを飲み干した。「ならなぜ戦闘だ?なぜ仮面ライダースタイルだ?」「それがこの国にとって一番分かりやすい闘いだからですよ」
千我が即答して俺はコップをテーブルに音を立てて置いた。言っている事は似ている。先代のインドマンと。「この事は一般人には知らされていないのでご内密に。まぁ今言ってもわかんないと思いますが」
「“今”は?」「年末にアクター、あ、この能力に目覚めた人物を
「ちょっと待て。そのスポンサーの名は?」「ラ・パールっす。ほら、ネットにいっぱい広告だして宣伝してるでしょ。カバディとかクリケットの試合全部やってるって言うインドの動画配信チャンネル」
白木屋の言葉を受けて俺は顎に指を置く。「その、『アクター・ロワイヤル』で優勝するとどうなるんだ?」「さすが日比さん。よくぞ、聞いてくださいました!」待ってましたとばかりに千我が手を叩いて立ち上がった。
「なんでもひとつだけ願いを叶えてくれるらしいんですよ!それに優勝したら動画配信者として名前が売れる!これで俺も強さ、実力共に世界NO1の動画配信者になれるんですよ!…家のハンディで動画取り始めてもう7年。やっと巡ってきたチャンスなんです!」
「はぁ、そうかよ」アクターとして闘えばなんでも願いを叶えてくれるだって?そんなうまい話がありえるのか?だとしたらそれは、どっかの七つ玉アドベンチャーだ。隣通しで目を輝かせて夢を語り始めた千我と白木屋を眺めて俺は替えのコーヒーに砂糖を注ぎ始めた。