――向陽町商店街にあるカラオケ屋の一室。隣の大学生グループが歌う『前前前世』のリズムを壁伝いに聞きながら司会役の千我が段取りを確認した。俺はやや緊張した面持ちで白木屋が握るハンディカメラに表情を向ける。

「はい、本番3秒前~2、1...はいどーも、ちっがちゃーんでーす!...え~今日は最近巷を騒がして…あ、こっちじゃないほうか。えー、向陽町が誇る個性派ユーチューバー、『日々の映像』さんでーす」

「よろしくお願いしまーす」千我が拍手の後、カメラに見えるように右手を俺の方に差し向けた。俺は頭を何度か下げながらその手を握る。

「…今回も始まりました。不定期企画『勇真の部屋』。今回は県外ロケという事で向陽町を訪れました。さて映像さん。えーなんでも映像さんはパンとか挟むヤツを使って恐竜の標本を作っているとか?」

「あ、はい。でも標本というか、模型というか」俺はひとつひとつ丁寧に、分かりやすい言葉を選んで千我の質問に答えていく…俺がファミレスで千我と白木屋に仲間になれ、と誘われたとき、奴らにひとつの条件を出した。

 それは俺よりもユーチューバーランクが高い千我の番組にゲストとして参加させてもらう事だった。これにより、ほとんど伸びなかった『本職』の方の動画にみんなが目を向けてくれるようになると考えたからだ。


「えーそのバッククロージャー?っていうのを使ってトリケラトプスの模型を作っている?」「はい!今はpart18までが公開中でpart24までは撮影が終わっています!」場の空気に慣れて、質問にたいしてどんどん声が大きくなる。

「えー映像さん、ちなみに彼女は?」「か、かのじょ!?」台本にないアドリブの質問に声が裏返る。ソファに座る俺に向かって質問を続けていた千我がいやらしい顔をしてカメラを振り返った。

「はい、回答はこの通り、という事で。それで日比さん、今日はその動画で作っている模型をどう作っているか見せてくれると?」

 千我の呼び方が俺のハンドルネームではなく、いつもの日比さん呼びに戻っている(まぁどっちも『ひび』なので大差はない)。俺は「はい」と答えてテーブルの下から持ってきたビニール袋を取り出す。

「さすがに今日ここに持ってくるには大きかったんで、今日はパテでエリマキトカゲを作りますー」「お、おいおい」テーブルの上に材料を並べる俺に千我が引きつった表情で問い掛けてくる。おそらく動画的に動きがなくなるのを不安視しているのだろう。

「大丈夫だって」俺はそう返してパテを指でこねる。「これ、粘土ですよね…わくわくさんかよ」席に着き、おとなしく俺の作業を眺める千我の表情を眺めてカメラを待つ白木屋が含み笑いを堪えている。

 俺は解説を交えながらドリンクバーの緑茶を繋ぎに使い(こうする事によってトカゲ本来の自然な緑の着色も出来る)最後に妹の所持品である広げたリボンカチューシャを顔に巻き付けて全体のバランスを確認すると「オッケ!」と声を出してやる。

「はい、日比さんによる『エリマキトカゲ』の完成です…見えますかねこれ」カメラ位置を気にする千我に台座を掴んで正面を向けるように促す。千我がなぜか触りたくないという態度で爪の先でエリマキトカゲの顔が見えるような位置までその模型を少しずつ動かした。

「えー、『日々の映像』、25歳。模型工作で人生逆転を狙う向陽町のYouTuberでした~…ここの部屋の時間がまだ残ってる。日比さん、歌いますか?何か一曲」

 そう聞きながら千我が俺にハンドマイクを差し向けていた。俺は普段カラオケに来ないので何を歌えばいいかわからなかったけど場が白けるとイヤなので往年の名曲をデンモクで入力した。

「お、この曲知ってる」テレビに浮かぶ曲名を見て白木屋が声を弾ませる。「えー、日々の映像さんでデジモンの主題歌にもなったButter-Flyです!どうぞ!」ゴキゲンなイントロが流れる中、千我の曲紹介で俺は立ち上がって高音を張り上げた。

 俺は中学時代からこの曲を知っていて口ずさむと元気が出る。サビ前のパートで千我がうぉううぉう言いながら俺の肩に腕を回してきた。どうやらこいつもこの曲を知っていたようで一緒に歌いたいらしい。

 俺と千我のふたりは自棄気味の大声で今は亡き和田光司が作詞したその印象的なサビを歌い上げていた。


「えー、日比さん。今日は本当にありがとうございました」収録後、機材を撤収しながら千我が俺に対して礼を言った。「いい動画が撮れたっすよ」カメラ役だった白木屋も千我に続いて頭を下げた(こいつも歌っているときに合いの手を入れて盛り上げてくれた)。

「俺、パチンコ動画も撮ってるんですけど、この辺りにいい店ありますか?」「いや、俺パチンコしないからわかんない」「ははっ、そういえば日比さんニートでしたもんね。失礼しました」

 相変わらず人を馬鹿にしたような態度で千我がその大きな体をソファから持ち上げた。「…これで遺恨なし!インドマンは俺たちの仲間に加わった、と考えていいんですね、日比さん?」

 問いかけられて俺は満足してうなづく。「俺、この向陽町気に入りましたよ。ウィークリー借りるんで週末は駅周辺で動画撮ります。何かあったらケータイで連絡しますんで。それじゃ」

 そう別れを告げて千我と白木屋のふたりとはカラオケ屋の前で分かれた…本当にこれで良かったんだろうか?もう一人の俺が俺に問い掛ける。それでも奴らは俺に力を貸すと約束してくれた。

 ラ・パールに見出されたアクターという存在。その中で巻き込まれたアクターズ・ロワイヤルに出場するためのカード集め。謎の強力な敵アクター。ひとりで行動するにはあまりにも情報が少なすぎる。今はあいつ等を信頼するほかないだろう。


――数日後、千我が所有する『ちがちゃんねる』に俺のインタビュー動画が上がっていた。まるで俺を幼児性を持ったまま大人になってしまった哀れな中年男性であるような悪意のあるテロップが常に画面下に流れ、俺が長く喋るたびに哀愁漂うBGMが付けられていた。

 その上、俺が『エリマキトカゲ』を制作する時間はわずか1分半で、動画のほとんどの尺が冒頭のインタビューとラストのカラオケに割かれていた。俺は長い溜息のあとノートパソコンを閉じて視聴者によって動画に付けられた暴力的なコメントをすぐさま削除するように千我に電話を掛けましたとさ。


第三皿目 ひと口で、尋常でない辛辛だと見抜いたよ

 -完-