敵アクターに接触し、チャクラベルトを起動させてインドマンに変身を遂げた俺。いつものターバンとサングラスをつけたフォームを纏うと相手のエスメラルダ・エルモーソに向かって構えを取った。

 オペラ座の怪人のファントムのような仮面を付け、カルメンを踊るダンサーのような赤いドレスを羽織った女アクターは手に持った牛追い鞭をしならせると俺に向かって見栄を切った。

「やっと姿を見せたわねインドマン!貴方が現れるのをずっと待っていたのよ。個人的な恨みはないけれど、ワタシの大いなる野望の為の礎となりなさい!」

「へぇ、野望っていうのはさっき言ってた億万長者ってやつかい?これまたベタな願いだぜ」さっきポツリともらした言葉を拾い上げて目の前の女アクターに返してやる。

「…ミス・タチバナの授業中よ。減らず口は慎みなさい」無表情の仮面の奥で鼻で笑うようにしてエスメラルダは鞭を床に打ち鳴らした。畳が勢い良く飛び上がって、禿げ上がったオッサン客が慌ててその場を飛びのいていった。

「どうやら教育が必要なようね!ワタシが人生の先輩として、文字通り教鞭を執ってあげるわ!」「へっ!イスラム国式教育はゴメンだぜ!ゆくぞ!」

 もう一度床を試し打ちした鞭を号令に俺はエスメラルダに飛び掛った。一応相手は女性だ。顔を狙うと見せかけての腹。「かかったわね!」拳が体を捉えたと思った瞬間、エスメラルダの体が蜃気楼の様に消え、代わりに正面から鞭の鋭いしなりの利いた一撃が俺の鼻先を打ち抜いた。

「くそ、この部屋にも例の能力を仕掛けてやがったのか!」俺が顔を振って揺れた脳を落ち着けるとゆっくりとエスメラルダが鞭を手の平で叩きながら引き戸の奥から姿を現した。

「レディーを待たせた罰よ。貴方はワタシに指一つ触れることも叶いやしない」「…遠距離から鞭での攻撃か。それならこれでどうだ?」俺はベルト横のケースからガシャットを取り出してベルト穴に捻じ込んだ。


『魔人モード:ムルガン』!鶴の顔のようなマスクを身に纏った赤いフォームに変身するとその辺で拾って準備していたパチンコ玉を両手の指に構えた。手先の器用さに定評のあるムルガンで相手の鞭を叩き落とす戦法だ。

「いくわよ!レッスンツー!」「…いまだ!」鞭を振りかぶった瞬間を逃さずに利き手の親指でパチンコ玉を弾く。「しまった!」見事に命中し、床に落とした鞭へと伸ばした敵の手目がけて反対側の指でもう一つのパチンコ玉を弾き飛ばす。指の間を銀玉がすり抜けて鞭が回転しながら反対側の壁に衝突する。

「これで鞭による攻撃を防いだ!降参するなら今のうちだぞ!」俺が相手に宣告するとエスメラルダはゆっくりとその場を立ち上がってマスクの奥で高笑いを始めた。

「降参ですって?何か勘違いをしているようね」「…?何をする!?」後ろから突如現れた男たちが俺の四肢を羽交い絞めにし始めた。振り解こうにも何か強い力に操られているようで、ふと目を落とすと脂ぎった顔の中年が浴衣をはだかせながら俺の腕に抱きついている。気持ち悪ぃ。

「言ったでしょ。ここはワタシの城なのよ。でもその人達はエスメラルダの能力で操っている訳じゃないわ。自らの意思で貴方を抑えてる。まぁそれもワタシから溢れ出る魅力かしら?。何を隠そう、ワタシ、立花生憂はこのスーパー銭湯の年間利用券を持つ常連客なのよ!」

 腰に手をあててズバンと言い放つ敵女アクターを見て俺は頬から流れた汗を舐める。「なるほど。そういう事かよ」「オレ達のキウイちゃんに手をだすな~このカレー野郎~」俺の身体にゾンビのようにしがみついたオッサンたちがどっぷりと太った腹を突き出して思い切り体重を掛けてくる。くそ、なんだか力が出ない。

「ここでスーパースチューデントのインドマンにクエスチョン」勝利を確信したようにエスメラルダが明るい声色で俺に向かって指を立てた。「ワタシの能力を使えば最初から不意打ちで攻撃を仕掛ける事が出来た。でもどうして、貴方を灼熱のサウナに閉じ込めておいたと思う?」

 止まらない汗を首を曲げて振り払う。そうか、アクターバトルは変身前の体調によってかなりの影響が現れる。それなりの強さを誇るマスク・ザ・アレグロとイル・スクリーモが俺と戦った後にミル・トリコに瞬殺されたように。エスメラルダは戦闘前に俺の体力を奪うことが目的だったようだ。銭湯だけに。

「テスト時間は終了よ。ウェンナーユー、ゴーイングトゥキルイット~?」エスメラルダが頭の上で鞭を構えるとその先端が9つに割れ、光を放ちながら揺れる柄が持ち上がった。持ち武器のフォームチェンジ。あれが俗に言うアクター固有の『決めワザ』らしい。

「ナゥ!!」ミス・タチバナの受講生であるオッサンたちが声を揃えて鞭を持ったエスメラルダにやれ、とコールする。もう終わりだ。俺はマスクの奥の両目を瞑った。


「やっと見つけたよー!…おや、先客が居るのかい?でもそんなの関係ない!死の淵でようやく運命の相手と出会えたんだ。ボクの気持ちを受け入れておくれよー!」

 はだけた浴衣を纏ったウィリアム王子似のオヤジが俺に向かって飛びついてきた。「うひゃ!なんだお前!」「気持ち悪!」目を閉じて唇を突き出すウィリアムにおののいてオッサン達が俺の体から腕を離した。

「オゥ!ジーザス!トランスジェンダー!」エスメラルダが持っていた鞭を手放してマスク越しに俺にキスをするウィリアムを顔にあてた指の間から眺めている。チャンスだ。俺は一息にウィリアムを背負い投げるとチャクラベルトに指を置いた。

迦楼天かるらてんよ!俺の身体をアイツの傍まで運んでくれ!」背中を風で押されるような推進力で相手の間合いからダッキングを決めると利き腕によるパンチをエスメラルダのみぞおちに打ち込んだ。

「インドぉ!」「カハッ!」体が浮き上がり、身をかがめた敵目がけて俺はとどめの一撃を見舞う。「インドぉぉ!!」強烈なアーパーカットがマスクの顎を打ち砕き、宙へ飛び上がったエスメラルダが床にたたきつけられて意識を失い、その変身を解いた。

「きういちゃん…」なじみ客の一人がタチバナの乱れた茶羽織の帯を締めなおした。するとどこからともなく装飾が施されたカードが舞い落ちてきて聞き覚えのあるアナウンスが脳内に流れ始めた。

「勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『女帝』のカードを手に入れました」カードを握り締めると俺はガシャットを引き抜いて大見得を切った。

「命の根源たるガンジスの前では男女平等!金に浮かれる汚れた魂に熱きインドの火を灯せ!」決まり手―インドによりインドマン、久々の勝ち名乗り。湧き上がる高揚感とは反対に観衆たちの態度は冷え切っていた。

「女相手の暴力を正当化しやがった…」「ひでぇな、インドマン」「ふっ、勝負は時に残酷さを孕むものだ…そうだ、アイツに絡まれる前に早く逃げよ」

 俺は変身を解いて荷物をまとめるとM字開脚でブリーフの中心部分をおっぴろげながら倒れこんでいるウィリアムを見て歩くスピードを早めた。

「おい、大丈夫か!?」聞いたことのある声の主がウィリアムを介抱し始めた。余計なことを。ロッカーから上履きを取り出すとケンちゃんが起き上がるウィリアムを見て安心して息を吐いた。

 それを見てウィリアムがきゅんとした赤ら顔を浮かべて目を輝かせ始めた…どうやらびんぼう神の押し付けはうまく言ったようだ。俺は新たに生まれた異色カップルの成就を心から願いながら買い物が遅くなった言い訳を考えながら家路を急ぐのであった。

第四皿目 サウナ・イン・ザ・マテリアル・ワールド

 -完-