Neetel Inside ニートノベル
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 千我の尊い犠牲を払い、俺と白木屋を乗せた列車は進む。すぐ隣の駅に着くと俺たちは込み合った車両から降りて改札をくぐった。俺は腹の痛みを堪えながら隣で同じように腹を抑えながら歩く白木屋に訊ねた。

「この間も敵に襲われたんだが、アクターってのは遠隔で攻撃が出来るのか?」前回闘ったエスメラルダは指定した部屋に自由にトラップを仕掛けるという戦術で勝負を仕掛けてきた。う。ふいにまた鈍痛の波が来て俺は歩くスピードを緩める。この腹痛も敵アクターからの妨害に思えて仕方が無い。

「あー、なんかそういうスキルを持ってるヤツもいるらしいですよ。でもその分、肉弾戦の戦闘能力は低くなってるとか。女とかオタクのアクターに多いって千我ちゃんが言ってました。いてて…やべーっすわ」

 いつもは間にコミュ力の高い千我がいるから3人で会話をする事がほとんどで、白木屋でふたりで話すのに慣れてなかったから駅を出るまで会話はそれっきりだった。白木屋が炎上系ユーチューバーだというのもあるけど俺も大学辞めて家に居る時間が長かったからあまり同世代の人間と話す事に慣れてなかったのかもしれない。

 駅から続く階段を下りながら白木屋が俺に聞いた。

「敵はこの光川町に居るって言ってましたけどそれだけで相手を見つけるの、ほぼほぼ無理っすよ。相手の居場所分かればアクター特有の『ステージセレクト』で一発で行けるんすけど。日比野さん、インドの力でどうにかならないんすかー?」冗談めかして言った白木屋の言葉を受けて先代のインドマンが俺に告げたセリフを思い出した。

「そうだ、インドマンは日本人が持つインドへのパブリックイメージ。それなら…変身!」俺はその場でインドマンに成ると階段の踊り場で胡坐をかいた。そして親指と人差し指を合わせて輪を作り、その両腕をそっと持ち上げて意識を集中させた。

「日比野さん。そ、それは往年のインドキャラの名物ワザっすね!」白木屋が俺の姿を見て大げさに持ち上げる。行きかう人たちはメディアや路上でご当地ヒーローや町おこしのゆるキャラを見飽きてるせいか、インドマンの姿を見ても足を停める事はない。白木屋がはしゃいで両拳を握り締めた。

「これは期待値高いっすよー。これで一発で敵のところへ行ける!」サングラスの奥でカッと目を見開くと俺はすっと息を吐き出した。

「いくぜ、ヨガ・テレポート!」「おおおお!……おおっ?」「……」

 一息に念を解き放ったが俺の身体に変化なし。白木屋がシラけたように目線を逸らすと、平和の象徴である鳩が俺の右肩に留まった。無敵のインドマンでもさすがに出来ることと出来ないことがあるようだ。諦めて歩き出すと路肩の草を見つめながら白木屋が呟いた。

「あの草とあそこに生えてる草、食べれるな」しゃがみ込んで草を抜き始めた白木屋に俺はおい、と訊ねる。「何やってんだ、そんなところで道草食ってる場合じゃないだろう」上手い事言ったつもりの俺にヤツは草を食みながら振り返った。

「オレこう見えても大学で薬学、学んでるんすよ。食べれる野草とそうでない草見分けられるし、それにこの草、鎮痛効果あるからハライタも治るかもしれない」

 そうなのか、俺は驚いて街路樹に手を置いた。一見頭がおかしい青年にしか見えないこの男がそんな高学歴だなんで思わなんだ。俺は昨日ユーチューブーにあがっていたコイツの動画、「しろきーのアポなしチャレンジ!フィリピンパブで恋ダンスを踊りながらアンタの乳首の位置あてたろか?」での活躍ぶりを思い出し、期待を込めてその様子を見守る。

「お、これミツバっすよ。とにかく、殴りあう前に腹が痛いとかお話になりませんからね……あの…日比野さん、ちょっといいですか?」

「なんだ?」俺が後ろから声を掛けると汗だくの顔で白木屋が振り返った。尋常じゃない量の汗は暑さの為ではなく、表情は徐々に青白くなり、小刻みに体が震えてひきつけを起こしていた。その姿を見て俺はヤツの症状を察した。

「やれやれ。使えないやつめ」白木屋純也。路端の毒草を食した事による中毒症状のため再起不能リタイア――。歩き出す俺の背に匍匐前進のように身を這わせながら白木屋は“分かれ”の言葉を呟いた。

「日比野さん…とまるんじゃねぇぞ……」

 アクターふたりの犠牲を払っても腹の痛みは止むことは無い。俺がなんとかしなくちゃ。

 俺は腰のベルトホルダーに目を落とした。千我と白木屋のふたりと闘った後に生まれたガシャットを手にとって見つめた。このガシャットは名前こそ同じだが仮面ライダーのドラマで使われているモノとは違い、インドマンの精神の成長によって生み出される強化アイテムのようだ。先端のクリスタルには白い虎の絵が描かれている。もしかしたらコレで…!俺はそのガシャットをベルトに捻じ込んだ。


『魔人モード:パールヴァーティー』!機械的なアナウンスが流れ出し、光がやむと俺の身体を白黒のゼブラ柄のフォームが包み込んでいた。

「これが、新しいインドマンの姿…!」俺がショーウィンドウに反射する自分の姿を眺めていると前方から全長2メートルくらいある白虎がのっしのっしと軽い足取りで歩いてきた。どうやらその白虎はインドマンの念で作り出した仮想生物のようで、一般人には見えないらしく飼い主を見つけた途端、ぶるると喉を震わせてその身を屈めた。俺はその背に乗ってアスファルトを蹴って走る白虎に行き先をゆだねる。

「毘沙門天よ!敵の待つ場所を指し示してくれ!」――腹痛を起こして相手の人生を終了させようとする、許すことの出来ない最低の敵。待っていろ。そんな下品な野望はこのインドマンが叩き潰してやる!

 再度訪れた鈍痛に身を屈めながら俺は白虎のたてがみに顔を埋めるようにして全自動の使い魔に事の成り行きを任せていた。


       

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