――光川町中心にある噴水公園。その入り口に昭和の特撮モノに登場するハリボテロボットを彷彿とさせるアクターが不気味な笑い声を上げながら歩いている。

 彼の名はアジョラ・ボカ。ネトゲで知り合ったスペインのメル友に貰ったアクターネームだが、その意味がスペイン語でアジョ・ラ・ボカ。にんにくの口。つまり口が臭いという意味だと知った時は重い人間不信に陥ったが、今は開き直ってその最悪の能力で数多くのアクターバトルで猛威を振るっている。

 新しい右手と成ったロボットアームでポテチをつまみながらそれをコインの投入口のように細い、顔に付いた口へ運ぶとケシャケシャと笑いながら公園の噴水を見て勝利を確信したように反対側の腕を掲げた。

「やっぱ、闘わずして勝つってのはいいなぁー。能力発動するだけで勝手に自滅してくれるからさー。カードを回収しに行かなきゃいけないのが面倒だけどー。」

 日曜日の公園は賑わいを見せていて後ろから女の子のはしゃぐ声が聞こえてくる。「私!桜丘ひとみ!この春から私立門場越もんばえつ学園に通う高校一年生!」後ろの階段の手すりから女子高生と思われるセーラー服を着た女の子が勢い良くスカートの尻で滑り降りてくる。

「みんなの力があれば」

「私たちなんだって出来るよ!」

 道の横から今度は別の女の子ふたりが左右から両手を広げて現れた。彼女たちはボカの目の前で綺麗なターンをビシっと決めると脇の方に立ち居地を替えた。長い髪の女の子の匂いにうとれていると背中をさっきの女の子がドンと突き飛ばした。

「辛い時も、明日が見えなくなった日も、友達と一緒だったらどこだって行ける!聞いてください!私たちで『Find the Milky Way』!!!」

 ボカが起き上がって頭を掻くと目の前で彼女たちによるゲリラライブが始まった…なんだこのコたち、聞いてもいないのに突然自己紹介しやがって。「なんだぁー。最近流行のフラッシュモブかなにかかー。ン?」

 後ろの階段の上からアクターの気配がしてボカが降り返る。するとそこにはトラにまたがった野性味溢れるアクターが公園を見下ろすようにして佇んでいた。

「…遠隔インド演目『マハラジャ』。どうやら俺も少しの間だけだったら遠隔攻撃が出来るようだな」歌っていた曲が終わるとスクールアイドル調に踊っていた彼女たちは何かの洗脳が解けたように観衆の拍手に包まれながら3方向に消えていった。

「ちなみにフラッシュモブの起源はマハラジャの歴史を持つインドが発祥だ」「お隣の迷惑国みたいな事いいやがってー。何者だー?」

「おっと自己紹介がまだだったな」俺は白虎の背中から勢い良く飛び上がると空中でガシャットを引き抜いて敵アクターの前で着地してコブラのポーズ。

「我が名はインドマン!インドの熱き血潮をその身に宿した正義の戦士!腹痛により相手を貶めるとは許せん!いざ、尋常に…いてて」

 俺が右手で腹を抑えてちょっとタンマのポーズ。それを見てへボットのような敵がケシャケシャと笑う。「よく見たら英造くんじゃないかー。中学卒業以来だねー。キミもアクターになってたんだねー。」

「なんだと?」突然の知り合い宣言に新たに湧き出たこめかみの汗が冷たいものに変わる。揺さぶりのつもりか?「さっさと終わらせる!」拳を振り上げて距離を詰めると敵の背中にしょわれた排気筒が大きな音とともに黄色い煙を吐き出した。

「この煙は…!?」とっさに口許を抑えて距離を取る。「ボクの変身アクターはアジョラ・ボカ。こういう形だけれども唯一の友達に出会えて嬉しいよー。」怪しい煙を空気に溶かしながらそのアジョラ・ボカは俺の方に近づいてくる。

 う、う。腹痛がマックスになって俺はその場でうずくまる。「な、何言ってんだ。俺の友達がこんな姑息なマネをする訳ないだろう」変身ヒーローとしての見栄や体裁を捨てて俺は子供の様に額を地面にこする。わかるだろう?ハライタで便座の上で祈るように両手を組む、その感覚が。

「年末の『アクター・ロワイヤル』に出るためにカードを集めてるんだー。譲ってくれないかなー。一枚でいいからさー。」ロボットアームをカチカチ鳴らしながら一歩、また一歩と敵アクターが近づいてくる。その度に腹痛が痛みを増していく。

 どうやらあの煙はアジョラ・ボカが持つ腹痛能力を更に強める要因のようだ。薄れていく意識の中、白木屋が言っていた事を思い出した。

「アイツの言っていた通りなら、遠隔特殊能力を持つアクターは肉弾戦が弱いはず…ここだ!」「!?なにをー。」

 油断した相手の隙をつき、一瞬で相手の首元に手刀を打ち込む。からん、からんと音を立ててブリキのヘルメットがアスファルトの床に転がる。その中から現れた男の顔を見て俺は息を呑み込んだ。

「久しぶりだね。英造君」「…おまえは……」短い前髪に丸眼鏡。口からはみ出た出っ歯を見て俺の記憶がフラッシュバックした。


――中学時代、俺はイキっていた。

 小学の終わりに親父の仕事の都合で俺たち一家はこの向陽町に引っ越してきた。よくある公務員の転勤。でもそれは都会から田舎への都落ちのようにも思えたから、俺は転校先の学校でも普通の中学生よりも肩肘張って生きて行かなければならなかった。

「あー、かったりーわ。先コーうぜーわ。今日あっちいからビール飲みてー」体育の授業の終わり。グラウンドを歩きながら後ろの方で俺が頭の後ろで手を組んで大声で言うと、「やっぱ英ちゃんは他のヤツとは違うわなー」とお調子者のクラスメイトが並んで肩を組んできた。

「午後の授業、眠てー歴史の吉原だろー?ブッチしちまおうぜー」「ほぉーやっぱ都会から来たヤツはいう事がデカイねー」運動部で背が高い田原が俺を見てそんな事を言ったと思う。俺は内心ビビッていたが、あいつは俺に絡もうとした途端、担任に呼ばれて消えていったから俺は安心して息を吐いた。


 そして俺のイキリはエスカレートしていった。

「…それでさー。2つ上の先輩が地元ですげー悪い先輩でさー。今度こっち来るからウゼー奴いたら教えろよ。俺と先輩で全部ブッツぶしてやるからよー!」

 その時も確かそんな事を言っていたと思う。昼休みの教室。ヤンキーのいない空間で俺はワックスでガチガチに固めた髪を手櫛て目の前のキョロ充集団に大声を張り上げていた。

 もちろんそんな先輩は存在しないし、転校して3ヶ月という事もあり、俺のイキリに皆慣れていた時期だ。ここは一発デカいイベントを起こしてコイツらの気を引き締めてやる必要がある。俺は後ろを振り返って図書室で借りてきたラノベを眺めていた男に声を掛けた。

「おい、熊倉ー。お前こないだのテストの時、プリント受け取るの遅れたよなー。おかげで国語の長文問題、一問解けなくなっちまった。このオトシマエ、どうつけてくれんだよ?」

「そ、そんな事言われても知らないよー。」間の抜けた口調で俺を見上げたオタクの襟首を掴みあげる。ムカつくニキビ顔に普段からナヨナヨと情けない態度。妹とケンカしても勝てない俺でも殴り合っても負けないレベル。俺は口をゆがめると熊倉に向かってこう言った。

「前々から思ってたけど、おまえムカつくよなー。今日の授業終わったら裏庭に来いよ。他の奴呼んだり、先コーにチクったらやっちまうぞ?」

「そ、そんな英造君ー。」「おい、休み時間終わるぜ」「おれ便所言ってくる」取り巻きの同級生が俺の周りから消えていった。その当時は俺の強さをコイツらに示すことが出来たと思って鼻高々だった。でもみんなはこう思っていたはずだ。日比野の奴、ついに『いじめ』にまで手を染めたか。ってね。


 そして事件は起こった。昼休み開けの英語の授業。斜め後ろの長谷山さんが驚いて席を立ち上がった。

「ちょ、嘘でしょ!?」大声でクラスがざわめく。ふと足元を眺めると白い学靴の周りを泥水のような液体が包み込んでくる。鼻の感覚が麻痺するような酷い悪臭。俺はイキリの本領発揮とばかりにその場を飛び上がった。

「先生、みんなー!見てみろよ!コイツ、うんこ漏らしてやがるー!」

 その時の熊倉の顔は忘れられない。無念そうに顔を歪めて大粒の涙を机の上に流し、身体を震わせてみずっぽいうんこを制服のズボンの裾を伝わせて大きな音を立てて垂れ流していた。

 当時は目立てるチャンスとばかりに指差してからかっていたが今、歳だけ成人になってよくわかる。熊倉は、俺にケンカを売られたプレッシャーに耐えられなかったのだ。

―俺はその後も事あることに熊倉を「うんこ野郎」とか「ウンコマン」とか言って馬鹿にして周った。中学卒業のその日まで俺は熊倉を『いじめ』ていたのだった。卒業証書を貰って席を片付けている時、熊倉は俺に言った。

「こ、高校は別になっちゃうけど、これからもお互いがんばろうー。」「はぁ?何言ってんだ!?」俺のイキリ声にクラスメイトの動きが止まった。上目遣いで笑顔を見せていた眼鏡のオタクに俺はこんな言葉を投げつけていた。

「おまえみたいなうんこ漏らしはどこ行ったって馬鹿にされんだよ。高校行ってまでうんこ漏らしてウチのガッコの評価さげんなよ」

 ぱしん、突然横から平手をぶたれて俺は「何すんだよ!」とぶった相手に声をあげる。「日比野、あんた最低!」長谷山さんが目に涙を溜めて呼吸を深くして肩を大きく揺らしていた。

「長谷山の言うとおりだよ」「なんで中学の最後って時にああいう事言えるかね?」「ずっと思ってたけど日比野って性格最悪だよな」「ああ、ずっとウザいと思ってた」

 クラスメイトがここぞとばかりに俺に向かって冷たい目を向けてきた。なんだよみんな。俺はただ、このクラスでうまくやっていきたかっただけなんだ。それなのに、どうしてこんな事に……


 そして俺はこの記憶を黒歴史として長きに渡って封印してきた。「思い出したー?ボクのことー。」今、目の前で中学時代いじめていた熊倉が俺に訊いている。

「ああ、覚えてるよ」せめてもの償いだ。俺はまっすぐ立ち上がるとゆっくりと腰を落として腹に力をこめた。ぶひぃん!どりゅりゅと酷い音を立ててアクターフォームから軟便があふれ出して来る。

「ひ、日比野くん!なにをー?」慌てふためくアジョラ・ボカとなった熊倉の肩に手を置いた。「これで俺もお前と同じウンコマンだ。今まで辛かっただろう?俺が悪かった」「ひ、日比野くんー!」

 噴水公園の入り口。脱糞を喫したアクターが敵のロボアクターと抱き合っている。「すいません、警察ですか?公園で異臭がします!今すぐ来てください!」誰かが携帯を手にとって通報を始めた。でもそんなの関係ない。俺は泣き出した熊倉を見て優しく告げた。

「中学時代の事を許してくれとは言わない。その後俺も上手く行かなかったんだ。もう一度俺を友達と呼んでくれるかい?」「ひ、日比野くん。。。」

 見覚えのある泣き顔を腫らして熊倉はその場に膝を着いた。その瞬間、頭の中にアナウンスが流れ始めた。

「この勝負、アタッカー側のアジョラ・ボカの戦意喪失により勝者、インドマン。このバトルにより、新たに『星』のカードを手に入れました」

「ちょっとまて。勝敗とかそんなのは関係ない…」「実はこれがボクの最後のカードなんだ。受け取ってくれよ」

 涙を拭って立ち上がった熊倉が晴れやかな顔をして宙に浮かんだカードを見つめた…能力の特性、熊倉本来の戦闘能力を考えてアジョラ・ボカはこのアクターバトルで苦戦を強いられて来たのだろう。その最後といわれるカードを握り締めると俺は指笛で使いの白虎を呼んだ。

 白虎はクソまみれの俺を見て目を背けたが後ろ首をかむとそのまま地面を蹴って駆け出した。

「…水っぽい話はここで終わりだ!立場を築くために他人を貶めるとは最悪至極!保身に染まった己の魂に熱きインドの火を灯せ!」

 いつもの様に勝ち名乗りを上げるようにして自らをたしなめる。熊倉は中学時代に俺に「うんこ野郎」といわれた事がずっと胸に引っかかっていた。それがあの能力に繋がったと考えていいだろう。

「またねー。英造君ー。ボクはこれでカードゼロになっちゃったけど、これからもお互いがんばろうー。」

 偶然か故意か。友人が俺に言った言葉はあの時と同じだった。「…ああ!頑張ろうぜ!」遠ざかる熊倉の姿に親指を立てて笑顔を見せてやる。うんこマンとなったインドマンの明日はどっちだ?

続く。